フライングライオンに跨ろう
ダウシルダンジョン、通称ダウシルの穴には三十を超える出入り口が存在する。
その様子は都会の地下街への出入り口を想像してもらえばわかりやすいだろう。
いずれの入り口も同じ場所に通じているので、どこから入っても行きつくところは同じだ。
俺たちは比較的すいていた8番口から侵入した。
今回のチームは総勢七人。
陣形は3・2・2で俺は中盤にいる。
剣士のラムダは前衛、弓士と魔法使いであるファラとミフィは後衛だ。
バランスは悪くない編成だが、実力はどのていどか。
まずは初戦をこなして様子を見てみるか。
慎重に三〇〇メートルほど進むと前方に魔物を発見した。
俺は身を低くして、足音を忍ばせる。
ところが、チームの誰一人として魔物の出現に気がついていないようだ。
というより『空気を読む』スキルを持つ俺だけが探知できたのだろう。
このまま黙っていれば奇襲を受けてしまうかもしれないので俺は注意を促した。
「前方に魔物だぞ。数は三体。ビッグバットだ。こちらに背を向けている」
ビッグバットはコウモリのような魔物だ。
やつらは空中を飛び、鋭い牙とかぎ爪で攻撃をしてくる。
吸血能力があり、成功するとHPを回復するのが厄介な敵でもある。
俺の注意にファラが目を凝らしている。
「どこ? 見えない……」
「五〇メートルくらい先だ。左側の天井に張り付いている」
「あっ、あれね」
リーダーがゴクリと唾を飲み込んで命令する。
「よし、警戒しながらもう少し近づくぞ。弓士と魔法使いは射程に入ったら教えてくれ」
俺たちはいつでも対処できるようにゆっくりと進む。
やがてミフィも敵の姿をとらえた。
「うん、ここからならファイヤーボールが届くよ」
「私の弓も大丈夫」
「よし、攻撃だ!」
戦いの基本は先制攻撃だ。
敵に見つかる前に敵を見つけ、先に仕掛ける。
そうなれば大抵は有利に事を進められるものである。
不意を突かれた二体のビッグバットはファラの矢とミフィの攻撃で討ち取られた。
残る一体はこちらに向かって飛んできたが戦士が盾でそれを防ぎ、ラムダが剣でとどめを刺している。
こうして怪我人も出さず、俺の初陣は無事に終了した。
消滅する魔物から光の粒が浮き上がり、チームメンバーの体に入っていく。
この光の粒が一定量貯まるとレベルが上がる。
こういった演出は『ダウシルの穴』とまったく同じだ。
まあ、レベルがカンストしている俺には関係ないけどな。
聖騎士にステータスチェンジしていればまた違うのだろうが、いまはあの姿で戦う気はないのだ。
チームの戦力が予想よりずっと上だったのだろう、リーダーは有頂天だ。
「これなら今日はガッポリと稼げそうだな。お前ら、この調子で気合を入れていけよ!」
うん、こいつは口ばっかりだ。
今の戦闘だって、まったくいいところを見せていないぞ。
こういうのが上司だとみんなが不幸になるんだよなあ……。
おや、スキル『お宝への嗅覚』が発動したぞ。
先を急がせようとするリーダーを俺は止めた。
「ちょっと待ってくれ」
「なにを言っているんだ。遊んでいる暇はないぞ」
「そう言うなよ、俺は遊び人だぜ」
おどけながら落ちていたゴミの山を足でどかした。
すると、その下から少し大きめの魔結晶が出てきたではないか。
これが実物の魔結晶か。
宝石のようにキラキラしていてきれいだな。
「うわっ、黄晶じゃない。こんなに大きいのははじめてかも!」
「そうなのか、ミフィ?」
「うん。私にも触らせて!」
魔結晶は洋酒のミニボトルサイズだが、これでも大きい方らしい。
ミフィはその場でピョンピョン飛び跳ねながら喜んでいる。
口ばっかりのリーダーも顔がにやけているぞ。
「やるじゃねえか、遊び人。これだけでかければ1万レーメンにはなるな」
こちらはあとで売って山分けするそうだ。
リーダーは悪人面をしているから、持ち逃げされないように気を付けておこう。
戦闘をこなしながら俺たちは奥に進み、およそ一時間後に広間のような場所にたどり着いた。
部屋の真ん中には高い台座があり、その上に羽の生えたライオンの銅像が置かれている。
あの銅像もゲームの中で見たことがあるな。
大きさは、ほぼ実物大のライオンだ。
ゲームの中でライオンにまたがると、一回だけランダムでパラメータの数値が少しだけ上がった記憶がある。
よじ登るのは大変だけど、ちょっと試してみるか。
「ひら~り!」
持ち前の身軽さを活かし、、俺は華麗なステップでライオン像に飛び乗った。
おうおう、みんなが俺を呆れた目で見ているぞ。
遊び人の行動は突飛すぎるって言うのかい?
チームの視線が痛いけど、そんなことは気にしない。
これも強くなるためだ。
「…………」
あれ、数値に変化がないな。
「お前はあほうか?」
リーダーの悪口は気にしないが、パラメータの上昇がないのは気に食わなかった。
待てよ、そういえば俺はレベルをカンストしていたぞ。
だから変化がないのだろう。
きっとそうに違いない。
その考えに至ったときミフィと目が合った。
ミフィが不思議そうに俺を見ている。
よし、この子で試してみよう。
俺はミフィを手招きした。
「どうしたの?」
「ちょっとこれに乗ってみ」
「楽しそうだけど……」
ミフィはリーダーの方を気にしている。
きっと叱られるのが嫌なのだろう。
「いいから、いいから。きっといいことが起こるよ」
「本当に?」
俺が場所を譲るとミフィは嬉しそうにライオン像に飛び乗ってきた。
同時にラムダも一緒に飛び乗っている。
「ミフィだけずるいぞ」
「一緒に乗ろうよ」
十六歳の割には子どもっぽい二人だ。
ダウシルではこれが普通なのか?
「おお!」
ライオンに乗っていた二人が同時に声をあげた。
俺は慌てて口に人差し指を当てる。
ファラやミフィやラムダはいい人たちだけど、他のメンバーはいけ好かないやつらばかりなのだ。
俺は聖人じゃないから、そんなやつらにライオン像の秘密を教えてやるつもりはない。
二人の耳に顔を近づけ、そっとたずねた。
「どうだ、数値があがっただろう?」
「賢さが2、MPが25も上がったよ」
「俺は力が2、HPが30上がったっす」
よしよし、うまくいったようだ。
「ファラにも教えてあげな」
ミフィはさっそくファラに駆け寄り、耳元でささやいている。
ファラは信じられないといった顔をしているけど、俺が強くうなずくとためらいながらもライオン像にまたがった。
顔を真っ赤にしてかわいいなあ。
まあ、人前であんなのに乗るのは恥ずかしいだろうけどさ。
「おい、お前たち。なにを遊んでいるんだ!」
遊んでいると思っているのかリーダーが怒りを爆発させた。
やれやれ、余裕のないやつはこれだから嫌になるんだよ。
「そんなに怒るなって。で、これからどうするんだ?」
質問するとリーダーは部屋の隅を指さした。
そこにあるのは地下二階へ通じる階段だ。
さっきまでライオンにまたがって顔を赤くしていたファラが青ざめているぞ。
「下へ行く気? 私たちはまだ地下一階しか探索したことがないの」
「なあに、これだけの戦力があれば問題ないさ。ガッポリ稼ごうぜ」
リーダーは自信満々だ。
俺は薄暗い階段の下を覗き込んでみる。
さっそく『空気を読む』が自動発動して魔物の気配を察知したぞ。
不気味でヤバい雰囲気がビンビンと伝わってくるな。
ただ、他のメンバーはともかく、俺は大丈夫という感覚もある。
レベルが高いおかげで、まだまだ平気なのだろう。
だが他の奴らはどうなんだろう?
なんとなく嫌な予感がするぞ……。
いちおう忠告はしておくか。
「なあ、ここより下はあんたのレベルに対応していないんじゃないのか?」
「なんだとぉ……。遊び人のくせに偉そうに言うんじゃねえ。お前は言われたとおりに動いていればいいんだよ!」
いやいや、そうはならないぜ。
戦えと命令されても、踊りだすのが遊び人ってもんだ。
まあ、いざとなったら好きにやらせてもうさ。
俺の忠告を無視して、リーダーは階段を降りるようメンバーに命じた。
カクヨム作品のなろう移植です。
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