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学園で極悪令嬢と噂の私に、公爵令息だけが笑いかける

掲載日:2026/06/27

私は学園で極悪令嬢と呼ばれている。

伯爵令嬢ステイシー・マイルズは極悪非道。

そこに自覚はある。

気に入らないクラスメイトは十人近く転校させた。

歯向かってくる馬鹿からゴマすりさえすればいいと思っている間抜けまで。

教師も同じである。貴族専用学園が聞いて呆れる。

私の師になりえない人物のなんと多いことか。

特にこの間やってきた美術教師、思い出すだけでも腹が立つ。

芸術棟を燃やして灰にしても気分は晴れない。

恐らくはそういうことをしてきたから、極悪令嬢と称されているのだろう。

実にくだらない。

本当は自分たちだって思うようにやりたいのに。

後始末が出来ないから陰でネチネチと文句を言う他ない。

私が伯爵である父の権力で自由に振舞うように、自分たちの信じる力で押し通せばいいのだ。

愛とか正義とか散々口に出しておいて、いざとなればとても頼りにならないもの。


「エルヴィス・アハルと申します、みなさん今日からよろしくお願いします」

教師から紹介されるかたちで、季節外れの編入生が元気よく挨拶をした。

公爵家の嫡男はキラキラとした笑顔を教室中に向けていた。

あら、これは……だいぶ良くないわね。


名門アハル家。古くからの公爵家で王からの信頼も厚い。

新興勢力に近いマイルズ家では、どこをどう切り取っても勝てはしない。

そこのお坊ちゃまなんだ……。ふーん、面倒な存在になりそうだわ。



放課後が訪れるとすぐさまエルヴィス・アハルに声をかけられた。

「ステイシー、途中まで一緒に帰らないかい?」

「断る理由がございませんわ、エルヴィス様」

「エルヴィスでいい。そっちの方が助かる」

「そう。面白い人ね、エルヴィス」

校舎を出るとエルヴィスは困った顔をして口を開いた。

「なんというかな……君は噂通りの極悪令嬢なのかい?」

随分と失礼な質問だが、まあ仕方のないことか。

「一体どんな噂を聞いたのかは分かりませんが……まあ、悪い女ではありますわ」

「否定はしないか」

「ある程度、やることはやっていますから。小手先の言い訳をしてどうしようもありませんわ」

視線のぶつかり合いに折れたのはエルヴィス。

「なんだ、まいったな。そう堂々とされては……」

「心配することありませんわ。公爵令息殿がその権力を行使する事態にはなりません」

エルヴィスの声に力が戻る。

「やめるというのかい?今までやってきたことを省みて」

「反省してやめるわけではありませんのよ。権力の力比べに勝てないのでコソコソ逃げるだけです」

それを聞いてエルヴィスは苦笑した。笑うしかないというやつか。

「とりあえずは、その言葉を信じるさ。また、明日」

「ええ、さようなら」

私は少し大袈裟に礼をして編入生と別れた。


夕食。カチャリ、カチャリと銀食器が鳴る中、私はタイミングを見計らって父に本日の報告をした。

「今日は我が教室にエルヴィス・アハル公爵令息が編入してきましたわ」

「そうか。教育を自分の家でのみに済まさない。良いことだ」

「はい」

「社会というものの構造を実体験する。これも良い」

「はい」

「お前にとっては、明確に格上の人間となる。上手く立ち回ることだ」

「はい」

「……うん。食事を続けなさい」

「はい」

立ち回り、か。今日は何も起きなかったけど明日から何か変わったりするのかしら。



公爵令息登場から一夜明けた日、特に変化はなかった。

次の日も、その次の日も大きな変化はなかった。

だが人の輪が徐々に動いていることは明白だった。

エルヴィスの周りに人が集まり。一方で私の周りいた取り巻きが距離を開けてくる。

なるほど確かに環境は変わり、それが私の神経をイラつかせることもある。

「でも悪くはないわ」

思わず口に出してしまう。

今のような、静かな学生生活を私は求めていた。ふとエルヴィスに目をやるとワイワイガヤガヤと級友に固められて実に不自由に見える。あんなのは嫌よ。

こんな成果が出てくるとは、本当に意外だった。もちろんその要因のほとんどが「元々いた本物の馬鹿たち」を私が既に排除していたことにある。決してエルヴィスの手柄だとは思わない。思わないが――「私たちの共同作業」による教室環境の改良とでも考えれば……ふふ、面白いわ。

はねっかえりの馬鹿が出てきそうだけど、それまでは楽しませてもらいましょう。


はねっかえりの馬鹿が出てきた。

「はぁ」

思わずため息が漏れる。

フェンシングの授業。練習用の剣を使うも防具はなし。当てるだけ、触るだけのやりとり。終了の笛が鳴った。構えを説いて、汗をぬぐった瞬間だった。ズドンと右の太腿に痛みが走る。練習用の剣が渾身の力で打ち込まれていた。

「ちっ」

私は痛みと共に剣先を抜くと、優しく相手に差し出した。何も考えずに両手で剣を受け取ったところに大振りの平手打ち。二撃、三撃、それから下段を蹴り抜いて転倒させる。

まだ終わらないわ。無防備に転がっている身体を蹴りつける。やっと止めに入る者が来たが、絡められた腕を引き抜くようにして投げつけた。間を置かずに蹴りつけを再開させる。――が、後ろから羽交い絞めにされて身体を浮かされた。残念だわ。これでは抵抗ができない。

私を止めたのはエルヴィスだった。彼は不思議な目をしてこちらを見ていた。ああ、これが私よ。極悪令嬢ステイシー・マイルズ、どうぞよろしく。



翌朝、私は自宅療養と登校を天秤にかけ、後者を選択した。昨日のはねっかえりの馬鹿を確認する必要があった。のこのこと学園に来るようなら分からせてやらなければならない。やる時は徹底的だ。それにしても太腿の怪我のストレスの溜まること。一歩進める度にズキンと痛む。


教室に入った私は人を探す前に自分の席に目が止まった。

机の上にゴミ箱が逆さに乗っかっている。クラスメイトから朝の挨拶はない。代わりに嘲笑。クスクスという下衆な声がふわりと教室を包んでいた。疲れがどっと肩に降りてきた。馬鹿どもめ。


私はまっすぐと自分の席へ向かい、逆さのゴミ箱を蹴り飛ばした。中に入っていたゴミが宙に打ち上げられる。急に笑い声を止める級友の皆さん。そんなことは関係なく、私は間髪を入れずに机の脚を掴んで教室の窓に向かって思いっきり投げた。ガシャーンというガラスが割れる音と共に机は校舎外へと落ちていった。そこで気づいた。あらやだ、ここは三階だった。下に誰かがいたら大事だわ。


つかつかと窓際に歩み寄り。割れた窓ガラスから外を確認した。机は頑丈で、投げ捨てる前と何も変わらずに通学歩道に転がっていた。一人の男子生徒がその机を前にして突っ立っていた。脳天に机が直撃、という事態ではないようで何より。その男子生徒はこちらを見上げた。エルヴィスだった。彼は昨日と一緒の不思議な眼差しを私に向けてきた。


「さて、どうしたものかしら……」

何秒か頭を数巡させた後に、私はとりあえず教室から出ていくことにした。誰一人として声を上げない教室、私はそこから出ていった。エルヴィスと鉢合わせないように校舎の裏手へと続く道をズンズンと進んで行った。やはり太腿が痛む。



校舎の裏手にある小さな植物園。その中にある小さなベンチに私は腰を掛けていた。気分は悪い。

「しばらくは家で過ごすことも悪くはないわね」

私の独り言に返事がくる。

「それは随分と君らしくない話だな」

エルヴィスだった。


「……貴方は暇なのね」

ぶっきらぼうに言ってのけた。

「何しに来たの?皆の前で頭を下げろと言えば、黙って下げるわ」

「展開が急だな。なに、少し報告しに来たんだ」

「報告?教室の?どうだっていいわそんなもの」

本当にそうだった。果てしなくどうでもよかった。

「いいや、昨夜の報告だ」

「昨夜?」

何かあったかしら?いや、何もない。

「やはり聞いていないな。君の父上が我が家を訪ねて来たんだよ」

「父が!?」

一瞬驚いた。が、少し考えれば想像できる範囲であった。

「厳密には私の父を訪ねて来たんだが、私も同席したものでね」

なんだか先の読める話になってきた。

「ステイシー、君の話だ。そして私の話だ。君を学園で護ってくれないか?そう依頼されたのさ」

「そう」

「そして金貨のたっぷり入った袋を父によこした」

やはり先の読めた話であった。

恐らくはこれまで私が起こしてきた問題も、そのような父の活動で事なきを得たのであろう。

私も馬鹿ではない。それぐらい察して学園生活を送っていた。

「しかしね、私の父はその金貨を三倍要求したんだ」

「へぇ、さすがは公爵様。安くはないのね」

私はぼんやりとした言葉を返した。

「その注文を聞いた伯爵は断った。話は無かったことになったんだよ」

「……!」

私はゆっくりと、うなだれていた身体を上げた。

「どうして!?」

「娘の教育にそこまでかけられないとのことだ」

「父がそう言ったの?」

「……まぁ、そうだ」


長めの沈黙が植物園に訪れた。

「じゃあ、なんで貴方はここにいるの?」

「それが私にもよく分からない。昨日の君は怖くさえあったのにね」

「そう、気まぐれなのね――」

溜め息のように吐かれた私の言葉は勢いよく遮られた

「そうではない!」

その声を聞き、私はエルヴィスの顔をまじまじと見た。

「伯爵が要求を撤回した瞬間、私が護らねばならないと、そう思ったのだ!」

「……」

ああ、何か言わないと。

「……」

こんな時は何と言うのかしら?

「きゃっ!」

ボヤッとしているうちに私はエルヴィスに全身を抱えられた。

抱っこされてしまった。

「ちょっと!なんのつもり!?」

「運ぶんだよ。君の怪我は君が思っている以上に深い」

「……」

もう私は何も言わなかった。



季節がひとつ巡っても、私は極悪令嬢と呼ばれている。

伯爵令嬢ステイシー・マイルズは極悪非道。

やはり自覚はある。

気に入らないクラスメイトを気の済むまで叩きのめした。

歯向かってくる馬鹿から、陰湿で一人では何もできない臆病者たちまで。

格上の人物もまた同じである。

私の上に立つ者など、どこにもいないと思っていた。

エルヴィス・アハル。ああ思い出すだけでも腹立たしい。

あの植物園を燃やして灰にしても、この胸の熱は消えないだろう。

私を理解する者などいない。そう信じていた。

私の傲慢も、醜さも、孤独も、すべて知った上で手を差し出す男がいる。

愛とか正義とか、そんな綺麗な言葉は今でも少し疑っている。

けれど、あの男の隣にいる時間だけは、疑う必要がなかった。

だから今日も私は極悪令嬢のまま、彼の隣で笑っている。

――それが、私が初めて手に入れた、誰にも奪えない幸せなのだから。

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