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楽しい夕飯


 暗くなる前に俺たちは地上に戻ってきた。

 時刻は四時十五分。

 ほぼほぼ、計画通りの帰還となった。


「いいなあ、その時計。かっこいいなあ」


 人懐っこいミフィが俺の時計を覗き込んでいる。

 この世界にも時計はあるのだが、懐中時計が一般的とのことだ。

 俺の時計のように小さくて精度の高いものを作る技術はないのだろう。

 だが、懐中時計といえどもかなりの値段がするそうだ。

 駆け出しの探索者が気軽に買える代物ではない。


「これは記念の時計だからプレゼントするわけにはいかないぞ。貯金して自分で買おうな。さあ、魔結晶を売りに行こう」


 ここから見ても魔結晶の買い取り所はいくつもあった。

 ただ、どこがいいのかはわからない。


「その辺の店で売るか」


 安易に考えた俺をファラが止める。


「だめだよ。表通りの店だと買いたたかれるよ。買い取り量が少ない場合は小さなお店に頼んだ方がいいの」


 さすがはしっかり者のお姉ちゃんキャラだけはある。

 俺たちはファラが選んだ店へ行き、無事に魔結晶を売りさばくことができた。

 魔結晶を売った代金は全部で2万レーメンだった。

 さらに、死亡したチームメンバーから回収した現金が8000レーメンである。

 つまり、7000レーメンが一人分の稼ぎだ。


「お腹が減った! 今日はたくさん稼いだから外食にしようよ」

「おう、それがいい! プラタナスへ行こうぜ」


 ミフィとラムダが騒いでいる。

 ファラは苦笑してこっちを向いた。


「サクラさんはどうする?」

「俺も連れていってくれ。この街のことは何も知らないんだ」


 ミフィとラムダが俺を挟んで袖をつかんだ。


「こっちだよ!」

「めちゃくちゃうまい店があるんすよ!」

「お、おい……」


 ミフィとラムダに引っ張られて俺は裏通りへ連れ込まれた。


 プラタナスは小さな食堂だった。

 四人掛けのテーブルが五つにカウンター席もある。

 いちばん奥のテーブルに陣取った俺たちは注文を決めていく。


「ミフィはなににするんだ?」

「私はパルパル! キーンさんもパルパルにしなよ。ここの名物料理だよ」

「キーンさん?」

「うん、サクラ・キンタだからキーンさん」


 ミフィは嬉しそうに笑っている。

 ラムダも腕を組んでうなずいた。


「うん、キーンさんの方が呼びやすいな。俺もそう呼ぶか」


 ふむ、遊び人のキーンさんか……。

 悪くはない。


「好きに呼んでくれてけっこうだ。これからもよろしくな」


 ファラが注文を取りまとめる。


「すみませーん、パルパルを四つとプリンを四つくださーい」


 なんだかわからんが俺もパルパルを食べることにした。

 料理の説明はあえて聞いていない。

 出てくるものがなんなのかわからないまま待つ、という遊びなのだ。


「キーンさん、明日も私たちと組んでくださいよぉ」


 ミフィが甘えた声を出した。


「俺からもお願いします。俺はキーンさんに惚れたっす!」

「いやいや、ラムダはミフィと付き合っているんだろう?」

「それとこれとは話がちがうっすよ。キーンさんに命を助けられた瞬間に俺は決めたんすよ。この人についていこうって」


 遊び人についていったら破滅じゃないのか?

 でも、俺だってこの三人は嫌いじゃない。

 しっかり者のファラ、甘えん坊のミフィ、まっすぐなラムダ、みんな好感の持てるキャラたちだ。


「私からもお願い。キーンさんさえよかったら、明日も私たちと組んでくれませんか?」


 ファラにまで頼まれたら断れないな。


「俺はこの街に知り合いもいなくて、右も左もわからない遊び人だ。むしろこちらから頼みたいくらいだよ。ぜひ明日も組んでくれ」


 そう頼むと三人は歓声を上げた。


「ところで、三人はどうして探索者になったんだい?」


 チームを組むのならメンバーのことは少しくらい知っておいた方がいいだろう。


「自分は農家の三男だったんです。あとを継げる農地なんてなかったし、授かったジョブは剣士だったしで、ダンジョンを選びました」

「私はラムダが行くっていうからついてきたの。こっちの方が稼げるしね」


 若いカップルは情熱のままに駆け落ち同然で村を出てきたそうだ。


「ファラは?」

「私は……」


 言いよどむファラを見てミフィが笑った。


「ファラお姉ちゃんは男から逃げてきたんだよ」

「ミフィ!」

「本当のことじゃない。村長の息子がファラ姉ちゃんにしつこく言い寄ってたんだよね」

「そうなのか?」

「うん。何度も断っているのに聞いてくれなくて……」


 人にはいろいろあるんだなあ。

 ファラはきつそうな見た目だけど、美人でおっぱいが大きい。

 しかも面倒見のよいお姉さんタイプだ。

 村長の息子とやらの気持ちもわからんではない。


「キーンさんはどうしてここに?」


 ファラにたずねられて俺は正直に答えた。


「俺は……、居眠りをしていたら列車がダウシルに到着してしまったのだ」


 これを聞いてミフィは大はしゃぎである。


「なにそれ! 本当なの?」

「うむ」


 嘘は言っていない。


「さすがは遊び人だなあ。居眠りで帝都に来る人はめったにいないよ!」

「面目ない……」


 本当の理由なんて俺だってわからない。

 事実、寝て起きたらダウシルだったのだ。

 だが、そのことをどうのこうの言っても仕方がないだろう。

 もとの世界へ帰れない以上、ここで幸福を求めていくしかあるまい。

 当面の目標は三人の助けを借りながら、この地に生活の基盤を築くことだ。

 なに、どこでだって楽しく暮らしていけるはずだ。

 料理が運ばれてきた。


「おお、美味そう!」


 パルパルは長いマカロニみたいな料理だった。

 ひき肉がたっぷり入ったソースと、上にかかったたっぷりのチーズが食欲をそそる。

 健康で飯が美味ければ人間は幸せになれる、というのが俺の信条だ。


「ワインも頼んじゃおっかなぁ」

「私も……」


 俺はラファの分のワインも頼んだ。


「ずるーい!」

「ぶぅぶぅ!」


 お子様たちが文句を言っていたが、これは大人の特権だ。


「君たちはプリンのお代わりでもしなさい」

「その手があったか!」

「キーンさん、実は遊び人じゃなくて賢者?」


 その可能性は限りなく少ない。

 遊び人から賢者への転職があるのは別のゲームだ。

 とにもかくにもこのように、ダウシル最初の夜は楽しく暮れていった。


カクヨム作品のなろう移植です。

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