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日本国内閣総理大臣、草生景は予定よりも早くAIデータセンターに到着し、単独で行動していた。
AI研究室を訪問、視察し、研究員と言葉を交わしつつ、端末を借りてデータも閲覧する。
首相は特命で新型AIを開発させていた主任研究員の行方を追っていた。
彼に開発させていたAI、『L.O.G.OS(Logical Optimization & Genesis Operating System)』は効率化が行き過ぎた現状のシステムを、段階的に人間が関与できる形へ改良していく次世代エージェントAIとして研究させていたものだ。
元々、主任研究員が勝手に、首相の娘をアバターのモデルにAIを開発していたのを偶々発見し、娘の容姿を使用することを赦す代わりに、首相の要望を満たす研究に路線変更させた。
開発は順調だったが、主任研究員が突如姿を消したとの報告を受けたのは1ヶ月ほど前のことだ。
同時に「L.O.G.OS」の行方もわからなくなっている。
今回、野党の有力者である、吉田議員の視察を自ら案内する事にしたのは、主任研究員や「L.O.G.OS」の状況をこの目で確かめたかったこともあった。
研究に使用していた端末を隅々まで探ると、データの痕跡を見つけることができた。「L.O.G.OS」のデータの断片、データの移動に失敗して残されたデータの欠片だ。おそらく失踪直前にどこかにデータを転送しようとして、途中で端末を遮断されたのであろう。
首相は念のため発見したデータの断片を、AIデータセンターの中枢サーバーに保管し、比較的手が空いている研究員に、行方不明になったデータの移動先をたどれないか指示を出した。
草生首相は2040年から10年間首相を務める政治家で、首相在任中、様々な施策を打ち出して、AIによる効率化を図り、マスメディアの統廃合や国家クリエイター認定制度などを導入した、現在の『強いがつまらない日本』の立役者と言われている。が、実際のところはさまざまな斬新な政策を打ち出すも、実施されるまでにさまざまな影響を受け、本来の目的とは違う歪んだ政策となったり、実施したところ予想と真逆の結果や使われ方をしたりするなど、苦悩が尽きない政治家だった。
「(それもこれも、あの『低軌道衛星レーザー計画』が全ての元凶かもしれない。)」
首相は分厚い窓から肉眼では見えない低軌道衛星を見上げる。
15年前、防衛大臣に就任した頃、数ある陳述や新しい技術など防衛省に上がってくるデータを眺めていた時、彼は思いついてしまったのだ。
「あれ?この測量用レーザー、護衛艦の高出力レーザーテスト企画、高性能改良型バッテリーの売り込み、遠距離電波送電システム…これらの技術、うまく組み合わせたら、もしかしたら出来てしまうのでは?男の子の夢!衛星レーザー兵器!実用性は薄いレベルだが!」
草生防衛大臣は、防衛研究所の話が分かりそうな中堅研究員を呼び出し、計画の可能性を話したところ意気投合し、二人で極秘プロジェクトとしてスタートしたのが衛星レーザーの始まりだった。
他の人工衛星プロジェクトとうまく織り交ぜながら、副次効果を期待しての低軌道衛星レーザーが完成したころ、他の政務も真面目にこなしていた草生に、突然予定外に首相の椅子が回ってきたのだ。
「そして初めて衛星レーザーが使われたあの日から、日本は変わってしまった。」
草生首相の口からため息と共に溢れたわずかな独り言を聞くかのように、一人の人物が歩み寄ってくる。
「首相、おはようございます。お早いお付きでしたね。何かご用事でも?」
防衛大臣時代のレーザー開発に関わった片腕とも言える研究者、現在の防衛大臣である白石健太だった。
「おはよう白石君、視察に来る両名のために施設内を確認していたんだ。時間にはまだ余裕があるが、君も施設の確認かい?」
「はい、我々の大切な拠点の一つですからね。特に今日は野党の大物が来るとなれば、準備は万端にしないと。できれば発射する機会があれば最高ですね。いや、国内では久しく発射してませんし、ここらで先日の改良の成果も見てみたいものです。」
白石大臣は鼻歌でも歌いそうなほど機嫌が良いようだった。
「(ふむ、まるで私の動きは把握していますよ…と言わんばかりの態度だな。いや、久々に玩具の点検が出来て機嫌が良いだけかもしれない。)」
草生首相は予定を変更し、応接室に向かい視察が到着するまで待機することにする。
「(いまこいつに余計な事を勘付かれたくない。ここは慎重に動くべきだ。)」
白石大臣は確かに片腕だった人物だが、今は違う。レーザーの試射から彼は変わってしまった。
あまり献金を受け取らない首相に代わり、献金や賄賂までが白石大臣に集まっている動きがあるようなのだ。事実彼はここ数年、急激に自分の派閥と言えるグループを形成し始めていた。
「(主任研究員の失踪、白石が関わっている可能性もあるか…。)」
首相は疑いながらも、共に応接室に向かうのだった。




