19.白い花
花の盛りは一瞬。
色とりどりの花弁が匂いをまとって一瞬の空間を、我こそはとつくっている。それはとても短くて、だからこそ儚くて、美しい。
なのに、その短い花の時をわざわざその手で終わらせるの?
花開いたばかりの一時の栄華をむざむざと終わらせるの?
空は花を育てた。空は花を老わせた。
別にくれなくたっていいのに、老いを与えなさったの。
そんなものいらない。そんなもの花にいらないのに。
だから、私は龍の子を見たとき身震いしたわ。
龍、空の使者、水の使者。その気まぐれで雨を降らせ、日を照らし、こうやってしおらせていくのよ。それはまだ“仕事”だわ、許せると思っていたの。けれど、なんなの?甘い匂いがすると言って、私の園に入ってきたと思ったら、まだ咲いたばかりの首をもぎとる。嬉しそうにして。
貴女には分からないのでしょうね。
だって、空である貴女に空は老いすら与えられなかった。
だから、美味しいって花のような笑顔で笑えるの。
許せなかった。
誇り高きこの私が子どもをとっつかまえて怒るなんて考えられなかった。でも、許せなかったの。だから酔わせた。
花の、その甘い匂いを存分に味わせてあげるわ。
さいごに龍の子は愛くるしい顔に恐怖を張り付けて叫んだけれど、私を止める理由にはならなかった。
だって未知のものはいつだって怖いわ。私が教えてさしあげるの。
花の美しさを。花の、美しさを。
「テティス!レム!」
叫び声のした方へ全力で走っていった俺だったが、思わず立ち止まってしまった。そこには、溢れんばかりの花畑が広がっていたのだ。
昨日まではなかったそれが、突如として現れた。
うっとりとするような甘い匂いに嫌な予感がして、飛ぶような勢いで花畑に飛び込んだ。
「テティス!テティス!レーム!レム!」
なおも呼びかけに答える声はきこえない。
予感は確信に変わって、肋骨の裏側でもわもわと広がっていく。
「テティス…レム…」見つけなくてはいけないのに声が小さくなる。
見つけたくない。
きっと、どうせ何処かでふざけていて二人して転んだだけだ。
本当はずっとその可能性の方が高くて、それが普通であるはずなのに、本能が叫んでいるみたいだった。違う、そうじゃない、と。
それを知るのが怖い。真実で在って欲しくないのだ。
生い茂った花々の隙間からクリーム色の布が覗いた。
「レム!」
走る。胸が痛い。
「レム…レム!どうしたんだ!」
花畑にレムが気を失って埋もれていた。無事だった…そう思ったのに、あるべきもうひとつの影がなかった。
――――テティスがいない。
それなのに、色とりどりの花畑にひときわ目立つ真っ白な花が摘み取られ置かれていた。
その上には、しずく型のイヤリング。
駄目だ。目の前が真っ暗になった。膝に力が入らなくなって、足の裏が浮いているみたいに、自分がどこに立っているのか、果たして立っているのかという錯覚にすら陥る。
孤児だった俺の唯一の持ち物だったイヤリング。
テティスへのプレゼント。




