スカウト
行きつけの飯屋『プラタナス』へ行こうとしたら、後ろからファラたちが追いかけてきた。
どうやら逃げずに広場で俺の戦いを見ていたようだ。
「キーンさん、ケガはない?」
ファラが俺の腕をさぐっている。
ミフィとラムダは大興奮だ。
「キーンさん、すごかった!」
「かっこよかったっす!」
「お、おう……」
ミフィはぴょんぴょんと飛び跳ねながら俺を讃えてくれる。
「ハルミット様も手こずる敵と互角に渡り合えるなんて、キーンさんを見直しました!」
「いや、互角に渡り合ってないぞ。俺は受け流すのが得意なだけだ」
「それでもすごいよ!」
ファラは心配そうにまだ俺の腕の状態を確かめていた。
「本当に大丈夫なの? やけどしていない?」
悪魔の拳は燃えていたから心配しているのだろう。
「平気さ。俺の『行雲流水』は魔法攻撃も受け流せるんだ。やけどもしていないよ」
腕をまくって見せると、ファラはようやく安堵していたが、再び心配そうな顔つきになってしまった。
「どうした? 見てのとおり俺は元気だぜ」
「うん、それはわかったけど……」
「どうしたんだよ?」
ファラは何かを決心したような目で俺に問いただした。
「今回の戦いでキーンさんの強さが改めてわかったわ。ひょっとしたらレベル99というのだって嘘じゃないのかもしれない」
「おう、惚れたか?」
「茶化さないで。そうじゃなくて、これでいいのかな、って心配になったのよ」
惚れてくれたわけではないようだ。
「なにも心配することはないじゃないか」
「本当にそう? キーンさんは私たちなんかと同じチームでいいの? もっと強い人たちと組んだ方がいいんじゃない? それこそ勇者のチームに入ったっておかしくないと思うわ」
完全な勘違いをしているようだ。
俺が勇者のチームに加入するだと?
冗談にもほどがあるぜ。
それは俺がもっとも望んでいないことだ。
「俺、勇者とは絶対に気が合わないと思うぜ。なんかピリピリしてるじゃん、あいつ」
「それはそうかもしれないけど……」
「仲間ってのは強けりゃいいってもんじゃない。やっぱり信頼できる相手と組まないとな。その点、ファラたちなら申し分ない」
そう言うとミフィとラムダが飛びついてきた。
「そうこなくっちゃ!」
「キーンさんは勇者より俺たちを選んでくれるんですね!」
当然である。
「当たり前だろう。それに、勇者って心にゆとりがなさそうじゃん。ぜったいに仲良くなれないって」
「あ~、わかるっす。なんだか張りつめたオーラを出してますよね」
「ハルミット様の悪口を言わないで!」
ミフィはまだ勇者のファンをやめないようだ。
「いやいや、あれは恋人に苦労をかけるタイプだぞ」
「そうそう、尽くされて当然とか思ってそうですよ」
俺とラムダが好き勝手言っていると後ろから声をかけられた。
「心に余裕がなくて悪かったな」
それはバツの悪そうな顔をした勇者ハルミットだった。
「お、おう、いたのか……」
「さっきは助かった」
わざわざ礼を言いに来るとはハルミットらしくないな。
それとも、この世界線では俺が知っているよりも素直なのか?
「さっきのは気にしないでくれ。心の余裕というのは言葉のあやだ」
いちおう謝罪したのだが意外にもハルミットは俺の言葉を認めた。
「いや、余裕がないというのは事実だ。あんたもわかったと思うが、俺のチームは力不足だ」
俺の脳裏に壊滅しかけた勇者チームのことがよぎる。
たしかにレベルのつり合いはとれていないだろうが、みんなは必死に戦っていた。
「仲間のことをそんな風に言うなよ」
「事実だ」
冷たく突き放すその態度は、俺の知っているハーミットと同じだった。
邪神の討伐に夢中になるあまり、ハルミットは周りにことさら厳しくなってしまうのだ。
『ダウシルの穴』だとストーリーが進めば丸くなるようだが、ここではどうなのだろう?
「俺はハルミット・クランプ。ご存じのとおり勇者をやっている。あんた、名前は?」
「キーンだ。しがない遊び人さ」
名乗ると、ハルミットはグッと身を乗り出してきた。
「なあ、キーン。俺のチームに入らないか?」
いきなりこれだよ……。
「いや、断る」
誤解のないようにはっきり断言すると、ハルミットは意外そうな顔をした。
「どうしてだ? お前にとってもチャンスだろう?」
「俺の仲間の前で引き抜きの話をするようなデリカシーのないやつと組みたくないだけさ」
案外ラムダの言うとおりなのかもしれないな。
こいつは尽くされて当然、いつだって自分が正しいと思っているのだろう。
「世の中のためだぞ」
「遊び人はまず自分の幸福を考えるんだよ。そのうえで余裕があれば世の中のために頑張るさ」
俺がどうあっても協力しないとわかるとハルミットは持ち前の我がままぶりを発揮しだした。
「だったら俺と勝負しろ。俺が勝てば仲間になってもらう。お前が勝てば諦める」
「俺にメリットがなにもないじゃないか」
「勇者チームの一員になれるチャンスだぞ。むしろメリットだらけだ」
「だからなりたくないって言ってるだろ!」
日本語が通用しないのかよ。
あ、ダウシル語か……。
「とにかく勝負しろ。さもなければ腕ずくでも戦ってもらうぞ!」
こういう手合いにはなにを言っても無駄か。
だったら……。
「わかった。その代わり条件は俺が決めるぞ」
無理にでも戦うというのなら俺に有利な条件で戦う方がまだましだ。
そう考えての発言だったがハルミットは自信満々で請け合った。
「いいだろう、条件を言ってみろ」
その余裕の態度がいつまでもつかな?
ちょっと痛い目にあう方がこいつのためかもしれないな。
俺の出した条件は以下のとおりだった。
勝負の時間は三十分。
これを超えた場合は引き分けとする。
ハルミットが勝てば俺は勇者チームに加入するが、俺が勝てば勇者は諦める。
時間内に勝負がつかない場合は俺の勝利とみなす。
ギブアップの申告か、行動不能状態をもって勝負ありとする。
それぞれのチームメンバーが立会人になる。
以上を取り決め、俺たちは郊外の平原に移動した。
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