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深夜の老人ホームの廊下に足音が響く。センサーにより適切な光の量でLED照明が付けられ、消えていく。今や懐中電灯片手の見回りなど必要ない時代なのだ。
お年寄りの夜は早いため、23時の施設の廊下は静まり返っていたが、碧のインカムには今も絶妙に騒がしいデス子の声が聞こえている。
「2050年にもなって、なんでこの施設では夜の巡回を人がやってるの?待機室でのんびりしてればよくない?カメラの目の届かないところはドローンじゃないの?病院じゃあるまいし」
「僕は今まで減免だったから深夜勤務はやってなかったけど、この施設はドローンが最低限しかないらしい。」
実はこの施設、国の補助金が出ており、予算上はドローンを導入することは可能なはずだった。しかし、所長が補助金を着服し私腹を肥やした上に、あろうことか特定の政治家に献金を行うことで、着服をごまかしていたのだ。
「そういう事情もあってか、人間の仕事が多くて大変だってぼやいてるスタッフがいたよ。」
着服の事実を知らない碧と、クラッキングでそれとなく状況を把握したデス子の会話は続く。
「なるほどなー、どうりで副所長が困って碧に声をかけるわけだよ。」
「あ、やっぱり困ってたんだ。そうだとは感じたけど、確信がなくてね。」
デス子は食堂でのサブロウとの会話で、彼の声と心拍数の微妙な変化を拾っていた。
副所長に恩を売るチャンスとみて、碧に指示を出したのだ。
「でも、碧も受けるつもりだったみたいだし、余計なことだったかなって。」
「いや、正直いきなりでびっくりもしてたから、助かったよ。」
サブロウは視野も広く気配りができるため、部下からは慕われている。
だから碧も、彼の頼みならばと引き受けたのだ。
「でも不思議だよね。あの人が、金の亡者みたいな所長の言いなりってのが。」
サブロウは個人の評価と反して、所長の命令には絶対服従で、理不尽な指示を受けても黙々とこなすことで所内では知られていた。
そんな話をしながら、見回りを続けている二人は、1階の見回りを終え、2階への階段を上がっていた。碧の靴の音が階段の空間を縫って響く。
「なー碧、世界はまあおいておいて、日本くらいズタズタにしてやろうぜ。お前だって消えてしまいたいとか言ってたじゃん。消える前に一発花火打ち上げる気分でさ。」
また退屈になったのか、デス子が碧に話しかける。
「ここに入居されているお年寄りには、元花火職人の方もいるんだぞ。軽々しく花火に例えるんじゃないよ。」
「おお、それは確かに配慮が足りなかった。以後気を付けまーす。」
退屈ですぐにはしゃぐ割に、人の気遣いはするデス子。
「(なんか不良少女だけど、もともと良いとこのお嬢様みたいな反応?)」
AIとの会話に何を考えてるんだと思いつつ、今度は黙ってしまったデス子のために、碧から話を繋いだ。
「実際花火も披露されることはほぼ無くなったんだよな。娯楽方面もかなり制限されてるから。この十年僕もまともに見てないよ。本来だったら花火職人、タマダさんもまだ現役で現場にいたかもしれない。」
「やっぱ今の日本はおかしいって。なー、一緒に破壊しちゃおう?」
「デス子はなんでも破壊に繋げすぎなんだよ。さて、2-Bエリアに入るよ。タマダさんもここにいるんだ。」
碧が2-Bエリアの扉を開けると、入居している6名の老人たちが、整然と並んで待ち構えていた。
「ようこそ碧君、われらが住まいに。歓迎するよ。」
「はい?」
2025/7/8改定




