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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短篇集

魔法がとけるなら(「魔法がとけたら」後のエドガー視点)

「侯爵様ぁ、侯爵様ぁ……愛しています、あなただけを……」


牢をガチャガチャ揺らしながらこちらに女の顔を向けるのは先代のコレヴィル侯爵夫人。


「ふんっ、ついに俺と父の区別がつかなくなったか」


僕の隣にいるこの友人アーレンドの母親。



―― マルセリス伯爵、この子がリュセール伯爵の遺児ですのね。


母の義弟で養父のマルセリス伯爵に連れていかれたコレヴィル侯爵家の煌びやかな照明のもとで会場の中心にいたあの貴婦人と同一人物とは思えない。



亡き夫に瓜二つの息子に下手な側近をつけたくないと夫人が厳選した側近候補者の一人が僕。


ご機嫌な養父とは対照に僕はそんなことは別に嬉しくもなく、話を右から左へと聞き流していたら夫人と養父の話は「お父君の跡を継ぎリュセール伯爵になるこの子には私がよいお嬢さんを紹介するわ」「それはありがたいですね」となぜか僕の結婚の話になっていた。


お見合いババアかと呆れていたら、夫人の言伝をきいたアーレンドが僕たちのもとにきた。目が合って分かった、ああこいつも死にたがっているなって。 


二人揃っていい人生とは言い難かった。アーレンドは母親に自身を愛さなかった夫の代わりを強要されていて、僕は養父に彼の初恋である僕の母の代わりを強要されていた。


マルセリス伯爵に襲われた夜、屈辱と痛みでぼんやりした頭に彼が母の名前を呼ぶのを聞こえた。なぜ自分を拒んだのか、と。


実の姉弟であることはさておき母は父を心から愛していた。そういう愛ではない弟の言葉を母が受け入れるわけなどない。


手に入らないなら殺してしまえ。


父と母はそんな短絡的な考えの犠牲になり、遺児になった僕は成人するまで叔父であるマルセリス伯爵家の居候となった。社会の悪意から僕を守るための国のシステムは僕を彼の作った檻に閉じ込めることになった。


昼は貴族子息の衣装に身を包んでリュセール伯爵家を継ぐための教育を受ける。夜は貴族夫人の夜着に身を包んでマルセリス伯爵の精を受ける。


男の僕に子どもを産んでくれなどと、逆立ちしても無理なことを願う男に呆れながら僕はどんどん自分が壊れていくのを感じた。


エドガーとエディスはこうして生まれた。



―― そうなのか。それならエディス用に甘い菓子を用意したほうがよかったか?


―― そうなの。それならエドガー用に辛口の白ワインをくすねてきたほうが良かったかしら?


人生いろいろあるよな/あるわよね。


同情するわけでなく、もちろん面白がるわけでもなく、僕の身の上話を「人生いろいろある」で片づけたのは僕の人生でたった二人。アーレンドとシルバーナだけ。


だから二人はエドガーとエディスの大切な友人で、エディスとエドガーの愛する人。



「いやあああああっ! 痛い痛い痛いっ……アーレンド様、アーレンド様、助けて……いやあああっ」


僕なりに決死のカミングアウトの翌日、「Pour Edith」というカード付きでエディス好みのケーキを笑いながら持ってきた男は――。


「……元気いいではないか」


三人の研究者に四肢を抑えられ、膣内の細胞の採取に黒髪を振り乱しながら抵抗している元妻マルグリットを冷たい目で見ている。痛みで悲鳴があがるたびに口元を歪めるアーレンドに僕は内心で溜め息を吐く。


シルバーナ……君がいないからアーレンドがぶっ壊れちゃったよ。


絶叫が響き渡る湿った地下の天井を見上げながら、僕はアーレンドがやったのと同じように「Para Edger」というカード付きで僕好みの白ワインを笑いながら持ってきた女を思い出す。



「エドガー、呼び出して悪かったな」

「いや。僕も消えた三人がどうなったか気になってはいたし。まさかこんなところで生きていたとはね」


薬の開発のためのモルモットとなった状態を生きていると言えればだけど。


前侯爵夫人、マルグリット、そして執事長。『行方不明』にはった三人の行方を僕なりに探ってみたけど見つからなかった。僕も侯爵邸の地下とは思わなかった。灯台下暗し。隣国まで探しにいっちゃったよ。


「俺が死ぬまで死なせない。シルバーナの安らかな眠りをこいつらに邪魔させるものか」



……シルバーナの安らかな眠り。

…………うーーん。



「おっかえりー」


僕のリビングのソファで寝っ転がって本から顔をあげる女性はシルバーナだった。


侯爵家の地下牢にいた三人の企てにより死んだとされるシルバーナだが実は生きている。


重傷を負ったものの死んでいなかった彼女は治癒魔法を使って細々と命を繋ぎ、動けるようになると捜索を恐れて浮遊魔法で川の上流に移動して、そこで体を回復させた彼女は僕に連絡をくれた。


【一人でこなければ森を焼き払う】


物騒な呼び出し状だったけれど、シルバーナの字にシルバーナらしい言葉。僕は一通り泣いたあと一人で指定場所に向かった。


魔獣も行き交う森の中。穴倉を見つけて『こんなところで』と僕が唇を噛んだとき、空から槍が降ってきた。比喩ではない、土でできた槍だった。


防御魔法で防いだ僕の周りを除き、一面が槍畑になった光景にゾッとしているとシルバーナが姿を現した。一人できた僕に満足気だったが、「一人できたわね」という台詞といい、その確認方法といい、完全にラスボスの立ち位置だった。



「……ただいま」

「お仕事、お疲れ様。ご飯にする? お風呂にする? どっちからやる?」


そして今日もシルバーナは図々しい。


家にいるのだし魔法も使えるのだから飯くらい作れと言いたいが、シルバーナがやるとごみが増えるだけで畜産農家に申しわけないし、その大量のゴミ出しは僕の仕事。湯を大量に溢れさせて下の階に謝りにいくのも僕の仕事。


こっそり買われている猫より手間がかかる女、それがシルバーナ。


「そうそう、今日ちょっと商会作ってきたから」


そして猫みたいに家でじっとしていない女。商会は『ちょっと作ってくる』で作るものではない。でも言うだけ無駄、それがシルバーナ。


「なに商会?」

「ダリクーア商会。保証人にあなたの名前借りたから」


「どうやって?」

「あなたの副官に、あなたの恋人の振りをして『師団長の許可はとってるわ~ん♡』と言ったら代理でサインしてくれた」


「そんな下手な演技に騙されて……」

「疲れていたわ、彼。申しわけないから、この名刺を渡しておいて」


そういって寝っ転がったまま渡してきた名刺には……。


「クリアーダ・ダリクーア……“いつでも家政婦を派遣します。一日からOK”……これって?」

「店名とキャッチコピー」


そうじゃない。


「家政婦って?」

「この町にはアイシアからの移住者が多いでしょう? だからその手助け。女性は特にいい仕事に就けないって聞いたし……望まない仕事に就いて妊娠というのは不幸だし」


なるほど……ん? 名刺が二枚……なるほど……もう一枚はあいつにってわけか。


「渡しておくけど……信用できる?」

「家人に危害を加えようとしたり、仕事中に見聞きしたことを誰かに話そうとしたら首が絞まって窒息死する魔法契約書になっているから大丈夫」


え……。


「大丈夫なの……それ……」

「魔法は裏切らない」


シルバーナに似合わない冷たい声にツキンと心が痛くなったとき、シルバーナがソファから立って僕にギュッと抱き着いた。


「あなたたちは別。あなたたちのことは信頼している、この世界で誰よりも」

「ありがとう……シルヴィ、いまはエドガーだよ?」


シルバーナは抱き着くのをやめて、でも腰に腕を絡めたまま僕を見上げる。シルバーナの杏子色の世界に僕だけが映っているが……残念ながら僕が見たいのはこれではない。


僕はシルバーナのことを愛してはいる、でもこれではない。



僕の体は男だから、抱こうとすればシルバーナを抱ける。経験もあるほうだから気持ちよくすることもできると思う。


でもそれで得られるものはなんだって感じ。


想像したことがないから多分になるけど、なんの欲求も満たせないと思っている。僕はシルバーナの体や感情を僕で満たしたいと思ったことはない。


それを感じた人はいない。


エディスがアーレンドにそれを感じたこともない。男を抱いたことも男に抱かれたこともあるから、アーレンドとも関係はもてる。気持ちよくすることも多分できると思う。


でもやっぱり、それで得られるものは何だって感じ。


アーレンドがシルバーナを見ているときの瞳に揺らめく高揚感。シルバーナがアーレンドを見ているときに瞳に灯るときめき。


それを隣で見ていたい。その場所は譲らないぞという思いはあるけれど、アーレンドやシルバーナとそうやって向かい合いたいとは思っていない。



 ◇



「このトーロ(筋肉だるま)は相変わらず……アルト、あなたはエドガーみたいになるのよ」


「お前こそ相変わらず……ブラン、お前はこんな鼻っ柱の高いレネット(女王様)にはなるなよ。エディスみたいなやつになれ」


アルトとブランに僕の血が入ってたっけ?



週に一回、カフェの一角で僕たちは会っている。


いつもの場所となった丸いテーブルの二時・六時・十時の場所に座っているけど、アーレンドとシルバーナは向かい合い、僕はそれを見ているポジション。


やっぱりこの場所は譲れない。


アルトはシルバーナの膝に座りながら、美味しそうにクッキーを頬張っている。それを愛しげに見るのは黙っていたら聖母のシルバーナ。店内はもちろん、道行く男たちがうっとりと目を細めて足を止める。


一方でブランはアーレンドの膝に座りながらリンゴジュースを美味しそうに飲んでいる。それを微笑んで見ているのは黙っていたら男の色気しか漂わないアーレンド。店内はもちろん、道行く女たちがうっとりと目を細めて足を止める。


しかし……。


「大体あなたは昔から……」

「そういうお前も昔から……」


シルバーナとアーレンドのやり取りを聞いて、『これはダメだ』と匙を投げ捨てて動き出す。勘のいい人は三秒で去っていく。



「ねえ、いつまで元夫婦漫才続けるつもり?」


僕の言葉に二人は同時に『そうだった』という顔をして、同時に「はい」とそれぞれ抱いていた子どもたちを僕に渡す。子どもたちは僕の両膝の上、それぞれに座って僕を見上げている。


やっぱり……。


「僕の子どもみたいなんだけど」


立ち上がってコートを羽織っていたアーレンドとシルバーナが同時に僕を見る。


「子どもがほしいなら俺の子を産むか?」

「……いや、無理でしょう」


「それなら私が産もうか?」

「……いや、それは嫌だな」


なに言ってるの、この夫婦。


「フラれたな」

「あんたも似たようなものでしょう」


なにやってんの、この元夫婦。



「僕は産ませるのも産むのも興味がないの。ほらほら、行った」


口喧嘩をやめる二人。アーノルドはアルトの頭を撫でて、ブランと僕の頬にキスをする。シルバーナはブランの頬を撫でて、アルトと僕の頬にキスをする。


店を出て歩いていく二人……また何か言い合っている。


「なんだかなあ……」



アーレンドとシルバーナは話し合い、本人たち流に和解している……らしい。


アーレンドはいまも変わらずあのアパルトマンに住んでいて、同じアパルトマンの二階下の部屋にシルバーナは引っ越した。子どもたちは好きに行き来し、どちらかが仕事のときは一方が預かるとかしているらしい。


本人たち、とくにシルバーナは丁度いい距離感だと言っているがアーレンドとシルバーナの部屋に挟まれた人は気の毒だなって思う。先日偶然会ったとき「ここに引っ越してきませんか?」とその部屋を僕に売ろうとしていたけれど断った。


丁度いいとばかりに面倒を押しつけられる未来しか見えない。親がどちらも仕事のときは祖父母が預かるのが定番だけど、シルバーナの親はああだし、アーレンドの親もああだしで僕が預かっているのだ。


ちなみに今日は二人とも半分仕事で半分趣味。二人揃って侯爵家の地下牢に行くらしい。何してんだか……いや、知りたくないな。



「あはは。エディ、顔が真っ赤」

「アルト……」

「まっか、まっか。キャハハッ」

「……ブランまで」


元の薄い表情を知っているだけに、二人の屈託のない笑顔には涙が出そうになる。年かな……最近、少し涙もろい。



いまでこそアーレンドは僕に子どもを預けたりしているが、以前は病的なほど子どもたちから離れなかった。戦争で身体的ハンデを背負った者を中心に元部下たちを雇い、外での仕事は全て彼らに任せていた。


どうしても外せない仕事のときは子どもたちを連れていっていたのだけど……思い返してみると『ニーナ』には子どもたちを託していた気がする。ニーナの正体を知る前から……。


惚れた男の勘?

それとももっと野性的なもの?


……まあ、いいか。


僕が『男』として恋愛をすることはない。アーレンドとシルバーナを見ると強く思う。羨ましいと思うこともないから、僕にそんなことは起きない。


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