28.燃えて、燃やして
長い…そして、だいぶシリアスに…なってしまいました。
それでもよろしければ、どうぞです。
「よいしょっと」
ずり落ちてきた身体を抱き上げる。
適当に殴ってみたら吹っ飛んで気を失ってしまった炎の妖精を運んでいるのだ。テティスの奴、先に帰らせておいてよかったな。
さっきからエイムが呻き声を何度か上げては周りの木々が燃え上がる。
その度に水を呼んで消火活動を行なっているが…。
迷惑だという気持ちにはならない。いや、なれない。
なんだってこんな苦しそうに、悲しそうに顔を歪めているんだ。
綺麗な顔に悲痛が浮かび、汗がじっとりと髪を張り付かせる。
何がそんなに辛いんだ。
見ているこっちも辛くなる。
何度目かの消火活動を終え、エイムを再び抱き上げる。
…やっぱりただのお調子者ではなかった。ある程度、予感はしていたが、当たって欲しくはなかった。また面倒な事件、程度に思ってのことではあったのだが。
こうやって、エイムの表情を見ていると、ただのお調子者であって欲しかったと思う。
ちょうど、いま俺とテティスとレムと、半ばコルトーの住む、ぼろっちい家に辿りついた。
俺が風と水に協力を依頼してなんとか作ったものだ。最近やっと出来上がった。
家くらい用意されてると思った最初の自分を嘲笑いたい。
主はかなりの放任主義らしい。
洞窟を仮住まいにして結構かかったが、基礎から作った。
土の水分を使って土を動かし、風で運んだ岩を配置し、また風で切って運んだ木材を四苦八苦微調整しながら組んでいく。村みたいな石造りの家にしようかとも考えたのだが、風たちの注文で却下。
木を斬るのにハマったらしい。少年風が
《ヒャッホーイ!》
とハイテンションで木々を木材に仕上げてくれたのだ。
あとは木材に含まれる水分で微調整して隙間を埋めて、床は細長い板を敷き詰めた。
ついでにベッドも作った。
布に関しては植物を風で割きまくって、レディー風にあんでもらった。
あと、繭とかも風たちが見つけてくれるからシルクつくれてしまった。(笑)
基礎の岩と同様に岩を運び釜戸もそれで代用。
ぼろっちいとか言ったが、外観はともかくして、中身は村に住んでたときより全然リッチである。
って、そんなことはどうでもよかった。
乱暴になってしまうが足で扉を開け、家に入る。気を失ったエイムを見てテティスとレムは一瞬目が点になったが、すぐにテキパキと処置を始めてくれた。
レムが、綺麗に洗って畳んであったシーツをソファにひいてくれたので慎重にエイムを寝かせる。
以前、ヘイロンがやっていた風で傷を塞ぐというのを思い出し、テティスにおいとましてもらってレムと、服を脱がせた。
多少、背中に擦り傷はあったが、あれだけ飛んでこれならマシな方だろう。
ついでに汗を拭ってやり、レムの服を着せた。
しばらくして戻ってきたテティスとともにレムに事情を話す。
なぜか俺はレムに呆れられた。…まあ、ちょっと大人気なかったとは思うけどさ。
あ、運んだときみたいに発火したら大変じゃねぇか!
俺は大慌てで家を水でコーティングした。
…またレムに呆れられた。…う、抜けてたけどーそんな目で見ないで下さい。
「…まあ、ヘイロンさんですもんね」
ひどい言葉を残して、レムは自室に戻っていった。
ちなみに我が家は五部屋ある。レム、俺、テティスの部屋と台所兼居間、それと多目的(コルトーの部屋)。
エイムはときどき呻き声を上げるが、一向に目を覚まさない。そんなわけでテティスと並んで、ソファのすぐ向かいの食卓につく。すでに夕方になってしまって、窓から見える空はほのかに赤みを帯びてきた。
…大丈夫かなぁ……。
早く起きてくれないと責任感じてしまう…。
見ればテティスも不安そうにエイムを見つめていた。…いや、分かってるとは思うけどお前のせいではないぞ?テティス。
「大丈夫かなぁ?」
テティスが眉毛をハの字にして呟く。
俺はやってしまった手前、あんまり大きなことも言えない。
「大丈夫じゃないと困る」そう言って、テティスの頭を撫でた。
出逢ってから何かしらあるとこうやって頭を撫でてしまう。…可愛いんだもの。
そんなテティスは全力でその銀髪の尻尾を振っている。犬かよ!のツッコミは今更ほっとく。でもしかし、こんなときには不謹慎(?)ながら、可愛い。仕方ないじゃないか、可愛いもんは可愛い!
とか思っていたら、エイムが眉間にしこたま深く皺を刻んで呻いた。
「ん…っ」
見ていると、まぶたが持ち上がって目が合ってしまった。
「よかった、気がついたか?」
せめてもの笑顔で労う。
しばらく咳こんだりしたエイムだったが、すぐにはじめね調子よさを取り戻し、ハイテンションに戻って叫んだ。
「お前、なんなんだよ!」
「えーと、ヘイロンです?」
それ以外に答えようがなく疑問系に言うとエイムは困ったような顔をして黙ってしまった。
…気まずい。
エイムのつらそうな理由がそこに見えてきた気がして余計に。
それ俺自身にも身に覚えがあるような感触で。
ついに沈黙に耐えきれなくなって、口を開いた。
「…つーかお前こそなんなんだ」
いきなり、襲ってきやがって。そう意味に聞こえるように聞いた。
しかし俺は反復したのだ。この少年が自身と同じようになっているとしたら、俺は意地の悪い奴だな、と遠く思う。
しかし、エイムはそれを汲み取ったようにだんまり。
今度は、口は挟まずに、苦虫を噛み潰したみたいな顔をしているエイムをまっすぐ見ていた。
「……もう…わかんねぇ…本当、なんでオレ…」
はらり。
頬を涙を伝った。
やっぱり、俺と一緒なのかもしれない。妖精でも、この小さな子供にとってそれは…あまりに難しい問題だろう。
「はは、情けないな…オレはさ、本当は自分が…」
「それ以上言うな」
俺は、無表情で少年の頭に手を伸ばした。
びっくりして一瞬少年は目をつぶる。俺はくちゃりと少年の頭を撫でた。
「なんとなく、予想はついた」
俺はなかなか出ていこうとしない言葉を口から絞りだす。
「まぁ俺の知ってる昔話を先にきいてくれ」
昔昔――――
「悪魔の子!」
「近づくなって、気味わりぃんだよ!」
大人たちがまだ4才にも満たない幼年の少年から飛び退く。
少年に近づく気はなかったのだが
「すみましぇん」
舌足らずの口調で謝っておく。
少年はまだ幼いながらも分かっていたのだ。なるべく自分が厄介を起こさずに穏便に済ませる方法を。
少年には親がいなかった。
父親は、少年が生まれる前に死んだというし、母親に至っては誰もしらない。
少年はある朝、孤児院の前に置かれていたのだ。
それでも村中の誰もが少年の父親が誰であったか知り得たのは、一重に――――
髪の色だった。
金か銀か赤か、そんな村人の中で一際目立つ、黒。
そんな髪の色を持っていたのは、ただ一人だったのだ。
――――少年が現れる数年前に、主様に差し出された生け贄の男――――ヘイロン。
その髪がまた村に現れたのだ。村人には悪い夢としか思えなかった。
それでも少年が棄てられなかったのは、主の呪いを怖れたためだった。
少年は、また父のようにヘイロンとよばれ、とりあえずの食と寝るところだけは用意された。
院長ですら気味悪がって近付かない。院長に文字を教わる他の年上を遠くから見てヘイロンは自分で文字を学んだ。
必死で学んで、三才の彼は、ただ一人の友達を手に入れたのだ。
本。
捨てられる古い本を、専門書をたくさん読んだ。
難しくて、三才の彼には理解できていたかどうか…時には医学書なんかも読んでいた。
それでも少年は――――
自分が嫌で仕方がなかった。
周りの人間が嫌いで仕方がなかった。本の中のように、優しく話してくれないし、本の中のような子供に向ける優しい視線も向けてはくれない。くれるのは、ただ憎悪、恐怖、拒絶。
幼心にだってそれは分かったし、十分すぎた。
でも少年は、そんな大嫌いな周りの人間に食べものをもらって生きていくしかない。
自分の身体は、そんな食べ物で構成されているのだ。
それが分かっているのか分かっていないのか、それでも少年は、自分が不甲斐なくて情けなくてどうしようもなく嫌いだった。
僕はなんなんだろう。
こんな憎悪の中にあって、僕は死体から湧き出る蛆となにが違うんだろう。
ただ食べて、ただそこにいるだけで。
常に不安がつきまとうのだ。
そしてたまに本当に自分が“人間”として存在しているのか解らなくなる。
でも少年にはその自分の感情がなんなのかわからずに、泣くことも出来ない。
そんなときだった。
いつのまにか五才になった少年は、ゴミの中から、キラキラと光るような大切な親友を見つける。
天文学の本だった。
衝撃だった。難しくて大半はわからなかったが…
あんなに綺麗な星たちは実はその身を燃やして輝いているのかもしれない、と書いてあった。
そうなの?と少年は夜空に問いかける。瞬いた星は、頷いたようで。火が揺らめいたようで。
ポロポロと涙が溢れていた。
「……ふぇっ」
土に直接踞って匂いを嗅ぐ。
「そうなんだね…?」
ちょっと楽しくなって少年は微笑んだ。
その天文学の本の作者はエピローグでこう結んでいた。
遠い星たちも迷っているのだろうか。その身燃やして光り続けることを。
いま僕たちは目が回りそうな日々で、未だに答え出せずに回り道を迷って迷って、
“本当”はないけれど
迷ってその間に時たちは指をすり抜け、はじまる――――
ぜんぶはわからない。
けれど少年はもう一人友達を見つけたのだ。
少年は、自分はヘイロンだ、と。
星が、星であるように。星がその身を燃やすように。
彼は彼の身体を燃やすように、食べ物を消費しているに過ぎない。
彼は、身体のものではないのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
「ちゃんちゃん」
童話風に話す。
確信は触れずに、撫でるように。
俺は、口にしてしまえば陳腐なものになるようでいやだったのだ。
「ヘイロンは、龍の何なんだ?」
エイムが恐る恐るといった感じで見てきた。
「これはまた難しい質問すんなー」
ぴくっとテティスが反応するのが横目で見えた。
「オレは、そうだな、…。本当は、龍と契約してもらいたかったんだ」
理由は分かってるだろ、とばかりエイムは苦笑する。
…あー、それで契る、か。
「して、その方法は?」
俺は、ほぅと息を吐いた。
「指の血を吸う、だ」
にっか と笑うエイム。
テティスは少し目尻に涙を貯めていた。
「いいよ」と笑った。
エイムとテティスの間に、いい感じの空気が生まれる。
「いやダメだ!」
咄嗟に叫んでいた。
「「なんで!」」
はぁ…。
早く解決してくれぇ…
嘆いております作者でした。
失礼しました…




