第10.5話 シトラ・シトラスは、観察している(シトラ・シトラス視点)
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(シトラ・シトラス視点)
朝の稽古場は、嫌いではない。
余計な声がない。
言い訳も、虚勢もない。
剣の音と、呼吸だけが残る。
今日も、彼は来ていた。
「……三十秒遅い」
事実を告げる。
責めているわけではない。
彼は謝った。
理由を述べない。
言い訳もしない。
それだけで、十分に珍しい。
つまり、やる気があるということだ。
だから――
「今日は、速くする」
剣を振る。
彼は引いた。
半歩ずらして、ぎりぎりで躱した。
(……見ている)
彼は、動きを最後まで見ている。
その上で、間に合う範囲で身体を動かす。
反応はまだ遅い。
でも、判断は悪くない。
「……見えてる」
「そんなことないです」
否定が早い。
謙遜なのか、気づいていないのか。
速度を上げる。
すると、反応が変わった。
避けきれないと判断した瞬間、
彼は剣を出した。
無理に力をぶつけない。
受け止めようとしない。
刃が触れた瞬間、
軌道だけを、わずかにずらす。
(……今の)
多くの学生は、ここで力を入れる。
力を入れて、止めようとする。
結果、受け流すことに失敗する。
彼は違った。
力まない。
力で合わせない。
無理に受け止めない。
(……基礎も、身体も足りていない)
それなのに、判断だけが噛み合っている。
まるで、戦いの知識だけは持っているみたいだ。
それから数分。
彼は、何度も転がった。
何度も倒れた。
何度も立った。
最初の一回だけではない。
十回でもない。
数えるのをやめた頃にも、まだ立っている。
「……終了」
彼の成長は、スポンジが水を吸うみたいだと思った。
これからが楽しみだと思った。
だから、分かりやすく短く言った。
「スポンジが、楽しみ」
彼は不思議そうな顔をした。
(……伝わっていない)
でも、まあいい。
◇
昼。
訓練場の外から、彼の様子を見た。
雑用扱いされて、木箱を運ばされている。
最下位だから、当然のように。
彼は文句を言わない。
反論もしない。
(……理不尽に耐える練習なのかも)
シズカへの評価が、少し上がった。
しかも彼は、たいして重くない木箱を、
あえて腰を曲げて負担がかかるように運んでいる。
効率は悪い。
だが筋力負荷は高い。
(……鍛錬だ)
シズカへの評価が、また少し上がった。
「すごい……」
戦闘の強さではない。
精神のあり方がすごい。
努力を見せびらかさない。
誰も見ていない場所で積んでいる。
ますます気になった。
(きっと、今の朝練では物足りないのかもしれない)
もっと厳しくした方がいい。
彼のためだ。
そう結論づけた。
明日から、シズカはもっと転がされる。
それが確定した。
◇
夜。
森の方角を見た。
彼は今日も外に出ている。
剣技は、まだ出ていない。
だが、動きが少しずつ変わってきている。
(……見えている)
思ったより、ずっと早い。
だが本人は気づいていない。
教える必要はない。
自分で掴んだものしか、意味がないから。
彼は途中から、急所を狙う練習をしているようだった。
ゴブリンの急所はいくつかある。
だがどれも小さい。
教えるべきかもしれない。
でも、邪魔はしたくない。
(……そうだ)
見れば分かるようにすればいい。
彼の狩り場のそう遠くない場所。
剣を抜く。
ゴブリンが飛びだしてくる。
ひと突き。
倒れる。
次も。
次も。
次も。
刺して、倒して、置く。
刺して、倒して、置く。
急所を外さない。
余計な傷を増やさない。
静かな森に、倒れたゴブリンが増えていく。
血の匂いが、少し濃くなった。
最後に、一体。
首元を正確に刺して、倒した。
(これでよし)
彼がこれを見れば、急所の場所が分かる。
私は満足した。
森を出る。
彼の観察は、続く。
明日も。
その次の日も。
ずっと。
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