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ニートの惑星〜危険な誘惑〜

「その惑星には決して近づくな。その進路は危険だ。」

「なぜです?航行マニュアルには書いてない……。あ、不時着します。磁場が……」

「あ、あーあー。知らないぞ。あーあ。あーあ。」


惑星ニート。

人類が宇宙進出して幾星霜、あるときたどり着いた星は、ニートの惑星だった。

人類に酷似した種族はみなニートで、かれらは決して働かなかった。


「地球人よ、なぜ働くのか?と問われているようだ。外に出ると頭がおかしくなる。ニートまみれで」

開拓艦TANAKA、総合メンテナンス部・田中は頭を抱えた。同じくジョーンズもうなずいた。

「かれらは働かない……質問すらも許されない。かれらは労働に心理的な負担がある。心身の疾患にちがいない。」

「しかし、みんなニートだ。」

「やはり我々が異端だ、ということか……。」


ほぼ遭難に近く不時着した開拓艦TANAKAは、惑星ニートの赤道と自転軸から45度くらいのある一点に停泊していた。

惑星ニートには海がない。大気はあるが風もなく、夜もない。いつも3つの少し遠いところにある太陽により、つねに暖かく、明るい。

知的生物ははるか昔に入植した移民の末裔の元・地球人ばかり。あとの生物は植物とすこしの虫や両生類、魚類のようなものくらい。


少し地面を掘れば、なにもないすこしの空洞や、食べ物や布などの素材代わりになる植物、きれいな水たまりなどがいくらでもある。

つまり、食べるにも、寝るにも困らない。着るにも住むにも困らず、薄暗い空洞から不定期に人々は這い出してきていた。家族がいるものは少なく、子供も大人も好きなときに好きなように暮らしていた。

「名前?……アンジェリカでいいかな。」

日本人顔の日本語話者、自称アンジェリカは言った。花びらのようなものを組み合わせた鮮やかなワンピースを着ている。小学生くらいに見えるが、年齢はわからないらしい。

「こんな星、暇だから大変だよ。食べ物は甘いバナナみたいなやつばかりだし、水も地面掘らないと見つからないし。ちょっと土が爪に入るし。」

「それだけ?ほかにやることはないのか」

「やること?空を見て、太陽何個あったか数えて、足りなかったら寂しくて泣いたりもするけど……たまに、走り回ったり。村に行って人と話したり。」

「なんだそれは。もういい。」

「ふーん」

アンジェリカは興味なさそうに地面を掘り始めた。ジョーンズはあたりを見渡した。

「なにもないな、ここは。」

「……。」

「ここで暮らすのは、何世代あとの元・地球人なんだ?」

「……。」

「アンジェリカ!こたえたらどうだ?」

「え?なんだ、わたしに話しかけてたの?」

「他に誰がいる。」

「……数キロ先に、村があるけど。なんなの。うっとおしいし、怒らないでよ。どっか行って。」

「怒ってなかったんだが。」

「ふーん……村ならあっちだよ。みんな好きなときに寝てるから、起こしちゃダメだよ。」

「わかった。」

アンジェリカはバナナのような果物を食べ始めた。皮はそのへんに捨てた。そして、あくびをすると、穴を掘った。さっき掘った、べつの穴の中の湧き水で口と手をすすぐ。

「おやすみー」

アンジェリカは狭くて薄暗い穴を見つけると、そこに入って横になったようだった。


ジョーンズはしばらくして、宇宙艦にもどった。

「へんな星だ。だれもコミュニケーションを重視しない。勉強も仕事もしない。しかし不便もしておらず、友達は喧嘩するからいらない、仕事なくても生きられる、勉強も不要で、子供のころから一人で暮らせるという。」

ジョーンズは頭を振った。

「さらに、地形に変化がなく、地の利がほぼない。悪人や苦手なやつがいても、走っていれば相手が面倒くさくなって逃げ切れる。ゆえにだれもチームすら組まない。」と田中。

「犯罪がゼロ、ではないだろう。しかし、やる必要がない。人同士の問題は、基本的には、生活上の同じところを共有したり、奪い合うほどに不足するなどの不都合からくる。その点ここにはそんな問題はない。犯罪者は生まれながらの狂人くらいだろうな。」

「警察もないし、弱いものが襲われたらひとたまりもないが……」

「いくらかは仕方ないのだろう。まるでここは人間だった野生のシカたちが暮らす自然保護区だ。奈良公園だ。」

「なるほど。」

「アンジェリカのように、村の人々もまた、だれも自分たちに問題を感じないようだ」

ジョーンズは村も一回りしていた。しかし村は、アンジェリカと変わらない暮らしをするいくらかの人々が集まった、生活用の穴だらけの場所だった。人々は空を眺めるか、食事か睡眠くらいしかしていなかった。

ジョーンズは非常に苛立っていた。気晴らしに稼働している映像システムを娯楽アーカイブにつなぎ、映画を観て戻ってきた。

「何を見たんだ?」と田中。

「2000年前後の地球のものばかりだ。」

「古すぎる。」

「なんとなくだ」

「ここの人々にも見せたいか?労働や義務から逃れられない人々をえがいた作品を」

「べつに。理解できないだろう」

「そうか」

田中は立ち上がり、食事をとりにいった。辛いカップラーメンのようだ。ジョーンズは顔をしかめた。

「前に見つけた、遭難した船のやつだな。体に悪いぞ。いつのかわからんし」

「いいんだ。惑星ニートの人には、きっと毒だろうね」

「おまえにもだ。田中、健康に気を使え」

「気にするなよ」

田中はカップラーメンをすすった。室内に辛い匂いが充満した。

「うまい!」

すると、開拓艦TANAKAの艦内にアナウンスが響いた。

「現在漂着中の惑星より、お客様です。外から、艦内の方をお呼び出しされているようです」

「おれが行こう」

ジョーンズは立ち上がった。田中はうなずいた。

「頼むよ。」


「ちょっと来てくれませんか」

と、年齢不詳の男性。巨大な袋状の花をかぶったような紫のワンピースを、腰辺りで縛っている。

「お見せしたいものがあるんですよ。わたしも不時着してから、住み着いたクチなんですがね」

年齢不詳の男性はうきうきとうれしそうに、地下の穴を潜っていく。人が立って歩けるくらいの下り坂は、だんだんしっかりした階段になっていく。

「これは……」

ジョーンズは息を呑んだ。

「等身大のガ○ダムです。かっこいいでしょう。あ、足元にわたしの乗ってきた宇宙船が。ボロいから見ないでください。」

「すごい」

ガ○ダムのフィギュアは、巨大な穴の上から見下ろすぶんにも壮観だった。素材もなにもかも、どこから仕入れたかはわからないが、塗装からは花の香りがした。

「動くのか、これ」

「動かすには、ちょっと技術力が……。あなたの力をお借りできませんか」

「内部システムメンテナンスは仕事だが……わたしはそういう専門ではない。すまない。」

ジョーンズは首を横に振った。男性は残念そうにしていた。

「ところで、文明社会に戻る気は?あなたの技術なら、きっと今の時代でも活躍が……」

「いいんですよ、わたしは。困ってませんから。」


「で、なんの意味もない趣味の自作フィギュアを見せられて帰ってきただけ?」

田中は苦笑した。

「無意味すらも気合いが入っている。さすが、惑星ニート。」

ジョーンズはうなった。


田中とジョーンズは、しばらくしたら自分たちの働いて暮らす星に戻ったが、やがて退職したり、家族を連れたりして戻ってきた。

たいして抜きん出た特産品もなく、気候環境はいいが風景にも面白みはなく、宇宙国家同士の取り合いに挟まれるような条件はとくにない、惑星ニートは辺境の田舎のようだった。

惑星ニートに移住すると聞くと、田中やジョーンズの同僚たちはからかったり、怒ったりした。

「お前らは社会のクズだ」

「まあ、いいじゃないか。やりたいことやってるだけ、やりたくないこともやらないだけさ。」

「なんのおかげで成り立ってると思ってるんだ。惑星ニートも、最初の入植者がテラフォーミングに成功したからあんな環境があるわけで……もし宇宙社会とのつながりをもつ気も薄れたまま、救難信号レベルの危機を感じたらどうするんだ。一応地球連盟が保護監視役を担わされてはいるが、惑星ニートなんてなんにもない星、わざわざ保護するために出向いてはくれないぞ」

「その時はその時さ。死ぬならそれでいい」

「ニートめ……末期の……。だから、惑星ニート周辺は危険なんだ。でかい磁場のある星のせいで不時着しやすいというのに、近づくから……」

ジョーンズの同僚は呆れたようにため息をつくと、ぶつぶつ言いながら立ち去った。

ジョーンズはあとから来た田中と笑いあった。覇気のない、気の抜けた、しかし悩みもない、生ぬるい笑みだった。


お読みいただきありがとうございました。

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