1-3
疑問符を頭に浮かべたままの碧は、お年寄りたちに引きずられるようにして、リビングルームに通された。勧められるままに、座布団に着席すると、ちゃぶ台にはお煎餅が盛られた菓子盆が鎮座していた。ほどなく湯飲みに入れられたお茶も供された。
2-Bを含むこのエリアは、老人ホームの中でも比較的裕福な者が入居するエリアだ。狭いながらも個人用の部屋が6~10室、共同スペースであるリビングルーム、トイレ、シャワーが配置され、グループホームのような住居エリアで形成している。
「ええと、僕は今見回り中なのですが」
碧は改めて、自分を囲んでお茶をすする老人たちを見まわした。
リーダー的役割のゲン爺さん――「ワシじゃ!」
元教師の二ノ宮さん――「よろしく頼む。」
元花火職人のタマダさん――「バーンといこう!」
薬局を経営していたスギさん――「ふぉっふぉっふぉ。」
町工場を営んでいたロクさん――「俺にまかせとけ。」
秋葉原で古い電気製品の修理や電子部品を扱っていたツキさん――「面白くなってきたようだ。」
彼ら6人がこのエリアの住人であり、個性的で一癖も二癖もある面々だった。
彼らは様々な理由で元々のグループから外れた者が集まった、はぐれ者グループだった。全員血液型がB型らしいが、その真偽はさておき。
「1時間くらい予定が変わっても問題ないはずじゃ。誰も監視していないからのう。」
ゲン爺さんは一番若いはずなのに、一番堂に入った様子で湯飲みをすすってみせた。
「監視カメラの映像は君たちの待機室からしかチェックできないし、記録もここ数年、誰もチェックしたことがないそうだよ。」
職業柄、防犯設備等のガジェットにも詳しいツキさんが、監視の裏事情まで教えてくれた。なかなか手ごわい爺様がたである。
ちなみに、皆が飲んでるお茶を入れてくれたのはスギさんである。
「なんというか、まずは、国家クリエイター認定資格は残念じゃったのう。」
ゲン爺さんが突然切り出したので、思わず口に含んだ茶を吹き出しそうになった碧は、堪えようとしてさらにむせてしまった。
せき込みながら周りを見渡すと、暖かいというにはちょっと生ぬるい気もする微笑みで、老人たちが碧を見ていた。
「おお、なんでそんなことを俺たちが把握しているか、気になるか?」
ロクさんは碧の顔を覗き込んだ。
「確かに今まで直接聞いたことはないけれどよ。お前さんがここに来て7年にもなるんだ。お前さんが俺たちのことを見て世話してくれたように、俺たちもお前さんのことを見ていたんだな。」
ロクさんがちょっと自慢げに話すと、横から二ノ宮先生が補足するように語り出す。
「そもそも時短で夜勤も無いのは、減免措置を受けているクリエイター志望か動画制作者くらい。君は休憩中に本を読んでいたから、動画制作者よりは作家志望か漫画家志望かなといったところだね。そして本日より夜勤ということは、年齢的にも最後のチャンスを逃し、減免措置終了との推測ですね。ところで今度君の作品を読ませてもらっても良いですか?」
作品のことを切り出され、心拍数の上がる碧。実はペン入れまでして仕上がっている作品はほとんどないのだ。
「抜け駆けするな。おいらも読みたいぞ。」
「ふぉっふぉっふぉ。全員読んでみたいでしょうから順番ですよ。複数作品があると嬉しいですがね。」
と、タマダとスギも名乗りを上げ、碧の作品を求めて争いが起こった。
「(なんだこの状況は。僕は見回りに来たはずなのに、なんで僕の漫画を読む話になっているんだ?)」
碧がそう感じるのも無理はない。老人たちは現在の政府主導の娯楽に飽きて、新しい刺激を求めていたのである。
国家クリエイター制度の導入後、既存のコンテンツやマスメディアまでも統廃合の嵐が吹き荒れた。政府の主導によりテレビは国営放送と民放2局に、出版、新聞も統廃合され3系統の出版社として再出発。しかもAIによる監視付きで、2-Bの面々には物足りない状況だった。
碧は戸惑いつつも、自分の気持ちが浮かれていくのを感じていた。
「(自分の作品を求められるってこんなに嬉しいんだ)」
数日前はどん底かと思っていた。もう自分の作品を読んでもらうことはないと思い込んでいた。今はどうだ? 初めての感情に心も唇も震わせながら、「自分の作品でよければぜひ!」と碧が口に出す直前、
若い女の子の声が全員に聞こえてきた。
「碧の漫画は話は面白いけど、絵がヘタで読みにくいわよ~。」
老人たちが求めてやまない刺激が、おそらく彼らが求めている5倍くらい刺激的な存在が姿を現したのである。
2025/7/8改定




