23.何と何
鳶が一羽飛んでいった。
まっさらな青空を線を描くように、爽快な走りは、なんとも気持ち良さそうで羨ましく思える。あの、強靭な翼と俺の腕を比べては、空なんか飛べっこないとすぐに諦めたものだ。が、あんな風に美しく空高く飛んでいる鳥。実は、あんまり羽ばたいてないのである。
何故だ?昔は不思議でならなかったが、今はわかる。
風を利用しているのだ。鳥の翼の形は風たちが流れるとき、どうしても上にあげてしまう形をしているらしい。
鳥たちも考えたもんだ。
何でそんなこと分かるんだって?デタラメなことぬかすな?
いやいや、本当だよ、ホント。当の風に教えてもらったんだから疑いようもない事実だ。
風に教えてもらったっつー事実の方が疑わしいと言われちゃどうしようもないが。……ま、まぁそんなことはどうとして、鳥があんな風に悠々と飛べるのは、風のおかげ、悪くいやぁ風を利用してるからなわけだ。
風たちはというと、一緒に遊んでるようで楽しいというやつも居れば、利用されてるようで気に食わないというちょっと曲がった奴もいるが…。
そんなこんなで、利用したりされたり、は人間の世界だけじゃなく、自然界にも当然、往々にしてあるわけだ。
そして、龍も雲の力を借りて、勢いを増す。そんなことわざがあったかなかったか…。
不本意であっても、協力せざるを得ない、それが自然の摂理と言ってしまえばそうかもしれないが、良いのか悪いのかと一言に言えることではない。
龍だって、雨を降らし水を司り、花を育て、老わせる。そんな二面性がある。
俺にだってきっと自分が気付いていないだけで、そういう部分があるのだ。
何にせよ、テティスが元に戻れて、俺は本当に嬉しい…!
他の奴がどうかなんて置いておき、俺は心の底から安心しているし、喚起に沸き立っている。
しかし、だ。
「…かくかくしかじか…というわけで…ヘイロンったら、終いにはテティスがーって泣き始めちゃって情けないったらありゃしないんだから」
「んだんだ」
噂話で盛り上がるオバハンのように手を胸の前でフラフラさせたりして、例の二人が盛り上がってくる。
う…ん、まぁー…事実には違いないんだが、そういう言い方をされると、俺が物凄いヘタレみたいで……いや、否定はできんが…。
それなのに、テティスの顔がそれとなしと嬉しそうなのが不思議でならない。
流石に恥ずかしくなってきて、「もういいだろ」とテティスの耳を塞ぐようにして頭をこちらに向けた。
「しかし、元はといえば、テティス、お前が見境なくいるから悪いんだぞ?」
テティスが俺を目だけで見上げて
「ごめんなさい」
と呟く。眉がハの字だ。……。
「いや、いい、分かったならいい」
俺は一瞬目をそらした。
「今後は、ちゃんと色んな事を考えた上で行動するんだ。いいか、お前は龍だ。おいとこ、生きられる人間の俺とは違う。力を持ってる。それがどういうことだか、分かるな?」
目を落とすようにテティスは深く一回頷いた。
……やばい。不覚にもこんな場目にも関わらず、テティス可愛いとか思ってしまっている自分がいる…。
重傷だ。
「うん、分かったか」
俺はそんな気持ちがバレないように、それ以上の言及は止めておくことにした。
代わりに、テティスの頭を撫でる。出逢った頃から少しも変わらないテティスの綺麗な銀色の髪は、柔らかくてふわふわしていて、少し温かい。その髪の間から覗く耳はピンと尖っていて、すぐに人間のそれとは違うと思い知らされるのだが、小さく華奢な身体は、人間の子供と少しも変わらず、こんな小さな身体からどうしてあんな力が出るのだろうと疑問を感じずにはいられない。
テティスと俺が違う世界のものだと言うことも信じられない。いや、認めたくないのか、全然変わらないなんてつい先刻まで思っていたのは。でもその事実に実は思っていたより自分は納得していたみたいで、スルリと言葉が出てきて気付かされた。
((ソウヤッテ、甘ヤカスカラヨ))
そよ風が笑いながら過ぎ去った。俺には、その言葉が俺に言ったのか、テティスに対しての俺に言ったのか、ドキッとしてしまった。
すぐに、前者のはずがないと分かったが。
「るせっ。いいだよ、俺は。テティスが戻ってひとまず今は安心以外には出てこないんだ、後で叱るかもな」
俺は2つ嘘をついておいた。
ま、甘やかすのも時には大事だろ。
「いや、甘やかしちゃ駄目でしょ?」
コルトーの全てを見透かしたような台詞は置いておき、俺はテティスを久々にお姫様だっこして歩き出した。
「ま、たまにはな」




