22.交渉と干渉
サブタイトルの意味をよく考えてくださると嬉しいです。
「で、どうするんだ?」
俺もクロードの横にしゃがみこんで、テティスを見つめた。
「どうするもこうするも、テティスを元に戻してもらうんじゃないの?」
コルトーがいつものバカにした表情で俺を見下ろした。文字通り、見下してもいる。…そーゆんじゃねぇよ!分かってるだろうに、コイツは本当に意地が悪い。もしかして、さっきのダメダメな俺を、まだ根にもってんじゃねぇだろうな。
「だから、どうやって」
ついつい溜め息が漏れた。
時は夕暮れを迎えていた。さっきまでの穏やかな昼間の日と変わって、地平線に半歩踏み入れた太陽は、意地悪く急かしているみたいにあたりを赤く照らす。森の木々は個性を失い赤く黒く、道は暗く、いずれにしても、場所すら変わってしまったように見えてくる。
テティスの白い花は淡く赤に染まって、綺麗で、儚かった。
そう、儚いのだ。夕暮れも、花も。だから余計に美しい。だから、俺は焦っているのだろうか。
こんなにも不安なんだろうか。
そんな俺の焦燥感を知ってか知らずか、二匹の妖精は、やけにのんびりしたご様子である。ついつい苛つく。そして、その苛つきも隠せやしない。いや隠す気もない。どうせ隠したところで、風の前のチリである。このやけに鋭い奴らになんて…。
「なにをそんなに急いでるだ、ヘイロン」
クロードすら俺を見下…からかうような目つきで笑った。
なにを?なにをってそりゃ、テティスが花になっちまったんだぜ。早く治らねーとヤバイんじゃねえかとか、普通思うだろう!!
「そうだよ、ヘイロン。そんなに焦らなくたって、日没までに戻さないと戻れなくなるとか物語の通説的なことは、あるんだから」
よかったよかった。それなら平気…
…って、おい!!
「あるんじゃねーか!!」
冷たい風が背中を通る。なぞるように吹きかけるから、寒くもないのに一瞬鳥肌が立つ。もう時間がない。
かろうじて日が当たって、逆に不気味にそよめく花畑は見えるが、それもあと何分かの命だろう。そう、何分かの…。
信じたい、というか信じているつもりなんだが、本当にコイツら大丈夫か?不安になるもんはなる。疑っているわけじゃないんだ。とか言いたいが、実際疑ってしまっている自分がここにいるから、なんとなく口を噤む。
辺りの風と一緒になって俺はソワソワするばかりだ。食い入るように、薄暗さに蝕まれていく白い花を見つめては、ただ二人を伺う。
何もできない歯がゆさより、何より、空気のような自分のしょぼさより、不安が勝っている今は怒るより、伺うことしかできなかった。いや、やはり……。
さっきから表情ひとつ変えないアフロを見ていて、既視感を覚えずにはいられなくなってきた。『そろそろ』とかいう言葉から始めて、促そうと思い立ち、口を開こうとした時だった。
「そろそろ、気付いたらどうだ?」
今の一瞬の前と後ろで違う人物に成り代わったようだ。クロードが低く放った。正直怖い。
俺には、どこにいる誰に向かって話したのかは見えなかったが、理解った。――――花の妖精。
マブダチだ、とか陽気な声でさっきまで言ってなかったか?お前。気のせいか?俺の勘違いだったのか?
いつの間にか、ふわふわのアフロの色まで変わっていた。真っ黒。
察するに、今は雨雲状態ということか?いや、怒気がバチバチしているし、正確に形容するならば雷雲か?…そんなことはどちらでもよかった。
「仕事なのだから、と割り切ったのではなかったか?」
――――仕事?
「俺だって、協力なんてしたくない。が、家業だから仕方ねぇって、それがねぇと世界が成り立たないってよ」
――世界…?協力?何にクロードは協力したくないというのだ?何に協力しているというのだ?
俺にはてんでついてゆけない話だった。
しかし、先鋒にはよく通じたようで、花畑がドクンと脈を打ったのが俺にでもわかった。
「人間たちは食物連鎖とかいうらしい。この世はそうやって生物が生きている。それがいいとは言わねぇけどな、俺だって言わしてもらえりゃ、嫌いだ」
おぉ、こりゃディープな話だ。難しい。そういう哲学的な話をされると、人間の俺としては感覚的に捉えられないから余計難しいと思われる。
コイツらと違って。
「だがな、そうやってしか、生きてけねんだよ、世界では」
でも、それは、…。
俺にでもわかる。
「それでもお前は、そう在りたいのか?」
クロードが嘆くように呟いた。
花の盛りは一瞬。
色とりどりの花弁が匂いをまとって一瞬の空間を、我こそはとつくっている。それはとても短くて、だからこそ儚くて、美しい。
なのに、その短い花の時をわざわざその手で終わらせるの?
花開いたばかりの一時の栄華をむざむざと終わらせるの?
空は花を育てた。空は花を老わせた。
別にくれなくたっていいのに、老いを与えなさったの。
そんなものいらない。そんなもの花にいらないのに。
ワタシガハナヲマモラナキャイケナイ。リュウカラ、ハナヲ。
「それでもお前はそう在りたいのか?」
クロードが呟いた。
わかってるわ、そんなこと。私がいまどんなに醜くて、私がいまどんなに私の理想から離れているかなんて!
でも、もう許せないの。
破壊は、ここで、私が終わらせて、あげないと……
「仕事仕事ってそんな理屈じゃないわ」
私は言葉を飲んで、理屈に任せた屁理屈をいった。
「馬鹿じゃないのか」
私は耳を疑った。クロードでもなくコルトーでもない、声がそう言った。私は何も言えなかったのに。
龍の親だとか知らないけれど、人間が。何も知らない人間が私に馬鹿といったの?
それに私は何も言っていない。なのに、人間は
「終わったら、始まらないんだ。始まったら、終わらせなきゃ」
神妙な表情でそう呟いたの。
まるで、人間は自分に言い聞かせるようだったわ。
ワタシガ、ハナヲ守ラ…な…きゃ…いけない。
龍から…?花を…?
「分かっただか?」
いつの間にかクロードはいつも通りの入道雲になっていて、微笑んでいた。
そうだった、龍は、花を…
「育てるのよね」




