5話 朝の稽古が地獄すぎる件
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剣術学園の朝は、思っていたよりも早かった。
まだ空が白み始めたばかりの時間。
寝不足の頭を抱えながら、俺は訓練場に立っていた。
「……早すぎない?」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
昨日の少女――銀髪の講師は、すでにそこにいた。
剣を構え、微動だにせず立っている。
朝が弱いとか、眠いとか、そういう概念が存在しない人種らしい。
学園が実施する訓練ではない。
なぜか、入学試験で目を付けられた。
そして、その翌日から鍛えられている。
「遅い」
「……開始三十分前ですけど」
「遅い」
理不尽だ。
「構えて」
言われるがまま、剣を握る。
正直、まだ身体が動いていない。
(これ、準備運動とか――)
考えた瞬間。
視界が反転した。
「がっ!?」
次の瞬間、地面。
背中から落ちて、肺の空気が一気に吐き出される。
「……っ、痛……」
「反応が遅い」
淡々とした声。
感想すらなさそうだ。
(説明は!?)
言いたかったが、口に出す前に立ち上がる。
とにかく、立つ。
「もう一度」
次は構えた瞬間に、横から衝撃。
「――っ!」
また地面。
(あ、これ……普通に稽古じゃなくない?)
周囲を見ると、何人かの学生が遠巻きにこちらを見ている。
目が合うと、すぐに逸らされた。
――関わりたくない、という目だ。
立ち上がる。
身体は痛いが、動く。
「……倒れるの、早い」
「すみません……」
「謝らなくていい」
そう言って、間合いを詰めてくる。
(謝らなくていいなら、殴らないでほしい)
次の攻撃は、さらに速かった。
剣で受ける余裕はない。
反射的に、身体が逃げる。
結果、派手に転ぶ。
「……今の」
銀髪の少女が、少しだけ首を傾げた。
「最後までわたしの攻撃を観察してた」
それが、良いのか悪いのか分からない。
「そして、あきらめていない目」
評価なのか、観察なのか。
相変わらず、分からない。
何度も倒される。
そのたびに、立つ。
勝てるビジョンは湧かない。
ただ――
ただ、ここで立たないといけない気がした。
立ち上がる理由は、根性とかじゃない。
ただ、倒れたままだと、
次にもっと痛いのが来る。
それを俺は知っている。
前世で何度も経験した。
ミスをしたとき。
手を止めたとき。
逃げたとき。
その瞬間は楽になる。
でも、そのあと必ず「もっと重い責任」が落ちてきた。
だから俺は、立つ。
◇
(これ、いつまでやるんだろ……)
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
その瞬間。
「今日は、ここまで」
急に終わった。
「……え?」
「折れてないし、壊れてない」
それだけ言って、少女は剣を収める。
俺はその場に座り込んだ。
息が上がり、身体が重い。
「……稽古って、普通こうなんですか」
恐る恐る聞いてみる。
「普通は、違う」
即答だった。
「じゃあ……」
「あなたは、普通じゃない」
どう返していいか分からない。
「剣技がない」
あ......そういう意味ね。
「はい……」
「力もない」
「……はい」
「だから、あきらめると思った」
淡々と、残酷なことを言う。
「でも、立ち続けた」
じっと、こちらを見る。
「……変」
褒められている気はしなかった。
銀髪の少女は、少し考えるような仕草をしたあと、言った。
「剣技。スラッシュ」
「……はい」
「覚えないと、話にならない」
それは、俺も思っていた。
「条件は?」
知っていたが一応確認してみる。
「剣を装備して、モンスター百体」
「……百」
改めて聞くと、やっぱり多い。
「少ない」
「少なくないです」
即座に否定する。
少女は不思議そうな表情をして、
一瞬だけ黙り込んでから、言った。
「……じゃあ、倒す」
「はい……」
否定する余地はなかった。
訓練場を後にしながら、俺は深く息を吐いた。
痛い。
疲れた。
正直、逃げたい。
でも。
「……やらないと、終わらないか」
剣技――スラッシュ。
モンスター百体。
ゴールは遠い。
でも、動かないと何も変わらない。
シズカ・ニクラスは、
静かに、次の行動を考え始めていた。
――まずは、ゴブリンだ。
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