第18話 ランクアップの代償は、平穏の消失である件
目が覚めると、そこは天国……ではなく、見慣れないほど豪華な部屋だった。
ふかふかのベッド、高い天井。窓から差し込む日光が、白亜の壁に反射して眩しい。
(……あぁ、死んだんだな、俺。ここは社畜が最後に行く、有給消化義務100%のホワイトな浄土だ……)
そう確信して二度寝しようとした瞬間、聞き慣れた呆れ声が降ってきた。
「おい、いつまで仏頂面で寝てやがる。死んでねえぞ、お前」
横を見ると、丸椅子にふんぞり返ってリンゴを齧っているモカの姿があった。
「モカ……。ここ、どこだよ」
「学園の一般クラスの療養室だ。お前、ワインを倒して六十二位になったんだよ。ジャック・システムが適用されて、今日からこの個室がテメーの本拠地だ。最下位からの大ジャンプアップに、一般クラスの連中は『希望の星だ』ってお祭り騒ぎだぜ」
……終わった。
俺の「静かに目立たず生きる」モブライフが、音を立てて崩壊していく音が聞こえる。
この剣術学園のランキングは、大きく三つのグループに分けられる。
一位から十位は『十傑』。シトラスさんやルージュ・ルーカスのような、雲の上の存在だ。
十一位から五十位は『選抜クラス』。専用の訓練場を持ち、騎士団入りが確約される。
五十一位から百位が、俺たちが属する『一般クラス』。もちろん同じクラス内でも上と下とでは強さも扱いも異なる。
「……六十二位か。目立ちたくないんだけどな」
「無理だろ。ワインはコモンクラスのリーダー格だったんだ。そこを食ったお前は、嫌でも注目の的だよ。……それにさ」
モカが少しだけ真面目な顔になり、窓の外を指差した。
「『選抜』共が、ピリついてる。最下位上がりの『雑草』が、自分たちの領域に近い六十二位まで一気に来たのが面白くないらしい。……さっきもエリートの取り巻きが、この部屋の周りを嗅ぎ回ってたぜ」
胃が痛い。エリートクラスといえば、将来の騎士団入りが確約された特権階級だ。そんな連中に目をつけられるなんて、ブラック企業の派閥争いに巻き込まれるより質が悪い。
「ま、お前の根性ならなんとかなるだろ。……あとでリネットが来るってよ。あいつ、お前が寝てる間ずっと泣きそうな顔で看病してたんだぜ。……あー、あちぃあちぃ」
モカはひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。
◇
夕方の空気は、ひどく静かだった。
少し動けるようになった俺は、リネットと共に夕暮れの稽古場を訪れていた。
沈みゆく太陽が、戦いの痕跡が残る床を赤く染め上げている。
「……シズカくん」
呼ばれて振り向くと、リネットが立っていた。
両手を胸の前で、ぎゅっと握りしめている。
「……勝ったね」
「……うん。なんとか」
それ以上、言葉が続かない。
リネットは一歩近づいて、少し俯いた。
「……おめでとう」
小さく、でもはっきりと。その声は微かに震えていた。
「ありがとう」
その一言で終わるはずだった。
でも、リネットは顔を上げない。
「……ごめんなさい。決闘のこと……。私がシズカくんと仲良くしてたから、ワインさんがあんな……」
唇を噛むリネット。彼女は、ワインが「嫉妬」で剣を抜いたことを人づてに聞いてしまったらしい。
俺は、少し困ったように笑った。
「それは……違うよ。リネットは、何もしてない」
「でも……!」
「勝手に決めたのは相手だし、剣を抜いたのは……俺だから」
リネットの肩が、わずかに揺れた。
夕闇が迫る中、彼女の瞳に溜まった涙が、夕陽を反射して宝石のように光った。
「……怖かった。負けたらどうなるんだろうって……怪我したら、って。私、見てるだけで何もできなくて……」
絞り出すような声に、俺は一瞬言葉を探す。
「……正直、俺も怖かった」
リネットが、はっと顔を上げる。
「でも。逃げたら……たぶん、もっと後悔した。だから……やっただけ」
退学して死ぬ後悔に比べれば、ボロボロになっても戦う方がマシだった。
俺にとっては必死の生存戦略だったが、リネットは射抜かれたような表情で俺を見つめていた。
「……かっこよかったよ」
「え?」
「戦ってる姿。強いとかじゃなくて……最後まで、絶対にあきらめない姿」
彼女の頬が、夕焼けよりも深い朱色に染まっていく。
俺を見つめる瞳には、これまでの「親愛」とは明らかに違う、熱を帯びた光が宿っていた。
「……そう見えたなら、よかった」
「よかった、じゃない。……すごかったんだから」
リネットは一歩、また一歩と距離を詰め、俺の袖をぎゅっと掴んだ。
その指先の震えが、彼女の心臓の鼓動を伝えてくるようだ。
(……落ち着け、これは単なる『プロジェクト完遂後の打ち上げハイ』だ。前世でも、デスマーチを一緒に乗り越えた直後は、普段喋らない女子社員と握手したり抱き合ったりするくらいの空気になったもんだ。でも、連休が明ければ元の赤の他人に戻る。)
今、彼女の脳内からはアドレナリンが出ていて、俺が三割増しくらいに補正されて見えているだけ。
そう俺は必死に自分を納得させる。
「……もう。心配させないで、って言いたいけど……たぶん、言ってもやるよね」
「……たぶん」
二人して、苦笑する。
リネットの笑顔はどこか艶っぽく、それでいて危ういほどに真っ直ぐだった。
「避けて。……無事で、本当によかった」
そう言って、彼女は一瞬だけ、俺の胸に顔を埋めた。
トクン、と彼女の鼓動が直接胸板に響き、柔らかな髪の香りが鼻腔をくすぐる。
「……うん」
それだけで、十分だった。
(……ん? 待てよ。この距離、この空気感。もしかして本当に好意を持たれてる……のか?)
一瞬、脳裏に甘い期待が過る。だが、次の瞬間には前世の「古傷」が鋭い痛みを持ってそれを叩き潰した。
(いやいや、調子に乗るな俺。前世でちょっと優しくされた同僚を『自分に気がある』と思い込んで勝手に舞い上がり、周囲から冷たい目で見られたあの地獄を忘れたのか? )
あの時の『……え、キモいんだけど』という後輩の囁きは、今も俺の魂に刻まれている。
そうだ。これはあくまで「今回被った損害への『せめてものお詫び』として表れているだけだ。
そうに決まっている。そうでなくては困る。
自分を必死に納得させながら、俺は胸に預けられたリネットの重みを、必死に頭で処理しようと試みた。
決闘は終わった。
だが、俺の平穏な生活は、この夕暮れと共に完全に地平線の向こうへと沈んでいったのだ。
背後に忍び寄るエリートクラスの影と、「重く」なった少女の、あまりに一途な熱視線を感じながら。
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