11.化け物の森へ行こう
これからやたら長い回想編が始まります★
「ナルシス様」
耳につく高い声が呼んだ。
「何だ」俺は振り向きもせず答える。
何人目だろうか。
女にも満たない幼さを残す、しかしもう少女とも言えない女性がキラキラした目を向けてくる。
次にくる台詞は聞かずとも分かった。
「私、貴方が好きなのです。あの…もし宜しければ…」
「断る」
間髪入れずに俺は女を冷ややかな目で見た。――誰だ、貴様は。
先程まであんなに憧れの眼差しを向けていたというのに、すでにもうそれは非難のものになっていた。そうだろう。そうなのだろう。
しかし、考えてもみろ。
何処の誰とも分からない馬の骨に、いきなり好きと言われて、挙げ句、頼み事までされようとなる。どうしろというのだ。
そばにいてくれ?
一緒になりたい?
厚かましいにも程があるというものだ。
非難の目に対して、俺は冷ややかな無表情を送り続ける。次第に女は目にいっぱいの水を溜めて、俺から逃げるようにして走っていった。
誰もいなくなった庭園。耳を澄ませば、鳥のさえずりや木々の擦れる音、流れる水の音さえ聞こえる。
ひとりだ。そう、得体の知れない奴にこの美しき我が庭園を荒らされるのは気が気でない。余計な気を使わなくてはならない。なぜ見ず知らずの奴にそこまでしてやる必要があるのか。俺は、そんな礼儀知らずと一緒にいるよりかはずっと、一人でいたいと思っている。
が、しかし、世間では俺が“悪者”になるらしい。
好いてくるお嬢様たちを蔑み突き放す冷血漢、だと。
蔑んだ覚えはないが、突き放してなにが悪い。
どうせ地位と顔だけが目的であろう。明白なことだ。
「ふぅー…」
伸びすぎた前髪を書き上げて、空を仰いだ。
そして、人々は言う。
どんな女の誘惑にも負けない俺を、美しいらしい俺の顔を、貴族らしからぬ奇異な俺を。
――化け物だ、と。
これ以上この庭に居られない気分になり、お客様が見えていると云う執事をあしらって、俺は森へ行くことへした。
「駄目です。あそこは危険なのです、大昔から何人の人間が行方知れずになったとお思いですか」
乳母が言ったが、どうにもそれは俺を行くのを止める気にはさせなかった。むしろ、興味がそそられた。
樹海には、昔から言い伝えがあるのだ。
あそこには、化け物が住んでいると。人外の何かが住んでいるのだ。
ならば、もうむしろ俺は行くべきなのだろう。そう思った。
俺は化け物らしいからな。
この世に、本当に自分を好いてくれるものなどあるだろうか。
地位も顔も金も気にせず。そんな奴がいたならば、そいつは…
エコーの思い人、ナルシスの回想です。まだ続きます。




