レベルアップ
地下二階に降りると魔物の気配はますます濃くなった。
ねっとりと絡みつくように空気が重い。
回廊に並ぶ柱の陰のどこかに奴らは身を潜めているはずだ。
先ほどのビッグバットよりレベルが高い魔物らしく、『空気を読む』を使っても正確な位置は特定できない。
だが、魔物はこちらの場所を把握しているだろう。
「嫌な予感がする。悪いことは言わないから戻った方が賢明だぞ」
そういう俺をリーダーがせせら笑う。
「ビビりすぎなんだよ。遊び人は遊び人らしく、のほほんとしていればいいんだよ」
愚か者め。
世の中には思慮深い遊び人だってたくさんいるのだ。
遊びというのは享楽的な精神と、好奇心に起因した能動的活動の融合だぞ。
それは他者から与えられるものではない。
自分で考えて動き、楽しむものだ。
のほほんとなどしていられるわけがない。
のほほんと鼻をほじりながら、俺はそう考えた。
「っ!」
影の中から吹く風を感じた瞬間、俺は前を歩いていたラムダの襟を引っ張った。
それと同時に前衛二人の首が宙を飛ぶ。
俺が引っ張らなかったらラムダも同じ目に遭っていただろう。
しりもちをつくラムダをかばいつつ、首のない死体を乗り越えて俺は前に出る。
目の前で人が死んでいるというのに恐怖はあまりない。
あまりに非現実的すぎる世界が俺の魂にまで作用しているのか?
冷静な気持ちを保ちつつ、俺は豹のような魔物の前に出た。
まだ地下二階だというのに、ずいぶん強力な魔物が現れたものだ。
俊敏かつ強靭そうな肢体、鋭い牙と爪、おまけに尻尾の先端はナイフのようになっている。
そういえば、いきなり強い敵が出現するというのも『ダウシルの穴』というゲームの特徴だったな。
このゲームの持ち主だった親父曰く『初見プレイヤーは開始二十分以内に必ず死ぬ』と言われていたらしい。
俺も慣れるまでは何回もやり直したもんなあ……。
そして、いまのこれはゲームではなく現実だ。
セーブした場所からやり直しは効かない。
…………。
できるかもしれないけど、少なくともセーブをした記憶はない。
「アサシンパンサーがなんでこんなところに!?」
リーダーが真っ先に背中を向けて逃げ出した。
おいおい、仲間を置いて逃げるなよ。
呆れているとアサシンパンサーの一体が俺を飛び越えてリーダーの首に嚙みついたではないか。
だが助けにいく余裕はない。
まずは目の前の敵を倒さなければならないのだ。
振り降ろされた前足をかいくぐり、ナイフを構えた態勢で懐に飛び込む。
突き殺すのが手っ取り早いがそれはしない。
刺さった刃が抜けなくなるかもしれないからだ。
そうなれば『力』が弱い遊び人では不利になる。
遊び人の攻撃はパワーを捨てて、速さと正確さを重視するのだ。
狙うのならやはり目だな。
短剣を横なぎに振るいアサシンパンサーの両眼をつぶした。
よし、とどめを刺すぞ。
「きゃあっ!」
突如、背後でファラとミフィの叫び声が上がった。
リーダーを仕留めたアサシンパンサーが次なる獲物を彼女たちと見定めたのだ。
俺は振り向きざまに短剣を投げた。
武器はなくなってしまうけど仕方がないだろう?
女性と子どもを見捨てない、それが俺という遊び人なのだから。
『百発百中』のおかげで短剣はアサシンパンサーの目に突き刺さった。
狙うのならやっぱりそこなんだよね。
だが、俺の放った短剣の切っ先は魔物の脳にも達したようで即死である。
思っていたより威力があったな。
さすがはレベル99といったところか。
これで魔物の一体は片付いたがまだもう一体が残っている。
先ほど俺が目を潰した方だ。
奴は匂いと音を頼りに俺を襲ってきた。
だが、焦ったりはしないぜ。
なにせ俺は一人じゃないんだからね。
すでに体勢を整えなおしたラムダの剣が、俺を襲おうとしていたアサシンパンサーの腹に突き刺さった。
「ナ~イス」
「本気を出せばできる子っす!」
アサシンパンサーは地響きを立てて地面に沈み、戦闘は終了した。
討伐された魔物から光の玉が俺たちの体に飛び込んでくる。
「よっしゃぁ、レベルが上がったっす!」
とどめをさしたラムダは少し多めに経験値をもらえたのだろう。
あれ、俺の聖騎士レベルも上がっているぞ!
遊び人として戦ったはずだけど、聖戦士の方にも経験値が入るのか。
これもリバーシブルステータスの特徴のようだ。
ただ、裏のステータスには100%入るわけではないようだな。
それでもレベルが上がったのは、ビッグバットやアサシンパンサーにとどめをさして、多めの経験値をもらえたからだと思う。
なにより聖騎士のレベルが1だったことが大きいだろうけど。
ちょっとステータスを確認してみよう。
力 :12
早さ :5
体力 :9
賢さ :4
運 :5
HP :21
MP :10
レベル2ではこんなものだろう。
聖騎士のジョブを積極的に使う気はないので、しばらくは放置だ。
それよりもファラのことが気になる。
「ケガをしたのか?」
「少し」
アサシンパンサーの爪がかすったようで、ファラが腕から血を流している。
ミフィのことをかばってできた傷だ。
「治療道具は?」
ファラは悲しそうに首を横に振った。
ゲーム『ダウシルの穴』でも序盤だとキズ薬を買う余裕はなかったもんなあ。
ファラたちのレベルはおそらく一桁だろう。
生活は苦しいと思う。
「私のシャツを包帯にすればいいよ」
元気に袖を引きちぎろうとするミフィを止めた。
「俺に診せてくれ」
ファラの腕は四センチほどに渡って切れていた。
幸いなことに傷は深くない。
俺は『すごいモミモミ』つかって止血する。
「な、なにを……?」
「治療しているだけだよ。じっとしていてな」
疑わし気な眼で見ていたファラだったが、実際に血が止まると驚いていた。
「遊び人なのに治癒魔法も使えるの?」
「いや、これは『すごいモミモミ』というスキルだ。治癒魔法ほどの効果はない」
「すごいモミモミ……?」
「うむ、『モミモミ』というマッサージスキルの上位互換だな」
横で説明を聞いていたミフィがプッとふきだす。
「おい、笑ったら失礼だろう。うぷぷ……」
ミフィを注意しながらラムダも笑っている。
「だって、モミモミだよ。なんかエッチ!」
ツボに入ってしまったようで、ミフィは笑いを止められない。
うん、俺もくだらないネーミングだと思うよ。
だが、こんなスキル名でよかったかもしれないな。
死と背中合わせの状態だというのに少しだけ緊張が和らいでいるから。
しばらくすごいモミモミを続けるとファラの傷はふさがった。
「荷物を回収しよう」
死者たちを弔っている暇はない。
だが、持ち物は有効利用しなければ生き残れないのもまた事実だ。
まずは使えそうな武器などを確認する。
ラムダは自分の剣とリーダーの剣を交換した。
俺もナイフを二本頂戴する。
こちらは投擲用として使う予定だ。
投げナイフなんていくらあっても困らないからね。
金目のものも忘れずに回収だ。
集めた魔結晶と財布もチェックする。
お、干し肉があるな。これはいま食べてしまおう。
ずっと腹が減っていたのだ。
「よし、準備はできたな? 生きて帰るぞ!」
「はいっ!」
遊び人の俺が仕切るという状況になってしまったが仕方がない。
俺たちは出口に向けて歩き始めた。
カクヨム作品のなろう移植です。
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