10話 森でゴブリンを狩っていただけなのに、なぜか暗殺者扱いされ始めた件
※本作は【毎日更新】予定です。
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朝。
まだ空が白みきる前に、俺は稽古場に立っていた。
理由は簡単だ。
「遅い」
正面に立つ銀髪の美少女――シトラ・シトラスが、すでに剣を構えていたからである。
「……すみません」
「三十秒遅い」
「えっ」
思わず空を見る。太陽はまだ出ていない。
(この世界の三十秒、厳しすぎない?)
そんな疑問を抱く暇もなく、剣が振り下ろされた。
次の瞬間、世界が反転した。
「がっ!?」
床と再会。
(……俺の朝、床から始まりすぎる)
受け身で転がり、起き上がる。
痛い。でも、痛いのはもう普通になってきた。
ブラック企業に長年いた俺の感覚では、意識ある→まだ行ける→倒れる、までがワンセットだ。
シトラスが淡々と言う。
「今日は、速くする」
(やめてくれ)
剣が振られる。
一瞬だけ、ゆっくりに見えた。
踏み込み。
剣筋。
重心。
見える。
身体が勝手に動いて、半歩ずれる。
剣が空を切る。
シトラスが小さく頷く。
「……見えてる」
「そんなことないです」
そんな会話がありながら、上手くできたのは最初だけ。
五分もしないうちに、俺は地面に転がっていた。
何度も何度も同じ動きを繰り返した後、
「終了」
「……ありがとうございました」
「スポンジが楽しみ。」
「はい……?」
「また明日の朝」
それだけ言って、シトラは去っていった。
(……何を考えているか分からない)
朝稽古は、毎日こうして終わる。
今日の稽古はそのまま終わり、俺は半分死んだ状態で寮へ戻った。
周囲の学生が道を空けるのに気づいたが、たぶん俺が汗臭いせいだろう。
(ごめん、俺だって好きで汗かいてるわけじゃない)
そう思った。
◇
昼。
学園の廊下は、妙にざわついていた。
俺の方を見て、学生たちがひそひそと話している。
「……あれが」
「最下位のはずなのに、毎朝シトラス様と稽古してる……」
「実は暗殺者らしい」
「いや、元傭兵だって聞いたぞ」
「最下位っていうのは偽装だ」
「序列を下げて、敵を油断させてる」
「ゴブリン狩りの速度が異常らしい」
「ゴブリンキラー……」
「いや、裏ランキングがあってそこでは一位だそうだ」
「あぁ。あの噂の裏ランキングだろ?」
「シトラス様が育ててるってことは、王家の隠し子かもしれない」
「血筋を隠してるのかも?……」
「おれは公爵家の隠し子って聞いたぞ?」
誰もが好き勝手言っていた。
だが――
当の本人は。
倉庫で木箱を運ばされていた。
「おい最下位。これも運べ」
「はい」
(物流学園め……)
木箱を抱え、汗をかく。
視線を感じる。
だが俺は気づかない。
気づくわけがない。
俺は今、腰をやられそうになっているのだから。
(この世界、剣術より運搬技術のほうが大事なんじゃないか?)
今日も今日とて雑用を押し付けられていた。
◇
夕方。
俺は森へ向かった。
理由は単純だ。
ゴブリンを倒さないとスラッシュを覚えられない。
剣技を覚えないと死ぬ確率が上がる。
死ぬのは嫌だ。
とてもシンプルな理由からだ。
森に到着したので、さっそくゴブリン探しを始める。
(学園より森のほうが平和だな……。ゴブリンのほうが話が通じる気がする)
森の奥。
「ギャギャ……!」
「はいはい」
剣を抜く。
ゴブリンが突っ込んでくる。
俺は構えた。
そして。
一瞬だけ、世界が遅くなる。
踏み込みが見える。
腕の振りが見える。
剣が来る軌道が見える。
(……まただ)
身体が勝手に動く。
半歩ずらし、剣を振る。
喉元に刃が入った。
ゴブリンが倒れる。
(……え?一発で倒せた?ラッキー!)
狙った箇所は偶然にも急所を射抜いていた。
耳を拾って袋へ。
「……一体目」
次。
二体。
三体。
今日は調子がいい。
というか、調子がいいというより――
(いや、気のせいだな。俺はただのモブだし。朝練の痛みで脳がバグってるだけだな)
そう思いながら、また一体倒す。
耳袋が、少し重くなった。
◇
今日はそろそろ帰ろうかと思ったそのとき。
森の入口から、足音がした。
複数。
俺は反射的に木陰へ隠れた。
(……やばい、学園の人間だ)
学園の人間は面倒だ。
ゴブリンより厄介だ。
木陰から覗くと、
数人の学生が森の中を見回していた。
貴族っぽい装備。
剣も鎧も高級品。
「……本当にいたのか?」
「痕跡はある。血の匂いもする」
「最下位が一人でゴブリンを狩ってるって話だったな」
「信じられん……」
学生のひとりが、倒れたゴブリンを見つける。
「……首元だ」
「一撃で急所を斬ってる」
「流れている血が少ない」
「無駄な傷跡もないな」
別の学生が、低い声で言った。
「暗殺者の剣筋だ」
(違う。たまたまだ)
さらに別の学生が震える声で呟く。
「いや……違う」
「暗殺者じゃない」
「じゃあ何だ?」
「ゴブリン専門の殺戮者だ」
「……ゴブリンキラー」
(やめてくれ)
別の学生が首を振った。
「いや、俺は聞いたぞ」
「最下位は実は上位者だと」
「ランキングを偽装してる?」
「シトラス様が直々に朝稽古をつけてる時点で怪しいよな」
「普通、最下位に興味を持つか?」
「つまり……あの最下位は、最下位じゃない、と」
(モブだよ。最下位だよ。ランキング百位だよ)
学生たちは勝手に結論を固めていく。
「敵を油断させるために、わざと弱く見せてるかもな」
「裏ランキングではかなり上位だと聞いたぞ。」
(ランキングに裏もあるのかよ)
「いや、公爵家の隠し子って言ってるやつもいたぞ」
「ワンチャン王家の可能性も......」
(ワンチャンもツーチャンもないよ)
「いや、もしかして異世界からの転生者だったりして」
「「その可能性だけはないわ!!!」」
「だよな!笑」
(いやそれが正解)
うっかり声をだしそうになる口をなんとか両手で塞いだ。
木陰で息を殺す。
すると学生のひとりが、真剣な顔で言った。
「ひとつだけ言えるとしたら……関わらない方が絶対にいいな」
「たしかに。見られたら消される可能性もあるかも。」
「あぁ。早々に撤退するぞ」
学生たちは足早に去っていった。
森の静寂が戻る。
俺は木陰から出て、しばらく固まったまま立ち尽くした。
(……何だったんだ今の。というか、俺けっこう噂になってんじゃん。なんとか噂の火消しをしないとな。シトラスさんに直接それは嘘だと説明してもらうのが最善かもな)
そんな結論に至る。
(明日の朝お願いしてみるか)
そんな思考を巡らせながら俺は耳袋を握り直した。
まだ数が足りない。
スラッシュまで、まだ遠い。
噂の火消し、ゴブリン討伐、剣技の習得、シトラスさんの朝練のお断り、ゲームとリアルの違いについて、などなど。
考えることは山積みだ。
俺はただ、生きたいだけなのに。
静かに。
ひっそりと。
こっそりと。
そう思いながら、俺はまた森の奥へ向かった。
――その背中を、
誰もが「最下位の背中」だとは思っていないとも知らずに。
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