13話 決闘状は、辞令と同じくらい断れない件
胃が痛い。
前世、徹夜明けにブラックコーヒーとエナジードリンクを交互に流し込んだ時のような、あの嫌な灼熱感が這い上がってくる。
手元には、一枚の紙。
ランキング六十二位、ワイン・ワイトからの「決闘状」。
(……え、これって強制参加?)
この剣術学園のルールは、単純かつ残酷だ。
ランキングの移動は『ジャック・システム』と呼ばれ、下位が上位を倒せば、その順位をそのまま奪い取ることができる。
だが、俺のような最下位には、別のルールが牙を剥く。
「……拒否すれば、不戦敗。最下位の不戦敗は、即日退学」
退学。
それは俺にとって、学園を去るという意味じゃない。
『学生でなければ死ぬ』という呪いが発動し、物理的に心臓が止まる。
つまり、この綺麗な文字で書かれた招待状は、俺への死刑宣告だ。
「……逃げたら、死。戦っても、たぶん死。……いや、戦えば数パーセントの生存率があるか」
有給申請が却下され、さらに休日出勤を命じられた時の方がまだマシだった。
俺は深くため息をつき、震える指でカレンダーの「七日後」にバツ印をつけた。
それは、人生の終止符に見えた。
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翌朝。
いつもの地獄稽古。
シトラ・シトラスの剣を、転がりながら避ける。
石床に顔を打ち付け、鼻血が出そうになるが、止まることは許されない。
止まれば死ぬ。物理的に。
「……動き、硬い」
シトラスが剣を止めた。
無機質な瞳が、俺を見透かすように細められる。
「悩み事?」
「……まあ、少し。決闘を申し込まれまして」
俺が言うと、シトラスの眉がミリ単位で動いた。
彼女にとって、それは「興味深い」のサインだ。
「相手は?」
「ワイン・ワイトさんという方です」
「……あ。あの、掃除の人」
掃除の人。
確かにワインは「秩序の番人」を自称し、学園の風紀を正しているらしいが、彼女の認識では「いつも廊下で騒いでいるゴミを掃いている人」くらいの扱いらしい。
シトラスは、ふむ、と短く息を吐いた。
「いい、機会」
「……はい?」
「吸収。今のあなたは、飽和状態。刺激、必要」
彼女は淡々と言った。
おそらく、「実戦を通して今の技術を定着させろ」と言いたいのだろう。
だが、コミュ障な彼女の口から出ると、こうなる。
「ワイン……いい、肥料になる」
(……肥料!?)
人間を肥料呼ばわり。
俺がスポンジなら、相手は堆肥か何かか。
「死なない程度に、絞り出す。期待、してる」
シトラスはそれだけ言うと、満足げに去っていった。
……「期待してる」が「きっちりトドメを刺してこい」という宣告に聞こえるのは、俺の心が荒んでいるからだろうか。
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その頃、学園の食堂は、朝から異様な熱気に包まれていた。
「おい、聞いたか!?」
「例の最下位、シズカ・ニクラス。ついに『番人』が動いたぞ!」
噂は、光の速さで尾ひれをつけて広がっていた。
「ワイン・ワイトが、シズカに決闘を申し込んだらしい」
「当然だろ。最下位の分際でシトラスさんに取り入り、リネットちゃんまで毒牙にかけようとしてるんだからな」
そこに、一人の学生が震えながら割り込んできた。
「……いや、違うぞ。俺は見たんだ。今朝の稽古場を」
周囲が静まり返る。
「シズカのやつ……シトラスさんの言葉に、不敵に笑ってたんだ。『ワイン? ああ、あいつは俺の成長の肥料にすぎない』って……!」
「「「な、なんだってーー!!?」」」
驚愕が走る。
実際には、肥料と言ったのはシトラスだし、シズカは引きつった笑いを浮かべていただけなのだが。
「六十二位を、肥料扱い……」
「どこまで不遜なんだ、あの最下位」
「いや、それだけの自信があるのか? あのシトラスが直々に鍛え、数多のゴブリンを屠ってきた『ゴブリンキラー』だぞ……」
噂の中で、シズカの評価は「不届きな最下位」から「底の知れない不気味な実力者」へと変質していく。
――そして。
「……なるほど。私を肥料、ですか」
食堂の隅。
磨き上げられた銀の食器を手に、ワイン・ワイトが静かに立ち上がった。
その眼鏡の奥の瞳は、狂信的なまでの「秩序」の炎で燃えている。
「身の程を教える必要がありますね。不純物は、排除せねばならない」
彼の背後には、彼を支持する学生たちが、まるで行列を作るように控えていた。
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一方、当のシズカは。
「……なんか、視線が痛いどころか、物理的に刺さりそうなんだけど」
廊下を歩くだけで、周囲の学生がサッと道を開ける。
モーセの十戒かな? と思うほどの割れっぷりだ。
「汗臭い……のを通り越して、俺、もう発酵してる?」
本気で自分の体臭を心配しながら、シズカはトボトボと歩く。
その背中が、周囲には「嵐を前にした強者の静寂」に見えていることなど、微塵も気づかずに。
そしてこの時、彼はまだ知らなかった。
自分が「ワインを肥料扱いし、ジャック・システムで一気に上位へ駆け上がろうとしている野心家」だと思われていることを。
決闘まで、あと六日。
胃に穴が開くのが先か、スキルを習得するのが先か。
物語は、本人の意図を置き去りにして加速していく。
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