七福神館殺人事件の真相 ~聖地巡礼と人気声優~
実は誰も死んではおりませんので、安心してお読みください。
「七福神館殺人事件の犯人、『七福神仮面』は、この中にいる!」
僕が宣言すると、七福神館のダイニングルームは騒然となった。
「何だって!?」
「馬鹿な!」
集まっている十人のほとんどは信じられないといった様子だ。
だが、そうでない者が一人いるのを僕は見逃さなかった。
「おいおい。こんなときに、冗談はやめてくれよ」
「七福神のお面を被って、三人もの人間を小槌で殴り殺した『七福神仮面』が、この中にいるだって?」
「そんな訳がないだろう」
「いいえ」
僕も信じたくはなかったが、犯人が潜んでいることは紛れもない事実だ。
「じゃあ聞こうじゃないか。そのいるはずもない犯人が誰なのかを」
促されると、僕は一人の女性を指さした。
「『七福神仮面』は、あなただ!」
全員の視線がその女性に集まった。
「クス。私が『七福神仮面』ですって? 一体何を根拠にそんなことを言うのかしら?」
その女性は可愛らしい声で白を切った。
「とぼけても無駄です。なぜならあなたは、今現在、弁財天のお面を被っているからだ!」
「はっ!」
弁財天のお面をつけた女性が、明らかな動揺を見せた。
「くっ! ハメたわね! ダイニングルームに来るとき、お面を持っている人は被ってきてだなんて!」
「そ、そうか。妙なことを言うと思ったら、犯人をあぶりだすための罠だったんだな!」
周りも納得したようだ。
「でも一体、『七福神仮面』の正体は誰なんだ? お面で顔が分からない。その前もサングラスで顔を隠していたし」
「顔を見なくても、犯人は人気声優の『星山ラン』に間違いありません」
僕は断言した。
「おいおい。いくらなんでもそれはないだろう」
「君も焼きが回ったんじゃないか?」
何人かがあきれているが、僕は首を横に振った。
「いいえ。間違いありません。なぜなら、声で分かるからです!」
「ああっ!」
「確かに、星山ランの声だ!」
あきれていた者たちも、驚愕の様子を見せた。
「ふふ。負けたわ。名探偵さん」
弁財天のお面が外されて女性の顔が露わになった。
僕の思っていた通り、正真正銘、人気声優の星山ランだった。
「あの三人を手に掛けたときは大黒天のお面だったから、弁財天のお面なら大丈夫と思って油断したわね」
彼女は、その可愛らしい声で三人を殺したことを告白した。
「それにこんなところに名探偵がいたことも誤算だったわ。あなたは何者なの?」
「あなたの声が大好きな、ただの一ファンです」
「あら。それは光栄だわ」
「それなのに残念でなりません。人気声優のあなたが、どうして三人もの人間を殺害したのですか?」
「どこから話したものかしら。まず、私の出演していたアニメ、『魔女っ娘モニカは探偵殺し』はご存じ?」
「はい。あなたは主役のモニカ役ですよね?」
「ええ。それを知っているなら、この『七福神館』が、『魔女っ娘モニカは探偵殺し』の人気エピソードである『七福神仮面現る』の舞台のモデルであることも知っているはず」
「もちろん知っています 僕はあなたの出演しているあのアニメが好きで、聖地巡礼でこの『七福神館』やって来たんですから」
「あの三人もそうだったわ。そして私もね」
星山ランが語り出した。
事件の悲しい真相を。
◆◇◆◇◆
ふふ。
今日は聖地巡礼で『七福神館』に来ちゃった。
身バレしないようサングラスを掛けてね。
『魔女っ娘モニカは探偵殺し』の『七福神仮面現る』のグッズもいくつか持ってきたし。
もしアニメのファンがいたら、お面を被ってびっくりさせちゃおっと。
あら? さっそく来たみたいね。
それも三人も。
「ここが『七福神館』か」
「『魔女っ娘モニカは探偵殺し』の神回、『七福神仮面現る』の舞台のモデルになったっていう」
「ところでさあ、モニカ役の星山ランって、可愛いよなあ。声も見た目も」
ふふ。嬉しいことを言ってくれるじゃない。
「でも演技下手」
「あれでアニメのクオリティが下がってるよな」
「言えてる、言えてる。星山ランは今は可愛いだけ」
「「「ガハハハ」」」
それを聞いた私の心は大黒天と化した。
大黒天は打ち出の小槌と大きな袋を持つ姿で温厚な福の神として描かれることが多いが、元はマハーカーラと呼ばれるヒンドゥー教の神。
創造、そして破壊を司るシヴァ神の化身でもある。
私は持ってきたアニメグッズの大黒天のお面を被り、小槌を手にした。
そして蜻蛉の構えを取り───。
「きええぇぇい!」
ボコっ
「ぐわっ!」
「ちぇすとぉ!」
ポスっ
「はうっ!」
「やあやあやあやあ!」
ピコピコピコピコ
「や、やめてく───、ああっ!」
薩摩示現流の掛け声、猿叫とともに、三人に小槌を振り下ろした。
◆◇◆◇◆
「───と、いう訳よ。気付いたら三人の死体が足元に転がっていたわ。他にも聖地巡礼の人たちがいて目撃されてしまったから、慌てて死角に隠れたの。すぐにお面を取って、他の人と同じように殺人事件の現場にたまたま来てしまったふりをしていた。これが真相」
星山ランが語り終えた。
「『演技下手』と言われた声優の気持ちが、あなたたちに分かって? 私は後悔なんてしてないわ」
彼女の瞳から涙が流れ落ちた。
「確かに私の演技は下手よ。 でも、でも───。本当のことを言わなくたって良いじゃない! 私が可愛いだけだなんて! 演技の下手さを差し引いても人気声優になれるぐらいに、私が可愛いだなんてぇ!」
泣き叫ぶ彼女を見て、僕はやるせない気持で一杯になった。
「被害者とはいえ、あの人たちがそんなに酷いことを。それでも、どんな理由があっても殺人は許されない。あなたは法の裁きを受けるべきです」
僕がそう言ったとき───。
「いやー。酷い目にあったな」
「大黒天の仮面を被った不審者に、小槌で殴り倒されるなんて」
「三人とも気絶しちまったもんな。ところで、この部屋では何をやってるんだ? えっ、星山ランがいる!?」
死んだはずの三人がダイニングルームに入ってきた。
「これは、一体どういうことなの?」
彼らを手に掛けた星山ラン自身が一番驚いている。
「アニメグッズの小槌で殴られたけど、あれピコピコハンマーだから。なんかクリティカルヒットみたいな感じで気を失っちゃったけど、死ぬなんてことは無いよ」
「それより、星山ランさんに会えて光栄だなあ」
「俺たち、三人ともファンなんです。ちょっと演技に難ありで今は可愛さで売っている感じだけど、だんだんと上手くなってる、これからが楽しみだって、みんなで話してたんですよ」
星山ランはあっけに取られていたが、やがて決意をしたように口を開いた。
「ごめんなさい。そうとも知らずに、私はあなたたちを───」
「コホン」
僕は咳払いで星山ランの言葉を遮り、唇の前で人差し指を立てた。
「この事件に犯人はいなかった。それでいいじゃないですか」
そう言うと、星山ランがはにかんだような笑みを見せた。
「やっぱりあなたは、名探偵だわ」
ダイニングルームに集まった全員から拍手が沸き起こった。
これにて一件落着かな?
そう思ったが、事件は終わってはいなかった。
この『七福神館』の主が、血相を変えてダイニングルームに怒鳴り込んできたからだ。
「何が『犯人はいなかった』だ! お前ら全員、聖地巡礼などと言ってわしの館に許可なく上がりこんでいる不法侵入犯だろうが! 出てけ!」