フィローネは『クエスト達成』を目指す 〜婚約破棄すらも彼女の手のひらの上だった〜
「ええい、この悪女め! 今このときを以て僕はお前との婚約を破棄する! フィローネ、お前とは婚約破棄だ破棄!」
パーティーももうすぐ中盤に差し掛かり、盛り上がりを見せ始めたころ、それは会場中心から響き渡った。楽しく談笑していた周りはピタリと会話をやめ、一斉に声の主の方を向いた。
このパーティーはただのパーティーではなく、魔物の大量侵略から民を救った英雄たちのために開かれた祝賀会だ。もちろん主催者は王族であり、その規模は計り知れないほどのものだ。
そんなパーティーにはその国有数の貴族たちが集まる。英雄たちを労う場での『婚約破棄宣言』は否が応でも皆の注目を集めるものだった。
「いま婚約破棄と言ってたかしら? この場は王族の方々が仕切るパーティー。発言者はしがない伯爵家の次男みたいだけれど、無礼にも程があるわ」
「それに彼が連れている女性は婚約者ではないはずだか?」
「あらそれじゃ浮気ってこと? やだやだ」
「だが『悪女』と騒いでいなかったか? あちらの女性がなにか問題でも起こしたのではないか?」
「だとしても浮気は浮気でしょ。彼女が不憫でならないわ」
それぞれが思い思いの言葉を吐き出すが、大方の人間は面白い余興程度にしか思ってなくて、心からその婚約破棄に同情している人間は極わずかだろう。
「この場を借りて僕はお前の罪を明らかにする! そしてシャルルと婚約するんだ!」
「───……」
扇で顔を隠したフィローネは一言も話さずに目を眇めた。
(ようやく達成したわ。ほかのクエストは簡単だったのにこれはなかなかどうして。でもレベルは十分にもらえたし)
フィローネにしか見えない画面。それには『クエスト達成』と表示されていた。
(ふむふむ。今回のクエストは難易度が高かった分、報酬もたくさん貰えたわ。特にこの『強欲の腕輪』はS級。装着すると魔力が無限になるというのは大きいわ)
さっそく装着してみると、画面には『強欲の腕輪装着中』と表示される。
《スターテス》
名前:フィローネ・シェバルリア(17)
レベル:218
職業:大魔法使い、剣聖、大錬金術師、薬師、鑑定師、暗殺者、聖魔女、精霊使い……ex.
MP:5,796,027/5,796,028(∞)
(強欲の腕輪装着中)
HP:3,976,194,284/3,976,194,284
スキル:剣術、体術、身体強化、魔法攻撃耐性、精神攻撃耐性、物理攻撃無効、毒無効、麻痺無効、魔力探知、隠密、自動治癒、空間……ex.
(魔力がみなぎるこの感覚。これなら好きなだけ魔法が使えるわ)
試してみたい魔法が次々と浮かび、フィローネは今立たされている窮地を忘れて思わず笑ってしまった。
***
この画面はフィローネが齢7歳のときに目の前に現れた。初めはレベル1と表示され、MPもHPも今よりずっと低かった。
フィローネにしか見えないこの画面。頭がおかしくなってしまったのかと思っていた。しかし初めて父親に連れられ魔物討伐の現場に向かうと、『クエスト発生』と表示され、ゴブリンを討伐するように指示があった。
意味がわからなかった。けれど頭はひどく落ち着いていて。
冒険者である父親たちが目の前でゴブリンを討伐していくのをフィローネは見ていた。そして彼らが討伐し損ねたゴブリンの1匹がフィローネへと向かってきた。
誰もそのことに気づいていない。フィローネは護身用として父親からもらっていた短剣を抜き、その矛先をゴブリンへと向けた。
身長はゴブリンの方が少しだけ大きかったが、フィローネは怯むことなく突撃した。ゴブリンの足を傷つけ、腕を落とし、持っていた武器を蹴り飛ばす。そして短剣でゴブリンの首を切り落とした。
その瞬間、見えていた画面は変わり、『クエスト達成』と表示された。
フィローネのレベルは1から2へと上がり、MPもHPも僅かだか上昇していた。それを見て、フィローネは気付いた。
これはフィローネのための、強くなるための道標なんだと。
そこからフィローネはクエストを達成するために全力だった。もちろん魔物討伐なんてなかなか行けるわけではない。それもこの画面は分かっているのか、だいたいは家のなかや近くでできることばかりを要求してきた。
家の手伝いから始まり、雑草畑から薬草だけを選んだり、木の枝で素振りを100回させたり、魔法の練習をしたり。
誰かに学ばなくてもフィローネはクエスト達成のために過ごしていたら、いつの間にか周りの大人たちを遥かに上回る知識と技量を取得していた。
しかしフィローネはそれをあえて公表せず、表面上は普通の少女として過ごすことを選択した。
誰にも気付かれずに魔物討伐とクエストをこなし、レベルを上げる。そんな日々だ。なんのためにレベルを上げているのか考えたこともあったが、強くなるたびに自分の可能性が広がっていき、いつしか最強を目指したくなった。
しかしそんな平凡な日々は突然として終わりを迎えた。母親がとある貴族に見初められたのだ。その貴族は女を虐げることを趣味としている悪評の絶えない人物だった。
(そんな相手にお母さんは渡さない)
同時にクエストとして『子爵から母親を守れ』と表示された。
しかしいくら力はあってもフィローネは冒険者の娘だった。つまり平民だ。貴族に何かすれば平民のフィローネは権力という名の力で殺される。
だからといって何もせずにはいられなかった。父親もどうにかして母親が連れ去られないようにあちこちを走り回ったが、貴族相手ではどうにもできなかった。
そんなとき、フィローネは思いついた。
───自分の持つ力の一端をほかの、より上位の貴族に売り込めばいいんじゃないかと。
相手が子爵ならそれよりももっと上。さすがに王族には会えるはずもない。しかし運がいいことに侯爵家の当主がたまたまフィローネの街に滞在することを知った。
だからフィローネは街に用事があるといい、家を飛び出した。両親はフィローネに守護の護符を持たせているから暗くなる前には帰ってくるようにだけ伝えた。
そのときのフィローネのレベルは52。並大抵のことが起きなければ十分に対処できる力を持っていた。
獲得したスキルを用いて侯爵が宿泊する場所を突き止めるとフィローネは宿の扉を潜る。この街の住民はフィローネのことを知っているため、彼女が入ってきても遊びに来たくらいの感覚だ。
街の住民は宿屋の女将を除いて侯爵の宿泊場所を知らない。当然だ。いくら平民とはいえ、高位貴族が泊まっている場所を知らせて何かあっては困る。
(護衛として客に紛れているようね)
侯爵の護衛騎士たちは1階の食事処で誰が入ってきたのかを見張っているようだ。それは子どもであるフィローネも例外ではなく、気づかれないように行動を見張られている。
しかしフィローネは彼らを気にも止めずに2階へと迷わずに向かう。護衛騎士の一人はフィローネのあとをついていこうとしたが、仲間に止められて席に着く。
(そうよね。私はこの街の子ども。侯爵が泊まっていることを知るはずもないのだから)
しかしスキルのおかげでフィローネは侯爵の居場所などすぐに突き止められる。
クエストとして表示されたため、達成しなければいけないことではあるが、それよりもフィローネは大切な家族が奪われるようなことは嫌だった。
侯爵が泊まっている部屋は普通の一般客も泊まる部屋だ。扉の前には護衛騎士はいないが、フィローネは気づいている。気配を消して扉を守っている人物がいることを。
(まあこういうときの錬金術師よね)
フィローネは多くの職業を取得していた。スキル鑑定を用いて家族や住民、騎士たちを見てみると一人につきひとつの職業だけだったのにも関わらず、フィローネは一人で様々な職業を持っているのだ。
その1つが錬金術師。回復薬や魔力回復薬、毒や麻酔薬などを作れる職業で、フィローネはこの職業を用いて睡眠薬を作っていた。
スキル異空間から中級睡眠薬を取りだし、気配を消している人物にぶん投げる。もちろん逃げられたら困るため金縛りもかけておいた。
かけても飲んでも効果のある中級睡眠薬を浴びて、彼は音もなく倒れた。今ごろ楽しく夢の中で遊んでいるだろう。
「時には休息も大切ですよ」
倒れた拍子に足が扉を塞いでいたため、げしげしと蹴って足をどける。そして一応扉をノックしてみた。
「…………誰だ」
「お客さまにお運びするように言われてきました」
「こども?」
「はい」
「───入れ」
扉を開け、中に入る。侯爵が泊まる部屋にしては粗末なものだが、お忍びのような形のものならこの程度のほうが都合がいいのだろう。
「失礼します」
「言われたものはテーブルに置いて───」
「…………」
「ただの子どもではないな。名を名乗れ」
フィローネに背を向けていたため彼女の姿を確認できていなかった侯爵だったが、何も持っていないフィローネの姿を見ると、ベッドに立てかけていた剣を抜き、フィローネの首に剣を当てた。
無駄のないその行動にフィローネは思わず感心してしまう。鑑定してみると魔剣士らしく、レベルもまあまあ高い。
「扉の前には私の部下をつけていたはずだが?」
「あの人でしたらきっと今頃夢のなかです。とても気持ちよく眠れていると思いますよ」
「───……」
「私は敵意を持って侯爵さまに近づいたわけではありません。ただ家族を救ってほしいだけ」
彼はフィローネの瞳を見つめると、静かに剣を下ろした。そしてため息をつく。
「普通の子どもなら、今ので怯え泣き叫んでいるころのはずだが」
「失礼ですが、侯爵さまよりも魔物であるドラゴンのほうが私にとっては恐ろしいものなので」
冗談を言っているように聞こえたのだろう。侯爵は張り詰めていた気配を解いた。
しかし実際のところ、フィローネからすれば本当にドラゴンの方が怖い。なにせレベルがまだまだ足りないからだ。他にもまだフィローネのレベルでは倒せない魔物がうじゃうじゃいる。
レベル的に倒せる侯爵の方が怖くない。
(睡眠薬もまだまだたくさんあるから逃げようと思えば簡単に逃げられるし)
フィローネはそんなことを思いつつ、侯爵に、彼にしか頼めないことのために深く頭を下げた。
「先ほどの無礼を謝罪いたします、侯爵さま。そして私は侯爵さまにとある願いを叶えていただくために危険を顧みずにここまで来ました」
「私がここに来ることは知っていただろうが、泊まっている場所までは知らなかったはずだ。女将はうちの騎士たちの監視下にいて誰かにその情報を漏らすタイミングはなかった。つまり君はほんとうに一人でここにたどり着いたというわけだ」
侯爵に椅子を勧められ、フィローネは大人しく椅子に座り彼の話を聞いていく。
「その歳でここまでの行動力とは。君の願いを聞く価値としては十分な対価だな」
「ありがとうございます」
「だが聞くだけだ。それを叶えるかはまだ分からない」
「構いません。聞いていただけるだけでも」
にこりと微笑みフィローネは再度頭を下げる。そして彼の許可を得て、フィローネは自身の願いを伝えた。
「私は父と母の3人で暮らしています。父は冒険者で、母は家事をしてくれています。裕福なわけではありませんが、3人で暮らす日々はとても平和で、楽しいものでした」
「しかしいまでは違うと?」
「はい。母が買い物に出かけた際、たまたまこの街にやってきていた子爵に見初められたのです。私たち平民は貴族には逆らえません。普通の貴族相手ならば、仕方がないことだと、諦めることしかできなかったと思います」
母親を見初めた貴族が子爵でなかったなら。フィローネや父親は運が悪かったと、そう思うことしかできなかったはずだ。しかしそうもできなかった。
「子爵の名はノックス。彼は数々の女性を虐げ、飽きたら殺す。そんな噂の絶えない相手でした」
「…………」
「もちろん噂は噂でしかありません。しかしここまで大々的に広まるとなれば、それは単なる噂と処理できるものではない。そんな相手に私は大切な家族を奪われたくないのです」
黙って侯爵は聞いているが、顔色は随分と険しい。こういう噂は貴族よりも平民の方が広がりやすい。
なぜならこういう被害者は大抵、平民ばかりだからだ。しかし平民は貴族に対して逆らえないため、噂ばかりが広がるだけだ。
「侯爵さま。私の家族を助けていただけるのなら、私は侯爵さまの力となりましょう」
「…………」
フィローネは叶えてほしい願いを伝えた。けれどなんの反応もなく、フィローネは不安になる。
(ここでだめなら、最悪は子爵を直接狙うしかない。今回のクエスト未達成のペナルティはお母さんの死。それだけは避けないといけない)
いくらクエストの指示とはいえ人を殺すことはしたくない。けれどそうしなくてはだめなのならば、フィローネは迷わずに子爵を手にかける。
そう思っていると、侯爵は徐に口を開いた。
「……交換条件として君が私の頼みを聞いてくれるなら、君の家族を助けよう」
「本当ですか?」
「ああ」
力になると言ったのは本当だ。だから侯爵の頼みを聞いて家族を助けてくれるのなら安いものだ。
「私に頼みとは何ですか?」
「簡単だ。君には私の養女となってほしい」
「養女……?」
「ああ。もちろん養女となった後にやってもらうことはあるが、今はそれだけだ」
具体的にやらされることを知らないのは不安になるが、持ち出された交換条件としては容易い。フィローネが達成するクエストよりも簡単だ。
「分かりました。侯爵さまの養女になりましょう」
「随分とあっさりしているな。親元を離れて暮らすことになる。しかも貴族社会に足を踏み入れるようになるんだ。怖くはないのか?」
その問いかけにフィローネは笑って答えた。
「私はそんなものよりもドラゴンのほうが、怖いので」
「は、そうだったな」
「はい。それに私が侯爵さまの養女になったとしても、お母さんたちは私の選ぶ道を応援してくれるはずですから」
そしてフィローネは侯爵とその場で養女となる契約を結んだ。それと同時に表示されていた画面には『クエスト達成』と表示され、フィローネはランダム報酬としてS級アイテム『人魚の涙』を獲得した。
(『人魚の涙』は錬金術の際に必要となる希少なアイテムだわ)
異空間にしまい、フィローネは養父となった侯爵とともに自分の住む家へと向かった。
フィローネは侯爵の養女になる代わりとして、子爵から母親を助けることができると大雑把に説明した。両親は自分たちのせいでフィローネに苦労をかけてしまったと責めていたが、ポジティブに考えれば侯爵の養女になったのだ。
貴族の仲間になり、贅沢な暮らしができる。
「───だからね、心配しないで。それに侯爵さまがここには定期的に帰って来れるように手配してくれるみたいだから、もう会えなくなるわけじゃない」
「フィローネ……」
「大丈夫だよ。だからお父さんもお母さんも、私のことを応援して」
2人に抱きしめてもらい、フィローネはその暖かさを深く記憶した。そして9年間暮らしていた家を去った。
そしてフィローネは新しい家になる侯爵家に着くと、自分のするべきことを説明された。
「私の家は代々王家に忠誠を誓う家門で、王家に仇なす輩を排除することが使命なんだ」
「……つまり私はそこに抜擢されたと?」
「そういうことだ。私にはもうすぐ成人する息子はいるんだが娘はいなくてね。社交界で広く顔を利かせるためには娘も欲しいなと思っていたんだ」
「分かりました。では私は侯爵さまの娘として、王家のために使命を果たします」
またしても簡単な話だった。フィローネのレベルを考えればその程度のことはなんの問題もない。
現にたった今、クエストとして『侯爵令嬢の振る舞いを身につけること』というものが表示された。礼儀作法に言葉遣い、勉学に護身術など多岐にわたるが1つの項目を達成すると、それごとに報酬がもらえる。
(護身術に関してはもう達成しているわ。言葉遣いも貴族特有の挨拶を覚えれば達成する)
全てを達成、つまり『侯爵令嬢の振る舞い身につけること』ができれば、フィローネは報酬としてこの侯爵家のなかの確固たる地位を得られる。
「さっそくだが明日から侯爵令嬢として勉学に励んでもらう」
「構いません。侯爵家の娘として、私は最大限の努力をします」
「ああ。期待しているよ」
本当に期待しているのか、していないのか。分からない表情と言い方。だけど別にいい。このクエストを達成すればフィローネは侯爵令嬢としての地位を固めることができるのだから。
(やるのなら全力で)
フィローネの最強を目指すことはまだ終わっていなかった。
生まれたときから貴族の人間とフィローネのように途中から貴族になるものでは教育に差が出るのは当然のことだ。しかしフィローネはクエストを利用し、侯爵家の誰もが驚くほどのスピードで全ての教育を終わらせた。
「こんなところにいたのか。探したぞ、フィローネ」
「ルドルフお兄さま。お早いお帰りですね。お母さまとお父さまは外出中です」
「知っている。それよりもフィローネはまた勉強か。偉いな」
「身につけた知識と技量は私を裏切らないので」
「その通りだな」
フィローネはクエストを達成すると報酬として侯爵家での確固たる地位を手入れた。養父の侯爵はフィローネを本当の娘のように接し、養母の侯爵夫人もフィローネを大切にしてくれている。
兄のルドルフとも初めはぎこちない関係だったが、いまでは本物の兄妹のようになった。
「そういえばレオンたちがまたフィローネの魔法を見てみたいとさ」
「あらあら。王太子殿下たちのご要望であれば、私はいつでも魔法をお見せしましょう」
「でもフィローネはあまり目立つのは嫌なんだろ?」
「苦手ではありますが、私たちは王家のために存在しているのですから。それに魔物討伐のときに周りに見られるのですから問題ありません」
フィローネはまだ一度も本気の姿を見せたことがない。剣術も魔法も勉学も。全て平均よりはできて、貴族としても申し分ない程度ではあるがその程度。これといって特筆すべき点もない。
それなのにこうして王太子たちに魔法を見せて欲しいと言われる理由はフィローネの魔法の扱いが単純に上手いから。少ない魔力で魔法を扱う技術が高い上に、奇抜な発想を思いつくため、よく魔法師団からも相談を受けている。
(『スターテス』)
フィローネはルドルフと話しながら今の自分のスターテスを確認した。
《スターテス》
名前:フィローネ・シェバルリア(13)
レベル:103
職業:大魔法使い、剣聖、大錬金術師、薬師、 鑑定師、暗殺者、聖魔女、精霊使い……ex.
MP:1,996,028/1,996,028
HP:276,194,284/276,194,284
スキル:剣術、体術、身体強化、魔法攻撃耐性、精神攻撃耐性、物理攻撃無効、毒無効、麻痺無効、魔力探知、隠密、自動治癒、空間……ex.
最近はようやくレベル100を超えたばかりだ。レベルが上がるにつれ、レベルは上がりにくくなり、魔物討伐ではないとレベルは上がらなくなっていた。
(レベルの上限ってあるのかしら。どこまでいけば最強といえるのか)
相変わらずフィローネにしか見えないこの画面のおかげでフィローネは強くなれた。
「じゃあレオンたちにそう伝えておくよ。それにしてもまだ13歳なのに俺の妹はすごいな。もう魔物討伐もできるなんて」
「お兄さまには負けますよ。王太子殿下の最側近で、学園では優秀な成績で卒業したと有名ですから」
「いいや、フィローネはすごいさ。俺たちは15歳、成人したときにようやく魔物討伐ができたんだからな」
18歳になるルドルフは次期侯爵ということもあり人気を集めているが、その理由は彼が優秀な魔剣士でもあるからだ。父親である侯爵も凄腕の魔剣士だが、ルドルフはその才能を受け継ぎ、今や王太子の最側近だ。
結婚するにはまだ早いが、婚約していてもいい年齢なのに誰とも婚約しないのはルドルフがシスコンになってしまったからだった。
(絶世の美男子と名高い王太子殿下と並んでも見劣りとしない外見をしているのにね)
もったいないと思ってしまいつつも、本人がそれでいいのならフィローネからは何も言うことはない。
「フィローネが学園に入学したらしばらく会えないのかあ」
「学園は強制ではないのでお父さまが通わなくてもいいと仰るなら私は通いません。私は魔物討伐してたいですから」
「可愛い見た目に反して武闘派とは信じられないよな。しかも俺も勝ったことがないし」
「たまたまですよ。また今度手合わせしましょう、お兄さま」
二人でのんびりとお茶会をして、温室で花を愛でて、ルドルフの剣の訓練を見て。今日も何事もなく平和に過ごしていた。家族揃って夕食を食べているときに侯爵から徐に話されたことがなければ。
「ち、父上もう一度言ってください」
「バルカン伯爵家の次男とフィローネの婚約話が上がってしまった……」
「バルカン伯爵家って、あの貴族派の!?」
「ああそうだ。どうやらフィローネが魔物討伐に参加していたとき、近くで彼も訓練として参加していたらしくてな」
「…………」
他人事のようにお肉を頬張り、今日も美味しいシェフの料理を食べる。
「だいたいうちとは仲が悪いって言うのにどうして」
「それほどまでに惚れたんだそうだ」
「惚れ……って、あんなやつと婚約させる気ですか?」
「落ち着きなさい、ルドルフ。あなたもどうして断らなかったのよ。悪い噂があるあの家に嫁がせるなんてできないわ」
グラスに注がれた水を飲み、またお肉を食べようと切り分けていると、クエストが発生した。
(……ふーん)
はむ、と食べながらクエストの内容を見ていく。なかなか難しそうなクエストだが面白そうだ。
今まで口を挟まなかったフィローネははっきりと告げた。
「その婚約をお受けします」
「「「!?」」」
「バルカン伯爵家でしたか? せっかくですし、婚約しましょうか」
その一言に侯爵家に衝撃が走る。
「ふぃ、フィローネ!? なにを言っているんだ!」
「そうよフィローネ。なにも嫌なら嫌と言えばいいのよ? あんな家なんかにはもったいないわ」
「お兄さまに言ってみるんだ! 俺がなんとしてでもフィローネを助けてやるから!」
フィローネ思いの彼らはすぐにそう言ってくれるが、この婚約はクエストのためだ。
「大丈夫です。いずれ婚約破棄するつもりですから」
「へ?」
「バルカン伯爵家はお母さまの言う通り、悪い噂があります。そしてそれは王家に仇なすことになるでしょう」
「ど、どういうことだフィローネ」
「バルカン伯爵家の財力は侯爵家とあまり変わらないものです。しかしそれはおかしい。だって領地の大きさから役職まで差があるのですから。では、なにで収入を得ているのか」
かく言うフィローネもクエストがなければ知らなかったことだ。
(バルカン伯爵家の財力は有名だったけど、商会を構えているからそこからだとばかり思っていたから)
考えてみると容易に想像もできそうなことだった。
「バルカン伯爵家は自分たちの商会を通して闇オークションを開催しているようです。そこには武器も、薬も、人間も」
「!!」
「しかし残念ながらお父さまたちがそれに気づいていなかったということは、伯爵家たちも証拠が残らないように手を回しています。そこで私の婚約です」
「……そこで証拠を掴もうということか」
「はい。どうせ婚約破棄するのですから婚約しても構いません」
フィローネは婚約なんてしてもしなくてもどうでもいい。レベルを上げる機会さえあれば。
「私の話が信じられないというのでしたら、調べてからでも大丈夫です」
「いや今までのフィローネの功績からそれはないと分かっているが……」
「私ばかりが損な役回りをしているとお考えですか? でもこれは私にとっても嬉しいことがあるので。ですからお父さま、先方の要求通り婚約しましょう」
フィローネはデザートを食べ切ると、一足先に部屋へと戻った。
そして次の日、フィローネはバルカン伯爵家の次男と婚約することが決まった。ルドルフは最後までごねていたようだが、フィローネが「今度ふたりで魔物討伐に行きましょう」と言うとコロッと元気になった。
そして婚約したことで以前のように王太子殿下たちとは頻繁に会うことはできなくなった。元々そこまで会っていた訳では無いが、いまでは偶然に王宮で会ったということでしか会えなくなっていた。
「お久しぶりです、王太子殿下」
「久しぶりだな、シェバルリア侯爵令嬢。半年ぶりか?」
「そうですね。私が14歳、殿下が19歳のとき最後に会って、私はつい先日誕生日を迎えたので15歳になりました」
「もうすぐ成人か。早いものだな」
王太子専用の温室に招かれ、フィローネは王太子とお茶会をしていた。
「聞いているぞ、またしても討伐で成果を上げたらしいな。ルドルフのやつが自慢していた」
「お兄さまったら。あくまで私は騎士たちの補助をしたまでです」
「令嬢はそう言うが、俺は思うんだ。令嬢はその気になれば一人ででも魔物を討伐できるんじゃないかとな」
「買いかぶりすぎです。それよりもお兄さまたちが早く殿下に婚約者ができないかと騒いでおりました。私としてはソルフェール公爵令嬢など、王妃として申し分ないかと思います」
王室御用達の紅茶を飲みながら、フィローネはそんなことを言う。しかし実際にルドルフは最側近として王太子に婚約者がいないことを心配していた。
(私としてはお兄さまに婚約者がいないことも心配だけれど)
残念ながらルドルフは恋愛に興味がない。そのためしばらく婚約者はできないというのが、侯爵家の考えだ。
しかし王太子の場合はちがう。彼が後継ぎを作らなければ王家はここで終わってしまう。分家筋から養子を迎えることもできるが、それでは勢力の均衡が崩れてしまうだろう。
「ソルフェール公爵令嬢は殿下と年齢が近いうえに公爵家という身分もあります。王妃としての素質もあり、申し分ないかと」
「令嬢も俺に婚約者を勧めてくるのか」
「嫌だと仰るのならご自分で見つけてくださいませ。殿下が選んだ相手なら皆が納得するでしょう」
お茶も飲み終わり、フィローネは席を立った。
「楽しい時間をありがとうございました」
「……俺は途中から楽しくなかった」
「それは申し訳ございません。ですが私も臣下として心配なのです」
「それは分かっている」
少し拗ねたような反応をする王太子を見ると、思わず笑ってしまいそうになる。まるで大きな犬だ。
「お早めにお相手を見つけてください。それではお時間も迫っているので私はここで失礼します」
「ああ、ありがとう。気をつけて帰ってくれ」
家に戻り、フィローネはクエストのために自室に篭もる。バルカン伯爵家と婚約してもう1年は経つというのに、まだ証拠が見つからないのだ。
「しっぽは簡単に掴ませてくれないか」
侯爵たちも水面下で調べているが、フィローネと同じく見つけられていない。だがフィローネとしてはあと一歩で掴めそうなのだ。
「最近では伯爵子息は男爵令嬢に熱を入れているみたいだから、最悪の場合それで婚約破棄できるけど……」
どうせなら全ての罪を暴いて報酬を全て貰いたい。
「あーあ、気分転換に魔物討伐にでも行こうかしら」
明日は暇だったはずだ。一人で森に籠り、思う存分にレベルを上げて帰ってこよう。
「とりあえず一から見直さないと」
集めた情報を整理し、事実と推測を分けていく。そして事実のみを集めてフィローネは伯爵家を断罪するため、クエスト達成のために紙に記していった。
* * *
そしてようやく伯爵家の証拠もみつけ、婚約破棄する確固たる理由も準備したなかで、フィローネの婚約者は愚かな行動に出てくれた。
「お前はシャルルが男爵家だからといって卑劣ないじめをしていたことは知っている!」
「…………」
「そんな性根の腐った相手と結婚なんてできるか! だから僕は可愛いシャルルと婚約するんだ!」
「…………」
「おい、聞いているのか!?」
フィローネは画面ばかりに気を取られ、すっかり彼の話なんて聞いていなかった。
「あ、ごめんなさい。聞いていませんでした」
「なっ!? いくらお前が侯爵令嬢だからといっても所詮は平民! この僕に逆らう気か!?」
「いいえ。それよりも婚約破棄の件ですね。もちろん構いません。お父さまからの了承も得ているので、この場で婚約破棄の手続きをしてしまいましょう」
フィローネの姿にその場にいた人たちはぽかんとしてしまう。それほどまでにフィローネの行動はあっさりとしていた。
「おま、お前は僕に婚約破棄されてもいいって言うのか!」
「そうですね。別にいいです」
フィローネはスキル異空間から婚約解消書を出した。そこには既にフィローネの名前が書かれてある。あとは本人であるバルカン伯爵令息・カルナンが署名すれば晴れてフィローネは解放される。
「! いったいどこから……」
「どうぞ。こちらに名前を書いてください」
「……っ、」
「どうしましたか? まさかこれだけ人が多くいる場で発言したというのに、取り消しなさるなんてことは───」
「ささっと紙をよこせ!」
フィローネはにこりと笑い、紙を差し出した。
「もちろんです。どうぞ」
なぜか悔しそうに署名している彼を眺めながら、フィローネはシャルルとかいう男爵令嬢を見た。彼女はフィローネに見つめられ、「ひっ」と悲鳴をあげた。
(初めて会ったというのに私が彼女をいじめていたなんて。そんなことに時間を割くはずがないわ)
彼女なんかを虐めている暇があるのならレベルを上げるためにクエストをこなしている。
「……書いたぞ」
「はい、ありがとうございます」
「だが、お前がシャルルにしたことは明かさなければならない! 覚悟するんだな」
受け取った書類を大事にしまうと、彼と向き合う。正直、こんなイソギンチャクのような相手と4年間も婚約を維持してきた自分を褒めたい。
(毎日お兄さまのような顔を見ていると、彼はもうイソギンチャクよね)
鑑定して彼のレベルを見てみるとなんと13。さすがに驚いてしまうほどの低さだ。
(そのへんの子どもの方がレベルは高いでしょうに)
思わずため息が出てしまうのは仕方が無い。しかしその行動が彼の神経を逆撫でしたらしい。
「っ、余裕を漕いでいられるのも今のうちだ! シャルルを虐めていた事実は消えないのだからな!」
「では私がどう彼女を虐めたのか教えてください。ご挨拶したことはないので初対面だと思うのですが、まあいいでしょう」
フィローネは時計を見るともうすぐパーティーの主役が入場してくることに気づいた。
「まずお前は、パーティーでシャルルを除け者にした! 仲間に入れなかったそうじゃないか!」
「……?」
「しかもお茶会ではシャルルを呼ばなかったようだな! 傷ついたシャルルが教えてくれたぞ!!」
どこから突っ込めばいいのか分からない。
「んん? えーっと、そちらの彼女を除け者にした、ということですか?」
「そうだ!!」
「失礼ですが、初対面の相手を誰からの紹介もなしにグループに入れることはないかと」
「ではお茶会に呼ばなかったのはどうしてだ!」
「え、だって知り合いじゃないですし。それに男爵令嬢の彼女では私の主催するお茶会に参加する資格がないので」
なにを当然のことなのにそんなに怒っているのだろうと首を傾げてしまう。そのとき、パーティーの主役たちが入場してきた。
このパーティーは魔物の大量侵略で功績を残した英雄たちのためのもの。もちろんそんな英雄のなかにはフィローネの兄であるルドルフもいる。
彼らの入場により、いったんこの会話は中断された。
「此度のパーティーは我らを救った英雄たちのために開かれたパーティーだ。皆、彼らを祝福してほしい」
彼らと共に入ってきた国王陛下の言葉でパーティーは本格的に始まった。そして事を知っているために真っ先にこちらに駆け寄ってきてくれたルドルフはフィローネを支えてくれた。
「大丈夫か、フィローネ。無事婚約破棄はできたのか?」
「はいもちろん。証書はこちらに」
「本物だな。ならあそこにいるやつとは赤の他人ってことか」
「そうなりますね」
2人でこしょこしょと話しているとカルナンは顔を真っ赤にしてこちらを指してきた。
「まだ話は終わっていないぞ!」
彼のせいで静まり返ったパーティーがせっかく賑やかになったというのに、また逆戻りだ。しかし国王陛下にはもしかしたらこうなるかもしれないと前もって話は通してあるため、恐らくこの場は大丈夫だろう。
「お話は終わったはずです。あれ以上どう話をすれば良いのですか?」
「シャルルではお前の主催するお茶会には合わないという発言は、彼女を貶めるものだ! 撤回しろ!」
「はあ、分かりました。申し訳ございません」
するとカルナンの背中に隠れていたシャルルは勝ち誇ったような笑み浮かべた。角度的にフィローネしか見れないが、あれが彼女の本性だ。
「失礼だが、フィローネが謝罪するようなことはなかったはずだが? それに謝罪するのはそちらの方だ。フィローネという婚約者がいながら浮気とは」
「っ、浮気ではない! 僕達は愛し合っているんだ」
「だとしてもフィローネは婚約者だったはずだ。それなのに別の女をエスコートするのは立派な浮気だ」
ルドルフはカルナンが浮気している事実を知ったとき、誰よりもフィローネのために怒ってくれた。だからその怒りは現場を目撃して、更にヒートアップしている。
「お兄さま、落ち着いてください。もう赤の他人にそこまで考える必要はないです」
「だが」
「それにバルカン伯爵子息である彼ににとっては最後のパーティーです。せっかくなのですから残り少ない時間を楽しんでもらわないと」
フィローネはそう言うと、ルドルフとともにその場を去る。ちらりと後ろを振り向くと、ルドルフの殺気に当てられ立ち竦んでいる姿が見えた。
そしてパーティーも終盤に差し掛かり、今回の英雄たちがそれぞれ、国王陛下に挨拶をし、その場で一人一人の願いを叶えてもらっていた。
「此度の活躍は聞いておる。実に見事であったとな」
「そのようなお言葉をいただけて感激です」
「して、シェバルリア侯爵子息はなにを望む?」
「妹の願いを叶えてください。望むことはそれだけです」
「それでは報酬にならんぞ。もっと欲を出して欲しいものだ」
「難しいですね」
「なら儂が勝手に決めてしまうぞ」
「ではそれでお願いします」
ルドルフは頭を下げたままそう答えると、国王は困ったように呟く。
「まったく。相変わらず欲がない。今回の討伐で最も大きな活躍を見せたそなたの妹も、欲がない」
「我々は王家に忠誠を誓う身ですから」
それだけを残すとルドルフは国王に一礼してフィローネの元へと戻った。もうすぐ本当のパーティーが始まる。
それまではせいぜい楽しんでいればいい。
最後の功労者の願いを聞き届けると、国王は 声を張り上げて告げた。
「此度の討伐において最も多大な功績を残したものがいる。皆に紹介しよう。フィローネ・シェバルリア侯爵令嬢だ」
国王の紹介に与り、フィローネは国王のもとに向かう。その途中で、招待客たちの顔を見てみると、実に愉快な顔をしている。
元婚約者の伯爵子息カルナンとシャルルという男爵令嬢もその一人だ。
そして臣下の礼をとり、頭を下げた。
「フィローネ・シェバルリアが国王陛下にご挨拶申し上げます」
「うむ。そなたの活躍は聞いておる。一人で上級の魔物であるグリフォンを討伐したとな」
「恐れ入ります」
単独でのグリフォン討伐。その一言にさらにざわめきは広がる。
「そなたはなにを望む。地位か、財産か、はたまたそれ以外か」
「私が陛下に望むことはただ一つ。この場を借りて、王家に仇なすものを見せしめにすることをお許しください」
フィローネはこんなことを国王と言い合っているが、事前打ち合わせで全ては知っている。これから起こることがなんなのかも、全て知らせていた。
「王家に仇なすもの、か」
「はい。お許しいただけるのであれば、シェバルリア侯爵家の一員として陛下のために行動しましょう」
「うむ、それがそなたの望みであるであれば許そう」
「ありがとうございます」
舞台は整った。
フィローネはスキル異空間からバルカン伯爵家の闇を記した書類を取り出した。それを国王へと献上する。
「……ここに書かれていることは真であるか」
「はい。事実でございます」
「今すぐにバルカン伯爵家の者を捕らえよ!」
国王の指示のもと、騎士たちは素早く動く。そして事態を見ていたカルナンは意味が分からないというふうに捕らえられた。この場に来ていない伯爵夫妻も向かわされた騎士たちにより捕らえられてしまうだろう。
引きづられてやってきたカルナンの瞳には困惑とフィローネへの憎悪がありありと宿っていた。
「っ、お前の仕業だな、フィローネ! 僕にこんな真似をしていいと思っているのか!?」
「そうは言われても、バルカン伯爵家が王家に仇なすことをしていたことは紛れもない事実です」
知らないとは言わせない。だってカルナンも闇オークションの場にいたのだから。
「何かの間違いだ!」
「いいえ。王家に仕える隠密部隊及び侯爵家の精鋭たちが確認済みです」
「お、王家の隠密って……」
「そうです。国王陛下直属の部下。つまりはじめからこのパーティーはあなたたちを断罪するための余興に過ぎない」
本来ならばあの魔物の大量侵略もフィローネのレベルであれば容易に片が付いた。しかしわざわざ英雄という面倒な肩書きを得てまでこのパーティーを開催してもらったのは他でもなく、王家に仇なす貴族たちを処罰するためだ。
「では今から皆さんにバルカン伯爵家の行ないをご周知いただきましょう」
フィローネは歌でも歌うかのように軽やかに彼らの悪行を話していく。聞いている招待客たちは信じられないような目でカルナンを見ているが、中には顔を青ざめている者もいる。
もちろん王家に仇なす貴族たちはバルカン伯爵家だけではない。彼らはせいぜいトカゲのしっぽだ。本体は見つからなくとも、そのしっぽとしっぽにくっつく寄生虫くらいは処罰するつもりだ。
(でもまずはしっぽを切り落とさないと、ね?)
フィローネはカルナンに近づき、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「まだまだお話はありますが、どうですか? 今ここで認めておいた方がいいと思いますよ?」
「そんな話は事実無根だ!」
「ではあなたが、あちらのシャルルさん? と闇オークションに出入りしていたのは嘘だと?」
「ああもちろんそうだ! 僕たちがそんなところに行くはずがない!」
「んー、ですがシャルルさんの付けていらっしゃるブローチ。あれは闇オークションの商品ですよね?」
スキル鑑定を使えば出処などすぐに分かる。しかもあのブローチは古くから王族派の懐刀として広まっているウェルトン伯爵家の亡き当主が愛用していた品だ。
数年前にそのブローチをなくしたと噂で聞いたことがあったが、まさかこんなところにあったとはさすがのフィローネも予想外だった。
「ち、違う! あれは街の装飾店で買ったものだ!」
「嘘はつかない方がよろしいかと。私に嘘は通じません。それにそのブローチはウェルトン伯爵家のものでは?」
「は……?」
「まさか知らずに落札したと? ウェルトン伯爵さま、失礼でなければご確認いただけますか?」
フィローネはシャルルに近寄り、胸もとに付けられたブローチを外す。その際にシャルルは暴れたがレベル差がありすぎる。
フィローネは難なくブローチを外した。
そしてそれをウェルトン伯爵へと渡した。
「こちらです。恐らく先代のウェルトン伯爵さまはウェルトン前伯爵夫人のイニシャルを刻んでいたと思われます」
「確かに父からはそう聞いている」
「では裏面のほうを」
ブローチを裏返し、下に刻まれた小さなイニシャルを見せる。そこに『W.A.』とある。
「どうです? 私の記憶違いでなければ前伯爵夫人のお名前は『アデライン』さまだったかと」
「間違いない……。これは父のものだ」
「嘘を言うな! それは街で買ったものだ!」
「嘘ではありませんよ。なぜならこのブローチにはウェルトン伯爵家の直系が触れると、赤く美しい色をしていたブローチが青く輝くのですから」
「なっ……!?」
このブローチは一種の魔法具だ。スキル鑑定によるとこのブローチは前伯爵夫妻の思い出が封じられているもの。ロックが掛かっている状態であれば赤色に、ロックが解除されれば青色になる。
(家族のみに思い出を残したいという夫妻の思い入れが分かるわ)
青く変化したブローチからは伯爵夫妻の楽しそうな思い出が溢れている。
「さて、これを見ても街で買ったものだと? だとしたら街の商人は一体どこから仕入れたのかを確認しなければなりません」
「……わ、私は関係ないわ! 彼に連れられて行っただけなの! だから、だから……!」
「あら自白をありがとうございます。素直に話してくれたのであなたへの尋問は免除しましょう」
シャルルの自白により顔を青ざめながら喚き散らすカルナンへと視線を移す。
「まあ、正直ここであなたが闇オークションに行ったかどうかの論争はどうでもいいのです」
「僕は行ってない!」
「陛下の隠密部隊からの報告も上がっている上でのその発言はさすがに頭が下がります。先程も言いましたが、これは見せしめ。闇オークションに行ったかなど些細なことです」
スキル殺気を発動し、フィローネはうるさく騒ぐ伯爵子息を黙らせる。ルドルフの殺気で立ち竦んでいたのだ。それよりもレベルの高いフィローネの殺気を浴びて完全に萎縮している。
「あ、あ……」
「あなた方の罪はもう知れ渡っている。つまりあなたの行先は暗い闇の中しかないのです。そんなあなたたちに私が求めることはただ一つ」
バッと扇を開き、静かに見下ろした。
「あなたのお仲間にこの悲惨な現状を教えてあげてください。大きな恐怖を感じ、是非とも残りの順番待ちをしている方々にも感じていただきたいの」
「あ、あ、……」
「最後に。私と婚約して下さり、ありがとうございました。おかげで(クエストが発生し)あなた方の罪を知ることができましたから。シェバルリア侯爵家のひとりとして、これほど喜ばしいことはありません」
フィローネの殺気に当てられ気を失ったカルナンを運び出すように騎士たちに伝え、フィローネはその場で謝罪をした。
「せっかく陛下が私たちのためにパーティーを開いてくださったのに、このような形にしてしまい申し訳ございません」
「よい。儂も令嬢のおかげで王家が救われた。礼を言う」
「もったいないお言葉でございます。私はシェバルリアのものとして、行動したまで。これからも陛下のために、私はこの力を振るいましょう」
その瞬間、補足クエストの達成が表示された。
補足クエストの内容は国王からの信頼を得ることと、残りの王家に仇なす貴族たちに宣戦布告すること。
その両方が満たされたことでフィローネに与えられた補足クエストはフィローネのレベルを上げ、新たなスキル『夢見の力』を手に入れた。
「これで私の陛下に望むお願いごとは終わりになります」
「うむ。ご苦労であった」
フィローネの力を周知した王族派と貴族派。王族派にとっては大きな味方を手に入れ、貴族派は警戒すべき敵が現れた。
そしてバルカン伯爵家に手を貸していた貴族派の子爵や男爵たちは今ごろ震えているだろう。いずれ自分たちもフィローネによって断罪されるのだから。
「これもクエストだから手は抜かないわ。せいぜい諦めて私の報酬となってちょうだいな」
ぼそりと呟いたフィローネ。その言葉は誰も聞いていないし、聞こえていない。しかし当の彼らはヒヤリと冷たいものが背中に流れた。
* * *
「あらまたクエストだわ」
あのパーティーから早一ヶ月。フィローネはバルカン伯爵家とそこに寄生していた貴族連中を片っ端から片付けていた。
しかし息抜きということで兄のルドルフと剣の模擬試合をしているときにピコンと画面に表示された。
(アンデッドの討伐ね。報酬はアンデッドの持つ宝玉……って、錬金術の材料!!)
ルドルフの剣を軽々と避けながらフィローネは報酬に目を輝かせた。そして思わず力加減を間違えてしまい、ルドルフを思い切り吹っ飛ばしてしまった。
「うわあっ!」
「あ! ごめんなさいお兄さま!」
慌てて駆け寄り治癒を施す。職業に聖魔女があるフィローネは治癒など朝飯前だ。
「いたた……」
「ごめんなさい。よそ見をしていたら……」
「大丈夫だ。俺が受け身を取れなかったのが悪い。それよりもフィローネが俺をぶっ飛ばすなんて珍しいな」
「どうやら森の中でアンデッドが発生したようです。恐らく何十年も前かに森に埋められた死体から生まれたものかと。まだ森の奥にいるので被害が出る前に討伐してきますね」
タイミング良く動きやすい服装なため、このまま向かおうとするフィローネをルドルフは止めた。
「アンデッドは不死だ。核を破壊としないと討伐できない。さすがにフィローネでも危険な討伐になる。レオンに連絡するからそれまで待つんだ」
「アンデッドの移動速度は遅いので間に合うと思いますが。お兄さま、私、自分の力を試してみたいのです」
「……とか言って一人で心置きなく討伐してきたいだけだろ!」
「だってその方が早く終わりますよ。お忘れですか。私が討伐に一度も失敗したことがないことを」
フィローネは魔物の討伐において一度も怪我をしたことがない無敗の女王だ。そんな彼女に心配など無用なのだ。
「知っているが……」
「では行ってきますね!」
「あ、ちょっとま───」
ルドルフの制止を聞かずにフィローネは転移魔法を発動させ、その場から一瞬にして消えた。
きっとフィローネのことだからなにごともなかったかのように帰ってきて、またしても無敗の伝説を紡ぐのだろう。
「まったく。また俺がレオンに怒られるのかよ」
誰よりも強いフィローネ。その強さの全てをこの国の誰もがまだ知らない。しかしそんな彼女に魅入られた人間はたくさんいるのだ。
「ま、兄として半端なやつに妹をやるわけにはいかないからな。レオンなら及第点ということで大目に見てやるか」
やれやれと肩を竦めながら、ルドルフは自身の仕える王太子であるレオンのもとに行き、フィローネが魔物討伐に向かったことを知らせるのであった。




