8話 入学式なのに、安心する要素が一つもない件
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剣術学園の入学式は、思っていたより静かだった。
広い室内の大演舞場。
石造りの床。
整列する新入生たち。
全員が剣を帯び、何人かは鎧まで着ている。
そして共通しているのは――自信に満ちた顔だ。
周囲の装備を改めて見る。
剣の質。
鎧の光沢。
鞘に刻まれた家紋。
(……おれのと値段が全然違う)
俺の装備は、村で買った最安モデルだ。
ショキノ村の店主が笑顔で言っていた。
「これなら安いよ! 初心者向け!」
言い換えるなら能力補正値が低いという意味と同義だ。
(ゴブリンの耳がもっと集まったら、剣を買い替えよう……)
シズカがひそかに決意した瞬間だった。
俺は列の一番後ろ。
ランキング百位――つまり最下位。
(……最下位って、目立たないはずなのに)
(……なぜか、視線が集まるんだよな)
質素な装備と自信の無さ、無意識に丸まった背中が原因だとは、この時の俺は気づいていない。
壇上に立つのは、オリヴィア学園長。
年老いているが、背筋はまっすぐだった。
「本日より、お前たちは剣術学園の学生となる」
短い宣言。
学園長は間を置き、続ける。
「この学園において、価値は一つ」
一拍置いて、告げられる。
「――強さだ」
空気が、わずかに揺れた。
(……ブラック企業の理念みたいだな)
(成果主義、競争、実力主義)
(そして最下位は、だいたい雑用担当)
学園長は淡々と言葉を並べる。
「血筋、才能、装備」
「それらはすべて、強さを示すための要素にすぎん」
(全部ない)
(俺、全部ないんだけど......)
俺の手元には、初心者用の剣と布の服。
残りのゼニーと、三日で死ぬ呪い。
あと、ゴブリンの耳が少々。
学園長はさらに言う。
「ランキングは絶対だ」
「不満があるなら――剣で語れ」
拍手は起きなかった。
誰もが当然のように受け止めている。
規則説明。
寮の案内。
学園生活の注意事項。
式は淡々と進み、最後に学園長が言った。
「続いて、上位ランキング保持者を紹介する」
空気が変わる。
さっきよりさらに張り詰める。
全員の背筋が伸びた。
(……ここからが、本番か)
「ランキング二位。ルージュ・ルーカス」
前に出た男は、堂々としていた。
端正な顔立ち、だが少し怖い雰囲気がある。
赤髪に、赤い鎧。
赤い鞘。
(赤……)
(あいつ、赤すぎる)
(ルージュって、そういうことか)
周囲の空気が熱を帯びる。主に女性。
この男は、人気があるらしい。
そして次。
「ランキング三位。シトラ・シトラス」
名が呼ばれた瞬間、
演武場の熱気がまた一段上がった気がした。
静かに前へ出てきたのは、銀髪の少女だった。
――美少女。
そう表現するしかない。
銀髪はさらさらで、光が当たるたびに淡く輝く。
肌は白く、まるで彫刻みたいに整っている。
瞳は透き通った薄い色で、見られただけで心臓が縮む。
制服の着こなしすら無駄がない。
立っているだけで絵になる。
そして胸も大きい。
周囲の学生が、息を呑む。主に男子が。
(……まぁ、そりゃ人気出るだろ)
「ランキング一位から十位までは、講師補佐も兼ねる」
学園長の言葉にざわめきが走る。
「学生なのに講師補佐って……」
「強い奴は仕事までやらされるのか……」
(いや、たぶん仕事じゃない)
(権限だ)
上位者が下位の者を管理する。
つまり監視体制。
(この学園、治安維持を上位者に丸投げしてるな)
モカが、そっと近づいてきた。
「なあ、シズカ」
「はい」
「あの人、朝お前といっしょに……」
「たまたまです」
即答した。
モカは黙り込んだ。
その沈黙は、
「たまたまって便利な言葉だな」という顔をしていた。
式が終わると、ざわめきが広がる。
そのざわめきの中、俺は静かに帰ろうとした。
目立たないように。
気配を消して。
存在感を薄めて。
背景に溶け込んで。
石床の模様になって。
(……よし、俺は石床)
そう思った瞬間。
「……いた」
背後から、透き通った声。
俺の背筋が凍った。
(やめろ、やめてくれ)
(俺は石床だ、石床に話しかけないでくれ)
ゆっくり振り向くと、白銀の美少女がそこにいた。
シトラ・シトラス。
距離が、近い。近すぎる。
息がかかりそうな距離。
視界が銀髪で埋まる。
(……やめろ)
(俺の人生にイベントを起こすな)
周囲の学生たちが、一斉にこちらを見た。
「……何か」
俺が聞くと、シトラは淡々と答えた。
「入学式」
「……はい」
「騒がしい」
「……ですね」
それだけの会話。
なのに視線が刺さる。
(頼むから、今は俺を認識しないでほしい)
(存在を無視してほしい)
(俺は背景だ)
(石床のシミだ)
だが願いは通じない。
シトラは、俺を見たまま言った。
「明日も、朝に来ること」
「……はい」
口が勝手に返事をしていた。
断るという選択肢は、最初から存在しなかった。
シトラはそれだけ言って去っていった。
背中が小さいのに、存在感が大きい。
美少女の背中は、どうしてこうも非現実的なんだろう。
次の瞬間。
「おいシズカ!やっぱシトラスさんと知り合いじゃねぇか!」
モカが叫んだ。
「知らないです!」
本心だった。
(知り合いって何だよ)
(会話三往復しただけだろ)
(俺は石床だぞ)
◇
その日の夜。
部屋に剣を置く。
耳袋は少し重くなっている。
今日倒したのはゴブリン六体。
百体にはまだ遠い。
「……少しずつ近づいてるだけマシか」
そう言い聞かせて目を閉じた。
剣術学園での生活は、
静かに、しかし確実に、
面倒な方向へ転がり始めていた。
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