第16話:四日かかる道を、七時間で着いてしまった
村を出てしばらくは、いつもと変わらない旅だった。
土の道。
左右に広がる草原。
ところどころに低い林。
遠くで鳥が鳴き、風が草を揺らしていく。
ソータは一定の歩幅で進みながら、ときどき《神速積載庫》の中身を頭の中で確認した。
食料。
水袋。
予備の服。
縄。
手製の槍。
マルタから預かったナイフ。
村長から預かった金。
「忘れ物は、たぶんなし。」
(たぶん、じゃなくてちゃんと確認しろ。)
(いや確認した。
したけど口に出るのはこうなんだよ。)
途中、小さな魔物には何度か遭遇した。
角牙兎が二匹。
茂みから飛び出してきたので、ソータは慌てず槍を取り出し、足元へ石を出してよろめかせ、そのままとどめを刺す。
「よし。」
さらに、夕方近くには犬と狼の間みたいな細長い魔物まで現れた。
こっちは少し手間取ったが、距離を取って槍で牽制し、最後はマルタのナイフで仕留めた。
「……このナイフ、ほんとによく切れるな。」
(俺が強くなったのもあるか?)
(いや、たぶん刃物がいい。)
(たぶんマルタさんの旦那さん、かなりちゃんとした人だったんだろうな。)
倒した魔物は、そのまま収納する。
素材になるかもしれないし、持っていて損はない。
何より《神速積載庫》の中なら邪魔にならない。
日が西へ傾き、空が橙から群青へ変わり始めた頃だった。
ソータは自分の体に、妙な違和感を覚え始めた。
「……あれ。」
疲れていない。
朝から歩いて、途中で戦って、しかもずっと荷物を抱えている意識もある。
普通なら、そろそろ足が重くなってくる頃だ。
それなのに、不思議なくらい軽い。
しかも。
進みが速い。
いや、速いというより、景色の流れ方がおかしい。
歩いている。
ちゃんと歩いている。
でも地面を踏む感覚がどこか薄い。
風を切って走っている感じでもない。
ただ、すうっと。
自分だけが、夜の道の上を薄く滑っていくみたいな。
時空の細い隙間を抜けているような、変な感覚だった。
「何だこれ……。」
(速いのか?)
(でも全力疾走してる感じはない。)
(むしろ散歩に近い。)
(散歩で四日分進んでたら怖いけど。)
空はもう夕方を越えて、夜の入り口に差しかかっていた。
木々の影が長く伸び、道も少し青く沈み始めている。
「そろそろ、野宿の準備でも考えるか……。」
そう呟いた、その直後だった。
前方に、ぽつぽつと灯りが浮かんだ。
「……は?」
最初は旅人の焚き火かと思った。
だが違う。
灯りは一つや二つじゃない。
線になって並び、その奥にも無数に広がっている。
さらに近づくと、それが城壁の上の灯火だとわかった。
見張り台。
門。
高い壁。
その向こうに広がる大きな街。
「街……?」
ソータは思わず足を止めた。
いや、止まったつもりだったが、まだ体は少し前へ滑るように進んだ。
慌ててもう一歩踏みしめて、ようやく動きが落ち着く。
「いやいやいや。」
(そんなわけないだろ。)
(まだ一日目の夜だぞ。)
(俺、途中で寝た?)
(寝ながら移動した?
そんな器用なことある?)
門まで近づくと、そこには本当に立派な街があった。
石造りの壁に囲まれ、門の上には街の紋章らしき旗。
その下を、人や荷車がぎりぎり間に合った顔で出入りしている。
門番がこちらを見て、少し怪訝そうな顔をした。
「入るのか?」
「はい。
あの、すみません。」
「何だ。」
「ここって……グランデリア、で合ってますか?」
門番は一瞬黙ってから、何を当たり前のことを、という顔をした。
「そうだが?」
ソータの頭の中が、さらに真っ白になる。
「ちなみに、今日は何日ですか?」
「旅人かお前。
日を忘れるほど飛ばしてきたのか。」
「まあ、ちょっと。」
「ちょっとで済む顔じゃないな。」
門番は呆れながらも日付を教えてくれた。
間違いない。
村を出た、その日の夜だった。
「……。」
「入らないならどけ。」
「入ります!」
ソータは反射的に答え、そのまま門をくぐった。
石畳。
並ぶ店。
行き交う人々。
酒場から漏れる笑い声。
店じまいを急ぐ商人の怒鳴り声。
全部、本物だ。
街だ。
しかもかなり大きい。
「グランデリア……。」
(着いた。)
(いや、着いたけど。)
(何で?)
とりあえず人通りの少ない路地へ入り、ソータはすぐにステータスを開いた。
青白い板が、夜気の中へふわりと現れる。
そこには、たしかに見慣れない文字が増えていた。
固有スキル:《神速積載庫》Lv8。
補助スキル。
《荷台拡張》 使用可能。
《保冷》 使用可能。
《夜間高速運送》 使用可能。
「増えてる。」
新しいスキルへ触れる。
すると説明が表示された。
《夜間高速運送》。
夜間限定。
積載物を保持したまま、時空を滑走するように超高速移動可能。
移動疲労を大幅軽減。
長距離運送に特化。
「長距離運送に特化、ねえ……。」
ソータはしばらくその文を見つめたあと、ぼそっと言った。
「やっぱり運送屋に必要な方向ばっかり強くなるな……。」
(夜間限定。)
(時空を滑走。)
(言い方だけ異様にかっこいいけど、やってることは完全に深夜便の究極版じゃないか。)
四日かかる道を七時間ほど。
しかも疲労はほぼなし。
「反則だろ、これ。」
口に出してから、自分でちょっと笑ってしまった。
便利すぎる。
怖いくらい便利だ。
だが今は、ありがたいことこの上ない。
武器を買って、できるだけ早く帰りたい。
それを実現するには、この上ない力だった。
「よし。」
気を取り直し、ソータは大通りへ戻った。
まずは武器屋。
そう思って何人かに聞きながら探してみたのだが。
着いた時には、当然ながら扉は閉まっていた。
看板は下ろされ、店の中は真っ暗。
当たり前だ。
夜なのだから。
「……まあ、そうだよな。」
(グランデリアが悪いわけじゃない。)
(四日かかる場所に一日で着いた俺がおかしいだけだ。)
仕方なく宿を探そうとして、そこでふと思い出した。
今日は道中でも魔物を倒している。
しかも今日だけではない。
角牙兎。
狼型の魔物。
魔猪。
崩落でまとめて死んだゴブリンやその他の連中。
《神速積載庫》の中には、売れそうな素材がかなりたまっていた。
「先にそれ、売るか。」
武器は明日でいい。
金があるに越したことはない。
通りがかった男へ声をかける。
「すみません。
魔物素材を売るなら、どこがいいですか?」
「素材?」
「はい。
少しまとまった量があるんですが。」
男はソータの顔と身なりを見て、少し眉を上げた。
「その時間だと、普通の素材屋はもう閉まってるぞ。」
「そうですよね。」
「まだ灯りがついてるとしたら、大きい商会くらいだな。」
「商会ですか。」
「クラウゼン商会なら、夜でも帳簿仕事してることがある。」
「ありがとうございます。」
礼を言って歩き出しながら、ソータは少しだけわくわくしていた。
大きな街、グランデリア。
商会。
武器屋。
素材売却。
村とはまるで違う世界の入口に立った気分だった。
(さて。)
(今日は着いただけでも十分とんでもないが。)
(せっかくなら、夜のうちにできることをやっておこう。)
そう考えながら、ソータは街の中心にある大きな建物へ向かって歩き出した。
その先で、自分の運ぶ力を一目で見抜く、鋭い目の女性と出会うことになるとは。
この時のソータは、まだ知る由もなかった。




