6話 最下位の日常が、思ったより静かで息苦しい件
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剣術学園に入学して、三日目。
朝の地獄みたいな稽古を終えたあとは、意外なほど静かな時間が流れていた。
「……暇、ではないな」
剣を磨きながら、そう思う。
周囲では、同じ学生たちが大声で笑い、剣を振り回し、互いの装備を自慢し合っている。
「昨日さ、お父様に新しいブロードソード買ってもらったんだよね!」
「おれさまは、アイアンシールドを新調したぜ!」
「ぼくは“切れ味が良さそうな気がする短剣”を入手したよ〜!」
……ん?今、三人目、それただの感想ですよね?
俺は少し離れた場所で、一人剣を布で拭いていた。
声をかけられることは、ほとんどない。
学園ランキング百位。
それだけで、説明は足りるらしい。
昼前になると、雑用が回ってくる。
「おい、最下位」
「これ、倉庫な」
言い方に悪意はない。
ただ、興味もない。
「はい」
逆らう理由もないので、素直に向かう。
倉庫は埃っぽく、古い木箱が積まれていた。
剣の鞘、壊れた盾、使われなくなった訓練具。
(……まあ、こういう役目だよな)
前世でも似たようなことはよくあった。
誰もやりたがらない仕事が、自然と自分のところに回ってくる。
やれば文句は言われない。
でも、評価もされない。
慣れている。
「……慣れてるの、良くない気もするけど」
独り言が、倉庫に消える。
作業を終えて外に出ると、見覚えのある顔があった。
「あ……」
声をかけてきたのは、同じ試験を受けていた学生だった。
中肉中背で目鼻立ちがはっきりした顔立ち、そして少し焼けた肌をしていた。
「シズカ、だっけ?」
「……はい。シズでいいですよ」
「おっけー! シズ! よろしくな! 俺、モカ・モカール。モカでいいぜ。ランキングは九十ニ位」
微妙に近い。そして俺の頭には黒く苦い飲み物が思い浮かんだ。
「……あのさ」
モカは少し言いづらそうに視線を泳がせる。
「正直、最初は関わらない方がいいって思ってた」
(正直だな)
「でも……毎朝さ」
一瞬、言葉を選んでから続ける。
「訓練してるの見てたぜ。ボロボロになりながら立ち上がってたよな。」
「……立ってるだけです」
「それができないやつ、結構いるんだぜ」
モカは肩をすくめる。
「血筋とか才能ある奴ほどさ、無理しねえんだよ」
「カッコ悪いとか言って、さっさと諦める。」
「あ〜……なるほど」
「そんなことはいいから、一緒に飯でも行こうぜ?」
俺のことは貴族には見えていないらしい。
多分、モカも同じか。
少なくともゲーム本編には出てきてないな。
少しだけ迷って、頷いた。
食堂は騒がしかった。
でも、端の席は比較的静かだ。
会話は多くない。
互いに剣の話をするでもなく、序列の話をするでもなく。
ただ、同じ釜の飯を食う。
(……気楽だな)
前世では、こんな時間はなかった。
「なあ」
モカが、唐突に言う。
「俺さ、正直怖いんだよね」
「……何がですか」
「この学園」
小さな声だった。
「良いとこの貴族か、才能に溢れたやつばっかだろ」
「それに勝つことに、異常に執着してやがる」
確かに。
勝つためなら、何でもする。
そんな空気がある。
「俺、ついていけるか分からなくてさ」
少しだけ、胸が痛んだ。
「……疲れたら、休んだ方がいいです」
「……そんなこと言ってくれるの、お前が初めてだわ!」
モカは少し大きな声で笑った。
「他のやつに言ってもさ、
『おまえの血筋じゃそこまでだ』とか、
『才能ないなら諦めろ』とかしか返ってこねえし」
「あぁ……なんとなく分かります」
この学園では、
生まれと才能が、ほとんど全部らしい。
モカも、きっと馴染めずにいる一人なんだろう。
「おまえ、変わってるな!」
「そんなことないと思いますけど……」
「でもさ、話が合いそうな奴がいて助かったわ」
「これからもよろしくな、シズ!」
「こちらこそ。よろしくおねがいします、モカ」
夕方、稽古場の前を通りかかる。
遠くで、剣がぶつかる音がする。
「もっと踏み込め!」
「腰が引けてるぞ!」
その声の中に、聞き覚えのある低い声が混じっていた。
「逃げる剣に、価値はない」
ルージュ・ルーカス。
剣術学園の上位ランキング保持者。
一瞬、視線がこちらに向いた気がしたが、
すぐに興味を失ったように逸らされた。
(……まあ、そうだよな)
俺は逃げ腰だ。
ただのモブキャラ。
才能の血筋もない。
この学園の価値観とは、真逆だ。
……そりゃ浮く。
(おー怖っ。絶対に近寄らないでおこう)
その夜。
部屋で剣を手に取る。
重さを確かめる。
握りを確認する。
「……スラッシュ」
声に出してみる。
何も起きない。
分かっている。
まだ足りない。
百体。
いや、この学園に来る前にゴブリンを倒したから、残り九十九体か。
数字が、頭の中で重く沈む。
(やらないと、終わらない)
逃げたい。
でも、逃げ道はない。
なら――。
「……少しずつ、減らすか」
(九十九体もあるけど)
シズカ・ニクラスは、静かに剣を置いた。
最下位の日常は、重くて静かだ。
だが、確実に――。
次の一歩へと繋がっていた。
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