前編
「洗濯しておきなさいシンデレラ、汚い顔ね、その灰だらけの顔」
「はい、ユリアお姉様」
「掃除もきれいにやっておきなさいよシンデレラ、その手に巻きついたボロ布は何」
「これはアカギレで痛いので巻いています、キアラお姉様」
姉達は小気味良さそうに、継ぎ接ぎだらけの服を着て、髪はボサボサ、顔は灰で汚れている、義妹の惨めな姿を見ている。
継母は「ハンス、シンデレラがサボらないように、ちゃんと監視しておくんだよ」と執事にいいつけた。
「私達は買い物をして、芝居を見て食事してから帰るから遅くなるわよ」
親子は屋敷を出ていく、玄関の扉が閉まると同時に裏のドアが開いた、シンデレラは手に巻いたぼろ布を取り払う、そこからは白魚の様な美しい手が出てくる、親子を乗せた馬車が出て行った。裏から入ってきたメイドが二人、
「本日もよろしくお願いしますお嬢様」とシンデレラに挨拶した
「シーマ、アンナ、今日もよろしく」
メイドが用意した湯あみをし、髪を整え、メイドが持ち込んだしゃれたドレスに身を包むと、そこには美しいマリア・スミス子爵令嬢がいた。
シンデレラは(灰被り)という意味の蔑称、義姉達が言い出したものだ。シンデレラはスミス子爵の一人子、8歳の時に母が亡くなり、父は二人の子を持つ女と再婚したが、その後程なく事故で亡くなり、シンデレラの今の境遇になった。
きれいな服も可愛い部屋も取り上げられて、義姉達のものになった。
メイド達は手の平を返してシンデレラに辛く当たった、執事のハンスはそれを見ても何も言わなかった。
ある日、継母達が出かけようとした時に、メイドの1人が、アイタタッタとお腹を押さえた、
「奥さま申し訳ございません、急な腹痛で、お休みをいただいてもよろしいですか」
「仕方ないわね」
「アイタタ私も」残り4人のメイドもお腹を押さえる、継母はニヤリとした、メイドのシンデレラへのいやがらせだ
「しょうがないわ、シンデレラあなた1人で全部終わらせるのよ」継母は冷たい声で、言い放つと出かけて行った。
3人は夕方屋敷に帰ってきた、仕事が終わっていないシンデレラをどう罵ろうかと楽しみにして、扉を開けると、そこにはピカピカの床、磨かれた窓ガラス、洗濯物はふわふわでいい香りがする。アラを探そうと屋敷内を点検したが全てが完璧だった。
継母は期待通りにならずに面白くない顔をしていたが、ある事に気付くとニコリと笑って執事に言った「ハンスあの役立たずのメイド達を解雇しなさい」
「はい奥さま」
シンデレラもニコリと笑っていたが、継母は気付かなかった。
こうしてシンデレラは自由にできる時間を手に入れた。
シンデレラの母親は自分の命が長くないのを悟ると、娘と執事のハンスを枕元に呼んで、
「このお金は困った時に使いなさい。それまでは隠しておくのよ。お父様はとてもいい人、とても優しい人、でも弱い人なの」
子爵夫人が亡くなり、半ば強引に二人の子を連れた女が屋敷に入り込んだ時、執事のハンスは成る程と思ったが、気の弱いスミス子爵は気の強い妻の言いなりになってしまい、ハンスにはどうすることもできなかった。
そうして子爵が事故で亡くなると、子爵家の財産を相続するのは娘のマリアだけだが、その監督者は継母になるという法律でマリアもハンスもどうにもならない状態になっていた。
二人は隠しているお金が継母に見つからない様にすることとその為にハンスは継母に従順に従いマリアの側にいられるようにと話し合った。
母が残してくれた財産は3000万レンの金貨、父が亡くなった時の相続財産は2億レンの預金だった。スミス子爵は領地を持たない文官の宮廷貴族なので、資産は住む屋敷と預金だったのだ。
シンデレラの支度ができたタイミングで馬車が到着した、一頭立ての上質なマホガニーを使った馬車だ、無紋だが上級貴族の持ち物に見える、
「エミリア夫人がいらしたわ、今日はマナーとノイド語のレッスン、その後いつものカフェで情報を拾ってくるわ、ハンスはこの株の注文を出しておいてね」
シンデレラは執事のハンスに予定を告げると中年の上品な婦人の横に座った。
シンデレラは賢い子供だった。掃除を言いつけられて亡き父の書斎を掃除しながら、そこにある本を片っ端から読んだ。財務省の官僚だった父は金融関係の本を沢山持っていた、それを読み込んでシンデレラは投資で母の遺産を増やす事を思いついた。
この国では成人は18歳で、そうなれば監督者に関係なく自分の財産を使う事ができる。本来ならその時に遺産の2億レンと屋敷はシンデレラの持ち物として使う事ができるはずだ、しかし継母達の浪費生活を見ていれば恐らく遺産は使い果たされているだろうし、シンデレラにはお金を渡さない様に知恵を絞っているだろう。3000万レンは成人した一人の女性の資産としては多かったが、親戚も後ろ盾もない18歳には心細い額だった。
株は取引所の仲買人に執事のハンスが注文をだす、未成年でも貴族が株を買うのはおかしい事ではない、将来の為に子供名義の口座で親が株取引をするのはよくある事だ、もっとも10歳の少女が銘柄選定をする事は無かっただろう。
シンデレラは自分にも投資した、あのメイドのストライキの時に使った職業斡旋所に頼んで優秀な家庭教師兼付添人としてエミリア夫人を紹介してもらった。夫人にこれまでのスミス子爵家の事を話し、子供の自分に淑女としてのマナーを教わりたいと頼んだのだ。
エミリア夫人は伯爵家の出身で子爵家に嫁ぎ、夫が亡くなり息子の代になってから、他家の淑女教育のお手伝いを生きがいにしていた、可哀そうな境遇と、聡明で勉強熱心な少女に淑女としての完璧なマナーを教え、一人で外出できないシンデレラの為に付き添い、語学のレッスンや買い物食事に付き合った。
ノイド語はシンデレラの住むウルビーノ王国の北にある神聖ノイド皇国の言葉だ、ウルビーノ王国は貿易が盛んな国で北のノイドの材木や工芸品を海を隔てた南の大陸に持ち込み、南の小麦や大理石を北に運んだ。南の大陸は人種も宗教も北の大陸と異なる、シンデレラはこの南の大陸のアレボ語の勉強もしていた、全ては投資の為に。
今日もレッスンが終わると、港に近い少し高級なカフェにやってきた、ここは貿易にやってきた異国人も多いので、珍しい異国のスィーツが評判で、令嬢達も楽しみにやって来る。
今日はバナナという南国の新しいフルーツを使ったお菓子を食べる、スポンジケーキを土台にしてクリームの中にねっとりとした甘さのバナナが包まれているオムレットだ、飲み物は最近流行り出した珈琲という苦い茶色の飲み物にミルクを入れて苦味を薄めたカフェオレだ、甘いオムレットに少しの苦味が美味しさを引き立てる。
エミリア夫人と楽しそうに食べながら、隣のテーブルで苦い珈琲を慣れたように飲んでいる、ターバンを巻いたアレボ人の会話を聞いている。
まさか令嬢の集まるカフェで会話が聞かれると思ってないのか、大きな声で今年の小麦の不作を嘆いている。
ランカスター商会に買いを入れよう、小麦の在庫に苦しんでいたはず、シンデレラはカップを持ち上げて口角を隠した。