3.俺はやはりママらしい。
3.俺はやはりママらしい。
風は唄っている。ほら耳をすませば。
風は唄っている。ただ淋しい唄を。
黒い服の集まる所から。
笑うように、泣くように、ささやくように。
《トナリノバアヤガシンダ ,トナリノバアヤガシンダ》
風は唄っている。ほら…
ピシャリと窓は閉まった。風は唄えなくなった。
かなしいうたを。
けれど唄えなくなるそのときに、
風は確かに笑った。
《ケレド ,イツカワスレテシマウノデショウ》
僕は、とりあえず森に住んでいる。あ、知らないだろうから、教えといてあげようか。僕は、風の妖精。――おどろいた、ねぇ、そうでしょう。
「うん、うん。そうかい、ふーん…」僕を、独り言の多い不審者だと思わないで欲しい。それは、あまりに愚かだから。
よく耳をすましてごらん。目を凝らしてごらんよ。
風たちはおしゃべりなのさ。可愛いのから、キレイなのから、乱暴なのまで、色々あるけれど、とりあえず唄が好きな陽気な奴ら。
――って言っても 君たち人間には見えないだろうね。
見えないと思ってる奴らがどんなに見ようとしたってムダだから。やになる。
誤解しないで欲しい。僕は人間が嫌いなワケじゃないよ。
ただ思うのさ。愚かだなって。
「ねえねえー!!これなーに?」
大声で少女が叫んでいる。その手には、握り潰されそうな…
「そりゃトカゲだ」
「これくえるか?」少女は嬉しそうに目を輝かせた。
うげ。食…えない…ことも…ないと…思うが…。出会った頃と少しも変わらず愛らしい姿の少女がトカゲを喰う姿を一瞬、想像しかけた。
いや、ないな。
「喰えん。可哀想だろ。なんでも食おうとするんじゃない」
一応、もう少し咎めておく。
「俺らが生きていくのに、仕方なく命を頂いてるんだ。お前だって意味もなく殺されたくないだろ?」
これも母親の勤めだろう。もう最近、もしこの子がトラップでも食われてしまってもいいと思っている自分がいる。自暴自棄とかではない。…目に入れても痛くない状態。所謂、親バカ状態である。
かく言う俺は、いまいち母親に教育された記憶がないが、この子には何かを学ぶべき社会がないのだから、母である俺が教えてやらなきゃならない。たとえ、口うるさい親だとウザがられても。
この子のためを思って、だ。
まぁ、今のところ、俺の才能からか、少女は奇跡的に純粋に育ってくれていて、俺を慕ってくれているから、まだその心配はいらなそうだ。
それよりも…。
「ん?どうした?」
少女は、手に握ったトカゲを見つめて難しそうな顔をしている。少女の成長は異様に早い。まぁ、そのこと自体には驚きはしない。龍のこの子ならなんでもありだろう。でも時々、その思慮深さに驚かされる。
そうか、そんな発想もあるか――…と。
また何か考えているのだろう。
「カワイソってなに?」
…。
正直こけそうになった。コイツの期待の裏切り方にも驚くな。
なんかの生物名かと思ったのだろう。カワイソトカゲ…?だとか呟いている。頭の良い無知に概念を教えるというのは難しい。おかげで俺はここ1年、辞書が手放せない。
「これはーなにー?」
カバンをあさっているうちに、また次の質問を浴びせられた。
やれやれ。次は何の生物を捕まえたの……か………。
視線を手元から上へ移すと、少女が捕まえていたのは、お兄さんだった。
「やあ、風の噂にきいたよ。君が今回の贄だって?」
やけに煌びやかなお兄さんが微笑んだ。
風の噂…?
「まさか」
俺は言った。そうだ、この子と出会ってから俺は誰とも接触していないし、村では俺のことを話すのはもう禁忌だろうからな。
こいつには見覚えにはないから、村人ではないはずだ。
それなのに、このことを知っているだなんて…
「お前、何者だ」
俺は再び青年を睨みつけた。
怪しすぎる。なんで外部者がこのことを知っている。
つーか、そう思って考えりゃ、余計怪しい。うん。
大体、こんな森の奥に綺麗な金髪の美青年がいること自体、怪しすぎる。
もはや恐ろしくなってきて、少女を青年から引き剥がし俺の後ろに隠した。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃない。風たちの噂に聞いたのさ」
風たち…?
さて、そこを強調したと言ったということは…
「僕は風の妖精だよ」
きたーー!!
いずれ来ると思っていたが、やっぱこういうのきたー!!!!!
「か…ぜの声、聞こえるんですか」
答えるべき、言葉が見つからなくて適当に答えた。
「きこえないの?」
逆にそれが災いした。
「龍の親なのに?」
風の妖精は俺をさぞかし憐れんだような目でみて仕舞いには「かわいそうに…」とか呟きやがった。
そして更に始末が悪い。少女まで同じ視線を向けるようになった。
そんな純粋な目で…俺を憐れまないでくれ!!
「俺は哀れな人間じゃねーよ!!まだっ…」
くっ…これは苦しい言い訳にしか聞こえないだろうが……
俺はギュッと拳を握った。いつの間にかかいた汗で湿っている。
「まだやり方を知らないだけだっ!!!!」
空を仰いだ。きこえないはずの山彦が森に響く気がする。
…空しい。
これじゃホントに可哀想な男だ。
さぞかし風の妖精さんは嘲笑ってるだろうよ、とふと見れば、あら意外。
妖精さんはこれまでにないくらい嬉しそうに微笑んでいた。
…そうか、そうか。
君は俺を馬鹿に出来て、卑下できてそんなに嬉しいかい。
俺は半分いじけた。
そこでまた予想外なコメントが投げつけられた。
「風の声の聞き方、知りたい?ヘイロン」
俺の名前…は、風に聞いたのか。
それはともかくこの風の妖精は純粋に喜んでいるみたいだった。
出来ることなら聞きたいさ。そして、言ってやりたい。
プライバシーを持ってくれ、と。
いや、無駄だろうが。
「知りたいさ、当たり前だろう」
「信じることさ」
「…へ?」
「だから、信じるんだって。自分は風の声が聞こえるって」
…予想はしていたがな。こういうとこだけは王道を踏むんですね。
少女はすっかり風と仲良しになったらしく、水と風に混じってキャッキャ言っている。
風の妖精は満足げに少女を見ていた。
「龍に名前、あげてないんだね」
「ん?…あぁ」
俺も一緒になって少女を遠巻きに見つめた。
「やっぱり怖いから?」
妖精が呟いた。怖いって、龍だってことがか?そんなわけはない。怖かったら当に逃げ出している。
俺が黙っていると妖精は独り言のように続けた。
「別れが怖いんでしょ?名前なんてつけてしまったら余計に執着が湧いちゃうもんね。分かってるんだ。いずれ別れがくるんだ…って」
そんなこと。
「いや」
「嘘言わないでよ」
妖精はフワリと立ち上がった。
「でも僕は風にも一人ひとり名前をつけてる」
《コワインデショ》
いたずらな声が聞こえた。
…今の…。
「そう、風の声。今のはジョセフィーヌ」
俺も土を巻き上げて立ち上がった。
「ホントはもう決めてるんだ」
《シッテルワ》
風が微かに笑った。




