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おばさん聖女は若い王子にキュンしてる場合ではない〜婚約破棄されたから、自由気ままにガーデニングを楽しみたいと思います〜

作者: 天もち

「クゥコ・サンドレア。お前との婚約を破棄する!」


 はい?

 

 と、私は瞳を瞬いた。

 ここは舞踏会の会場。  

 今日は貴族たちが王都の誕生祭を祝う日である。

 そんな時に、急に何を言い出すのさ??


「僕を誑かし、正妻になろうとは不届きな輩だ!」


 私があなたを誑かしたぁ?

 いえいえ、そんなことはしませんよ。

 なにせ、この婚約はあなたから激しくお願いされた約束だったのだから。

 今でも思い出すよ、あの土下座。


『クゥコさん! あなたは僕の天使だ! どうか婚約してください!』


 私は35歳だよ? 王子は25歳。10歳も歳の離れたおばさんの私がさ、王子を誑かしてどうしようってのさ。


 王族の偉いさんが、聖女の優秀な力が欲しいって言うから、王子を含めて、その部下たちも土下座までするからさ、已む無く婚約をしたんであって、決して私の意思じゃないんだって。


 しかし、会場は大騒ぎ。

 みんなが私を白い目で見つめる。


「えーー。嫌だわ。穢らわしい」

「財産目当てね」

「おばさん聖女って嫌ねぇえ」


 うわぁ……。もう言い訳する気にもなれない。おばさんの私が聖女をしてるんだって、キチンと意味があるんだけどなぁ。


 王子の高笑いが会場に響く。


「ははは! お前みたいなババア、誰が好きになるかよ!」


 えええーー!?

 2人っきりの時は、美人だ綺麗だ、君こそ僕の天使! と、胸焼けするほど言ってくれていたのに、この変わりようはどういうことよ?


「聖女のくせに国を乗っ取ろうだなんて、とんでもない悪党だ」


 あのねぇ。そんなこと微塵も考えてないって。


「それに比べれば君は天使だよエルランゼ」


 て、天使ぃ? 

 その言葉、前にも聞いたぞ??


 彼の後ろには若い女が立っていた。

 煌びやかなピンク色の髪に、白磁のように美しい肌。瞳は大きく、エメラルドのように煌めいて、そのまつ毛のボリュームは豊作の稲穂のように揺れていた。加えて、男が好きそうな大きな胸である。


 ああ、なんとわかりやすい。

 めちゃくちゃ可愛い子。

 要するに、私の代わりが見つかったのね。それで、婚約者の私が邪魔になったから、適当な言い訳をして別れようって寸法か。公然で発表するのも、変な噂を全て私の責任にするためだろう。 

 私に土下座して婚約を頼んだことを完璧に反故にしたいんだ。


「嫌だわ。もっさい黒髪ぃ。聖女で黒髪とか終わってますわね。それに真っ黒い瞳とかさ、気持ち悪いにも程がありますわ。オホホホホ!」


 まぁ、確かに黒髪の聖女は少ないだろうけどさ。

 この黒髪は結構、気にいってるんだよね。それに黒い瞳は、周りが焦げ茶色でさ。そこまで黒くはないんだけどね。案外、シックでいいもんだよ。

  

「ああ、君の言う通りだよエルランゼ。黒い髪に黒い瞳。本当に気持ちが悪い」

「プフゥッ! ゼルド王子ぃ、おばさんがこっち睨んでるぅ。(あたし)怖いんだけどぉ」

「安心おし、エルランゼ。愛しの我が天使。君は僕が守ってみせる」


 えーーと、私は何を見せられているのだろうか?


「クゥコ! お前は国外追放だ! 2度とこの国に戻ることは許さん!」

「あはは! いい気味ですわ! 王子を騙そうとした報いを受けるのね!!」


 ああ、もうどう話せばいいのやら。

 王子との婚約は、別に私が望んだことじゃなくて、私の身分的にどうしようもなく、回避不可能だったから引き受けた事案なのよね。

 だから、婚約破棄と言われても、『あ、やった、ラッキー!』みたいな感覚なんだけども。国に対して謀反を企てた汚名を着せられてるのが、どうにも納得いかないのよね……。


「出てけババア!」

「あはは! さよならおばさん!」


 うう。

 なんか酷い言われようだなぁ。


 そんな訳で、私は荷物をまとめて、国外追放になってしまいました。

 荷物と言っても、僅かな着替えと食料だけ。聖女職で蓄えた財産は全て没収。謂わば、女の身一つで王都の外に出た訳であります。


 振り返ると王都の外壁が見える。それは緑のシダに覆われてとても美しい。


「ああ、美しい国だったなぁ……」


 王都は緑が豊かだった。

 

 街を埋め尽くす美しい植物たち……。

 実った葉は光り輝く。四季折々の花をつけて、本当に綺麗なんだ……。

 

 ……まぁ、全部、私が生やしたんだけどさ。







〜〜エルランゼ視点〜〜


 (あたし)の名前はエルランゼ・シフォン。

 今日から新しい大聖女よ。ふふん♡


ーー大聖堂ーー


「え!? 大聖女様が追放!?」


 と、聖女たちは慌てる。


「まぁ、落ち着きなさいよ。犯罪者クゥコの代わりは(あたし)がやるからさ。フフン」


「し、しかし……。大聖女クゥコ様のお力は相当な御加護だったのですが?」


「うっさいわね! (あたし)は第一王子の許嫁なのよ! そんな(あたし)に楯突いたらただじゃおかないわよ!?」


「「「 ヒィーーッ!! 」」」


「フン! まぁ、そう怖がらないでよ。隣国のエリート聖女とは(あたし)のことなんだからさ!」


「「「 は、はぁ……。し、しかし、大聖女クゥコ様がいなくなるなんて…… 」」」


 やれやれ。

 冴えない聖女たちねぇ。

 あんなババアのことをありがたがってんだから。


「まぁ、これからは、若い者が時代を作っていくもんなのよ! あんなババアは忘れてさ。(あたし)に協力しなさい!」


「は、はい……わかりました。では早速、聖樹に 魔源力(マナ)の注力をお願いします」


 聖樹育成の儀ね。

 半年に一度の形式的な儀式。

 小さな苗木に 魔源力(マナ)を注いで、ピカピカと輝かせたら、周りはありがたがって喜ぶんだ。

 あれって光量が重要なのよね。

 (あたし)は強烈に光らせることができる。

 聖女たちは(あたし)のことを羨望の眼差しで見つめるんだ。


「フフン。任せなさい」


 新しい大聖女の活躍を見せてやるわよ。


 しかし、祭壇に生えている木は見上げるほど高く、その幹は象の尻の如く太かった。


「はい?」


「では、お願いいたします。大聖女様」


「あ……。あの……。こ、これ何?」


「何って……聖樹ですが?」


「ふ、太すぎない?」


「ええ。千年聖樹ですから」


 せ、千年んん!?

 隣国では1年聖樹の細い苗木に 魔源力(マナ)を注ぎ込む形式的な儀式だったんだけど……。


「あの……。これやらないとダメ?」


「勿論です! この国は千年聖樹のご加護で成り立っているのですから」


「聖樹育成の儀は、ただの形式でしょ?」


「いえいえ。ここ、王都グランリストは地下水を用いて飲み水としております。地下水は魔水と呼ばれ呪われております。この聖樹はその地下水の濾過に大きく貢献していますからね。聖樹が枯れれば飲み水は枯渇し、王都は滅んでしまいますよ」


「そ、そうなんだ……」


「ではお願いいたします」


「や、やるわよ! やればいいんでしょ! 見てないさい!」


 (あたし) 魔源力(マナ)を見せてあげるわ!

 これがエリート聖女の力なんだから!


「み、見なさい! ひ、光ってるわよ! 聖樹がぁあ!!」


 しかし、聖女たちは他の仕事をしていた。


 なんで見ないのよッ!!


 3時間後。


 (あたし)は心身ともに疲れ果てた。

 内在する全ての 魔源力(マナ)を使い切ったと言ってもいい。


「はぁ……。はぁ……。お、驚いたかしら? こ、こ、これが、あ、あ、(あたし)の力よ……」


「ご苦労様です。続いて、新人聖女の育成をお願いいたします」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよね! 少しくらいは休憩させなさいよ!」


「はぁ……。しかし、時間が押しておりますが?」


「時間が押すぅ? どういうことよ?」


「以前の大聖女様なら、5分でやってしまわれたお仕事ですからね」


「ご、5分ですってぇえええええ!?」


 し、信じられないわ。

 あのババアがやってたっていうの!?


「新人育成の次は、街に咲く植物たちに癒しの加護を。続いて、孤児院の視察。下水道関連の衛生環境改善会議への参加……」


「ちょ、ちょっとちょっと! どこまで仕事をさせる気よ!?」


「はぁ……。クゥコ様ならサラリと熟されておりましたが?」


「んぐ……」

 

 ……ま、まぁいいか。

 今日は、たまたま聖樹育成の儀式に当たってしまったから、体力がなくなっただけね。

 隣国でも半年に一回程度の形式的な儀式だったし、今日さえ乗りこなせば、後はどうとでもなるか。


 まずはチャチャっと片付けちゃおう。

 エリート聖女の実力を見せつけてやるわ!


「で、新人聖女の育成ってどんなことを教えていたの?」


 部下の聖女は、高く積み上げられた分厚い教材の山を見せた。


「ど、どの本が新人聖女の教本なのよ?」


「これ全部ですね」


「はいぃいいい!?」


「ですから全部です」


「な、何百冊あると思ってんのよ! こんなのベテラン聖女でも読めないっての!」


「はぁ……。クゥコ様は後世の育成には相当な力を入れておりましたよ。早く引退したいと言っておられましたので」


 何よその理由!


「自分が引退して楽したいだなんてクソババアの理屈ね!」


「あ、いえ。そうではなくてですね」


「じゃあ、どういう意味だってのよ!?」


「誰もできないのですよ」


「何が?」


「毎日のルーティーンがです」


「一体、なんのことよ?」


「いえ、ですから。さきほどエルランゼ様にやっていただいた聖樹育成の儀でございますよ。毎日、千年聖樹に 魔源力(マナ)を注ぎ込み。かつ、大聖女の仕事を熟すなんて、私たちではとても務まらなかったのでございます」


「……え?」


 い、今、毎日って言ったぁ??


「い、育成の儀式は半年に一回なんでしょ?」


「いえ。毎日ですよ」


 毎日ぃいいいいいいいいいいいい!?

 無理無理無理ぃいいいいいい!?

 

「あんなの毎日やって馬車馬のように働いてたら死ぬわよ!!」


「あはは。ですから、クゥコ様は後世の育成に尽力されていたのです」


 (あたし)の眼前には分厚い書物の山が聳え立つ。


 ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいい……。








〜〜クゥコ視点〜〜


「遠いわねぇ」


 私は隣国のホワイトリアに向かって草原を歩いていた。

 飲み水がなく、遠い旅路となれば、すぐに行き倒れてしまうだろう。

 ましてや、か弱い女の身であれば尚更である。


 でも、


「私はそうはならないんだな」


 便利な魔法があるからね。

 私だけが使える植物を操る魔法。その名は 植物創生(プランマキナ)


「大地の精霊よ。豊穣の恵、我とあらん」


 すると教会の鐘の音がどこからともなくカラーンカラーンと鳴り響き、大地が光り輝く。


植物創生(プランマキナ) プラントハウス」


 その声と同時に、ニョキニョキと緑の蔦が生え始めて、やがてそれは大きな木となった。


「うん。良い感じ」


 イメージどおりね。


 木の根っこには扉が付いている。

 そこを開けると階段があって、登ると上階は部屋になっていた。


「ベッドもあるし、申し分ないわ」


 窓から見えるのは、大きな木の実。プランフルーツ。その中身は甘い果汁とたっぷりの水分。

 少し酸味もあって、飽きずに飲める。


「ふふふ。快適快適」


 私はベッドに寝転んだ。


「ふぅ……」


 今日は随分歩いたな……。

 ダイエットには良いけどさ。


 歩いて隣国に行くのは大変だ。

 お金があれば馬車を使えるんだけどな。あいにく、財産は没収されちゃって無一文。

 そんな私に何かができるお金もなく……。何かができる……。


「あ、そうか。プランフルーツを売ればいいんだ!」


 次の日。

 

 私は早速、道行く行商人を捕まえて、プランフルーツを売ることにした。


「おらぁ。こんなうめぇ果物、初めて食うだよ」


「良ければ、それを買ってくれませんか?」


「おう買う買う! 全部買うだよ」


「ありがとうございます。それではこのお金で隣国まで馬車に乗せてもらえないでしょうか?」


「ははは。なんだや、水臭ぇ。そったらこと金なんか必要ねぇだ。ホワイトリアっつたらオラの通り道だっぺよ。ただで乗せてやるから気にすんな」


「ありがとうございます!」


「うはぁ! オラ、あんたみたいなべっぴんさんと旅ができるならこげな嬉しいことはねぇだよ」


 ははは……。おばさんだけどね。


「おらぁ、俄然やる気が出てきたっぺよ! はいやーー!」


「あはは。あ、安全運転でお願いします」


「まかしときな! はいやーーはいやーー!」

 

 私は馬車に揺られて隣国へと辿り着いたのだった。


 行商人のおじさんは更に遠い国に行くというのでここでお別れである。


「クゥコちゃん! また困ったことがあったらこのタゴサックを頼るべぇよ! んじゃあな!」


「ええ。とても助かりました。また、ご縁があればよろしくお願いいたします。タゴサックさんの商いに幸あることを」


「クゥコちゃんは本当にべっぴんさんなやぁ。別れるのが名残惜しいでよぉッ!!」


 タゴサックさんは、まるで自分の勇姿を見せつけるかの如く、「はいやーはいやー」と馬車を走らせて去って行った。


 ふふふ。お世辞ばっかり言う人だったけど、良い人だったな。


「さて……」


 と、見上げる眼前には要塞の様な巨大都市。

 王都ホワイトリア。


 鉄壁の外壁で一切の敵を寄せ付けない。

 難攻不落の平和都市。

 内政は安定して、治安は良好。人々は仲良く暮らしているらしい。

 

 ……なんだけど。


 真っ白い外壁は美しいけれど、どうにも殺風景。

 防衛には長けているようだけど、何かが足りないのよね……。


「うーーん。緑が無さすぎる……」


 やっぱり植物は癒しよねぇ。


 入国審査は商人として通った。


 職業が聖女だったのは伏せた方が良さそうなのよね。

 国外追放されたことを知られたらなんだか厄介そう。


 商人の心得はタゴサックさんから勉強させてもらったからな。

 この街でプランフルーツは売れるだろうか? ドキドキするけど期待感の方が勝っている。

 ふふふ。新しい人生って、なんだかワクワクしちゃうわね。


 街を歩く。


 道はレンガが敷き詰められて大層見栄えが良い。

 でも、うーーん。

 やっぱり殺風景ね。

 街の中にはまったく植物がないわ。

 

「花が見たいな……」

 

 と、そこに聞こえてきたのが女の泣き声。


「えーーーーーーーーん!!」


 エプロンを着た女の子。

 20歳くらいだろうか。

 なぜか号泣している。


「どうしたの?」


「店のお花が全部枯れちゃったんですぅうう!」


「ああ。ここ花屋だったんだ……」


 店には大きな看板がある。

 【花屋ハッピーナナン】と表記されていた。


 店内は茶色に枯れた植物に囲まれていた。

 どうやら、この茶色の物が全て花のようだ。

 葉っぱを見ると、たくさんの小さな虫が付いている。

 

「ワタリマハクイムシだ。害虫の影響を受けたのね」


「うう……。こんな害虫見たことありません」


「色んな大地を風とともに行き来する珍しい害虫なのよ。現れるのは100年に1度とも言われているわ。対策は植物に魔法結界を張るしか方法はないみたいね」


「うう……。お詳しいですね……。でも、そんなことがわかったところでどうしようもありませんよ。だ、だって、枯れちゃったんですからぁあああ! うぇえええええん!!」


 よし。

 丁度、花を見たかったのよね。


「大地の精霊よ。豊穣の再生、我とあらん」


カラーーン、カラーーン。


「あ、あれ? なんか教会の鐘の音が聞こえる……」


植物創生(プランマキナ) リプロプラン」


 私の文言と共に、枯れた花々は光に包まれる。

 瞬く間に再生をし始めた。


「え? ええええええ??」


 赤、青、黄色、白にピンク。

 うん。花っていつ見ても癒されるわぁ。


「はわわわわわわぁああああ! は、花が戻っちゃいましたよぉおおおお!?」


「植物再生の魔法を使ったのよ」


「わはーーーー! あなたは命の恩人ですぅううう!!」


 と、私に抱きつく。


「凄いです! 凄すぎですぅうう! 私、こんな凄い魔法は見たことがありませんんん!!」


 ははは。大袈裟だな。


「ああああ……。こんなにしていただいたのに、私にはあなたに払える大金がありあません……。うう……。このご恩、どうしたらいいでしょうかぁあ?」


「別にいいわよ。こんなの無料で」


「えええええ! あ、あなたは女神様ですかぁあああ!?」


 うーーん。

 以前は聖女職だったからな。

 無奉仕なんて当たり前なんだ。


 あーー、でもこれからはお金を稼がないといけないのよねぇ……。


「せめて、せめてお茶でもぉおお」


 と言うので、店の奥でお茶をいただくことにした。


 互いに自己紹介をする。

 彼女の名はナナリア・リリアメート。

 この小さな花屋を経営している店長らしい。

 22歳で自分の店を持つなんて大したもんだ。


「大したことはないんです。亡くなった両親の店を継いだだけですから」


「じゃあ、ナナリアさんは一人暮らしですか?」


「はい。でも寂しくなんかないんですよ。大好きな花に囲まれた毎日だったので、えへへ」


 ああ、じゃあ、本当に運が良かった。

 花が枯れたんじゃ、彼女の生き甲斐を奪うようなもんだ。


「……でも、どうしましょう。あの害虫は、また付く可能性があるんですよね?」


「そうですね。魔法の結界を張らないと付いてしまいますね」


「うう……。そんな魔法を使える魔法使いはこの国にいませんよ。いたとしても膨大なお金を取られてしまいますぅうう。ああ……廃業のピンチぃいいい……」


 ふむ。

 それは確かに深刻だ。

 よし、計画を変更してみよう。

 この国でプランフルーツを売る予定だったけど、


「ナナリアさん。もし宜しければ、私を雇いませんか?」


「ほぇ?」


「私が店員になれば、いつでも結界が張れますよ」


「ええええ!? そ、それは凄いですぅう! で、でもでもぉ。私の店に人を雇えるほどの甲斐性はありません。私一人が食べていくのが精一杯で……」


「うーーん。じゃあ、3食と住む場所を提供してくれたら、給料はいらないですよ?」


「え? そ、そんな格安でいいんですか? 部屋は一杯余ってますし、食べ物も豊富なんです」


「じゃあ、利害の一致ですね」


「で、でもでもぉお! クゥコさん、凄くお綺麗だし、凄い魔法が使えるしぃ、ほ、本当に私なんかの花屋で働いてもいいんですか??」


「ははは。店長はお世辞が上手いですね」


「お、お世辞なんかではありません!」


「では、ナナリアさん。今後ともよろしくお願いいたします」


「ほえぇえ!? そ、そんな畏まられても困りますぅう! 私は随分と年下なので、せめて呼び捨てで、敬語なんてやめてくださいぃい!」


「んーー。じゃあ、ナナちゃんって呼ばせてもらおうかな」


「えへへ。それでお願いします。クゥコさんって頼り甲斐がありそうですね」


「ははは。おばさんだからね。歳の功はそれなりにあるかもね」


「ははは」


「では、改めて、ナナちゃん。よろしくね」


「あ! よ、よろしくお願いしま」


ゴンッ!


 と、テーブルで額を打つ。


「痛ぁああ!!」

「大丈夫? 頭下げすぎよ」

「あはは。だ、大丈夫です」


 ふふふ。

 随分とおっちょこちょいな子だな。でも、優しそうでなにより。


 こうして、私はナナちゃんの花屋で働くことになった。

 彼女はとにかく優しい子で、居心地は最高である。

 料理は交代制になったのだけど、私が作る物より彼女が作った食事の方が断然美味しい。どうやら、料理は得意みたい。

 まぁ、


「熱ぢぃ! 火傷じまじだぁ!」


ちょっとドジではあるけどね。

 でも、そんなところも含めてとても可愛い子だ。

 なにか困ったことがあると直ぐに、


「クゥコさん、クゥコさん」


 と頼ってくる。

 そして、感動も分かち合う。


「クゥコさん、見てくださいこの花ぁ!」


 私たちは随分と気が合う様だ。

 まるで、生き別れた妹みたいな感覚である。


 そして、彼女の家の裏には庭があって、綺麗な植物がそこかしこに植えてある。

 そのセンスは見事なもので、なんとも私好み。

 私たちは綺麗な植物に囲まれて、毎日が幸せだ。


 害虫問題は私の魔法があるので問題なし。

 順風満帆とはこのことか。

 最高の新生活となった。









 クゥコの生活が安定している、そんなある日。

 

 一人の男と高齢の執事が街を歩いていた。


「カイン様! 気軽に出歩かれては危険でございますよ」


「大丈夫だって。公に出てんのは兄様なんだからさ。顔なんかバレないよ」


「し、しかし。あなたはホワイトリアの第二王子であらせられるのですぞ」


「だから、貴族の格好で誤魔化してんじゃん。あ、美味そうな串焼きだ。食べようぜ」


「ちょ、王子ぃ!」


「俺はカイン男爵だっての」


「まったく……」


 2人は肉の串焼きを食べながら歩く。


「私の分まで買ってくださるなんて、なんてお優しい……。うう……」


「当然だろ。1人で食べるなんて味気ないんだからさ」


「では、歩きながらお仕事の話をしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、頼むよ」


 と、執事は内政について話し始めた。

 どうやら、この国の重要な政治については、彼に一任されているようです。

 カインは、執事の提示する問題に次々に指示を出した。


「続いて、環境省の美観問題なのですが……」


「美観?」


「はい。王都の景観に携わる問題でございます。主に公園の苗木や、街路樹を増やすことですな」


「ああ、そんなことか。王都の治安とは関係ないよね」


「……ええ、まぁ。そうでございますな」


「じゃあ、任す」


「え?」


「環境大臣に一任するよ。俺は植物なんかに微塵も興味ないからさ」


「左様でございますか。では、環境大臣にそのように伝えます」


 2人の足は花屋の前を通った。

 あの、クゥコが働いている花屋ハッピーナナンである。

 カインは嘲笑するように鼻でため息。


「フ……。こういう花って女は好きなんだよな。まったく良さがわからんや」


 と、彼は立ち止まる。

 眼前にはクゥコの姿があった。


ボトン……。


 と、肉の串を落とす。


「ああ、カイン様もったいない! カ、カイン様??」


「はぁ………………………」


「カ、カイン様??」


「……………………………」


「どうされました王子??」


「……………………………」


 彼の顔は真っ赤に火照り、その目はクゥコの姿に釘付けだった。



 

 ☆




〜〜クゥコ視点〜〜


 花の水やりはマメに行う。

 これは花屋の鉄則だ。


 そんな時、桶の水が腕に付いた。

 その水は肌に吸い込まれる様に消える。


「うーーむ……弾かない」


「どうしたんです、クゥコさん、え、ちょ、ちょっと……」


 ナナちゃんの腕に水滴を乗せてみる。


「うわぁ……。乗っかってるぅ」


「どういう意味ですか?」


 水を弾くピチピチ肌。


「若いっていいわねぇ……」


「あはは。何言ってるんですか! クゥコさんは私なんかより100倍は綺麗なんだからぁ! 本当に羨ましいですよぉ!」


「この肌の張りだけはどうしようもないのよねぇ。やっぱり私はおばさんだわ」


「んもう。おばさん、おばさんって、それ嫌味にしか聞こえませんよ? 見た目は私と大差ないんですからぁ!」


「だってぇ、お肌が水を吸っちゃうんだもん」


「そんなこと大した問題じゃありませんよ」


「大問題よ! その若さ頂戴!?」


「えええ!?」


「お前の若さを食ってやるぅうう!!」


「きゃーー♡ 食べられちゃう♡」


「えーーい! このこのぉ!」


「あはは。こそばいです! やめてくださいクゥコさん! あはははは♡」


「んもう! ナナちゃんってば可愛んだからぁ!!」


「あははは♡」


 と、そこへ客が一人。

 若い男が私たちの前に立っていた。


 しまった! 

 ナナちゃんとイチャイチャしているのを見られた。


 私は直ぐに取り繕う。


「い、いらしゃいませ!」


 男は美しい金髪で、眉はキリリと細く、その目は鋭く勇ましかった。

 歳は10代かな? 20代でもまだ前半だろう。


 格好は貴族っぽいけど、首元からチラリと見える鎖骨と、捲った袖から見える筋肉質の腕から細マッチョなのが伺える。

 その背は私なんかより随分と高い。

 さぞや、女子にモテるだろう。


 ああ、なんか凄いイケメンが来たな……。


 しかし、イケメンは真っ赤な顔で私の前に立つだけ。


 なんで何も言わないんだろう?


「あの……。本日はどういったご要望でしょうか?」


 と、聞くと、彼は後ろを向いて呟く。


「声も超可愛いんだけど……」


 ん?

 なんて言ったかよく聞こえなかったな。


「……お客様、ですよね?」


「……」


「ここは花屋ハッピーナナンですが?」


「あ、ああ……」


「花のご所望を?」


「あ、えーーと、じゃあ、薔薇をください……」


「えーーと、お幾つ必要でしょうか?」


「……え? ああ……。じゃあ10本」


 ははぁん。

 さては好きな人がいるな。

 その人のことを考えて顔を赤らめていたんだ。

 さしずめ、この薔薇はその人に向けたプレゼントだろう。


「はい。ではこちらが薔薇の花束です。素敵なプレゼントになるといいですね」


 花束の代金は執事のお爺さんが払ってくれた。

 彼はその花束を受け取ると、おもむろに、私の腕に乗せた。


「え? 何か気になるところでも?」


 包装は綺麗にできたし、何も問題はないはず。


「プレゼント」


「え? え??」


「あ、あなたに、あげます」


「ちょ、はい??」


「じゃあ、俺はこれで……」


 そう言ってフラフラと去って行く。

 その歩き方は酩酊して心ここにあらずといった感じ。


 酔ってるのか?


「え? ちょっと、困ります! お客様!」


 彼は執事の用意した豪奢な馬車に乗って去って行った。


 ええええ?

 これどういう意味ぃいい??


「クゥコさん! それは愛の告白ですよ!!」


 と、ナナちゃんは目をキラキラと輝かせる。


「単なる酔っ払いでしょ。そういうのはないってぇ」


 そう、こんなおばさんに、そんな甘いロマンスはないのだ。


「いいえ。お酒の臭いなんかしませんでしたからね! 絶対にクゥコさんが目当てですよぉ! そもそも、クゥコさんがこの店で働くようになってから男性客が増えたんですからぁ♡」


 そういえば……。男客が多いな……。


「でもねぇ……。あの人、相当若かったよ?」


「恋に歳の差なんてありませんよ♡ あの方はきっと立派な貴族ですよ。平民の私たちにはご縁のない方です。これは玉の輿ですよ! うふふ」


「あのねぇ……」

 

 うーーん。

 イケメンの貴族が私なんかにプレゼントはないかな。

 あ! もしかして、


「この薔薇ってナナちゃんにじゃない?」


「え?」


「だってそうでしょ? 年の近い若者同士ってお似合いじゃない!」


「いや、絶対違いますよ」


「いや、そうよ! そうに決まってるわ! きっと恥ずかしくて私に渡してしまったのよ!」


 うんうん!

 若者同士、青春を謳歌すればいいのよ。

 おばさんは、ひっそりと2人の愛が育むように祈っているわ!


 翌日。


 彼は白いタキシードに身を包んで現れた。


「昨日はいきなり驚かせてすいませんでした」


「あ、ナナちゃんね。ナナちゃんでしょう!」


 んもう。めかしこんじゃってぇ。

 デートにでも誘う気かしら?


「ふふふ。今、店長をお呼びしますからね」


「あ、いえ」


「はい?」


「あ、あなたに……」


「ほえ?」


「あなたに会いに来たんです」


 わ た し か い !


「あの……。私なんかに何のご用で?」


「えーーと……。俺はカインデルザ・ルーゼといいます。男爵をしています」


「は、はぁ……。そんな方が花屋の女になんのご用でしょうか?」


「あ、あなたのことが知りたくてここにやって参りました」


「私はクゥコ・サンドレア。しがない花屋の庶民です」


 彼は真っ赤な顔で俯くと小さな声で呟く。


「クゥコさんか……。素敵な名前だ」


 しかし、小さな声で聞き取れない。

 何をブツブツと?


「で、カインデルザ様は私に何用でしょうか?」


「敬語はやめてください。みんなからはカインと呼ばれていますから」


「でも男爵様を呼び捨てにはできませんよ」


「俺の歳は20です。クゥコさんは俺より年上だと思うので、敬語はおかしいと思います」


「いや、でもぉ……」


 20歳って超若いじゃない。

 私は35歳なのよ。なんなら親子ほどの年齢差よ。

 でも、貴族にタメ口はなぁ……。


「俺、クゥコさんと仲良くなりたいんです!」


「な、なんで!?」


「ひ……」


 と言って顔を赤らめた。




「一目惚れなんです!!」




 えええええええええええええええ!?

 じゃあ、昨日の薔薇は私にだったのぉおおおお!?


 で、でもでも、私とあなたとじゃあ親子ほどの歳の差がぁあ!




「その長く艶やかな黒髪も、黒い瞳も。白く美しい肌も、透き通った可愛い声も、全部……。あなたの全てが好きなんです!」





 きゅん……。



 じゃなぁあああい!

 きゅん、してる場合じゃなぁあい!


「あ、あのねぇ! おばさんを揶揄うのは辞めてちょうだい! 私が何歳に見えてるか知らないけどね。私は35歳なのよ! あなたとは随分離れてるんだからぁ!」


「ええええ!? 見えないです!!」


「よく言われるわよ。でもね! そんなお世辞は聞き飽きたのよ! こんなおばさんに冗談言ってないで帰ってください!!」


「お世辞じゃないです。本心ですよ。俺は真面目です。こんな気持ちになったのは初めてなんですから」


 と、幸せそうな顔を見せる。

 その瞳はキラキラと輝いて、幸福に満ちていた。


 そ、そんな目で私を見るなよぉ……。


「とにかくね……。えーーと……。もう、カイン君って呼ばせてもらうけどさ。私を揶揄うのはやめてよね」


「揶揄ってませんよ。今日は食事に誘いに来たんですから」


 食事ぃ?

 無理無理絶対無理だって。

 こんな歳の差で何話せばいいってのよ?

 ジェネレーションギャップが凄いんだってば。


「あは! いいじゃないですかクゥコさん。店は私に任せて2人で楽しんできたら♡」

「あ、あのねナナちゃん。私は彼と仲良くなる気なんてないんだからね!」

「んもう! 何言ってるんですか! こんなチャンス2度とないかもですよ! 玉の輿です玉の輿ぃ♡」


 はぁ、やれやれ。

 ナナちゃんには、私が婚約破棄になった隣国の聖女であることは伏せている。

 だから、行き遅れた独身女に見えるのだろう。


 もう、男は懲り懲りなのよね。

 振り回されるのはごめんだ。


「あ、あの……。ごめんね。今日は忙しいからさ。食事には行けないわ」


「あーー大丈夫です! こっちは全然、忙しくありませんからねぇ!」


「ちょっとナナちゃん!」


「いいからいいからぁ♡」


「んもう!」


 と、いうわけで、私はカインくんと昼食を食べることになってしまった。

 

 入った店は豪華なレストラン。

 完全に貸切である。

 私たちは景色の綺麗なテラス席で食事をすることになった。


 うーーん。

 貴族ってお金持ってんだなぁ……。

 こんな立派なレストランを貸し切っちゃうんだから。


 2人っきりで食事ってことは、私の過去とか根掘り葉掘り聞かれるんだろうか?


 などと思っていると、そんなことはなく。

 彼はただ上機嫌なだけ。

 美味しい料理を丁寧に薦めてくれて、質問といったら食事の好き嫌いとか。

 そんな必要最低限の会話だけである。

 それでも、目が合うと、最高の笑みをこちらに返してくれる。


 うーーん。

 なんだか調子が狂っちゃうなぁ……。勿論、いい意味でだけど。


「ねぇ。こんなおばさんと食事なんて楽しい?」


 彼は初めて不機嫌そうな表情を見せた。


「おばさんは禁句です。クゥコさんはおばさんじゃないですから」


 きゅん……。


 うう……。素直に嬉しい。



 クゥコの生活が順調に進む中、彼女を追放した王都グランリストでは大変な事態に陥っていた。


「何ィイ!? 聖樹が枯れるだとぉお!?」


 と、ゼルド王子は目を丸くする。

 聖樹の管理は第一王子である彼の管轄なのである。


「エルランゼ。これは一体どういうことなんだ?」


 彼女は目の下にクマを作り、美しいピンク色の髪は輝きを失っていた。


「ど、どうしたもないわよ。あんな大きな聖樹に毎日 魔源力(マナ)を注ぎ込んでいたら死んでしまうわ!」


「し、しかし、それが大聖女の仕事だろう?」


(あたし)に死んで欲しいの!?」


「ま、まさかぁ! 僕の天使は君だけさ」


「だったら、あの聖樹は諦めて!」


「どういうことだ!? も、もしかして、 魔源力(マナ)を注いでいないのか?」


「もう身体の限界なのよ!」


「い、一体、何日注いでいないんだ?」


「さぁね。1週間くらいかしら?」


「い、1週間だと!? 聖樹が枯れれば王都の飲み水は無くなってしまうのだぞ!?」


「仕方ないでしょ! 大聖女の仕事は他にも山のようにあるんだからぁ!!」


「ほ、他の聖女は 魔源力(マナ)を注がないのか!?」


「やってるわよ。でも、足りないのよ。圧倒的にね」


「い、今まではどうやっていたんだ!?」


「クゥコよ。あのババアが、1人で聖樹を育ててたのよ!」


「何ィイイイイイッ!?」


 驚愕の事実が発覚する。

 王子は滝のように汗を飛散させた。


「まずい! 絶対にまずい! こんなことが父上に知れたら、国王の第一継承権は即座に剥奪だぞぉ」


「え? あなたが国王になるのは確定だったんじゃないの?」


「それは王都の平和を維持できたらの話だよ! 聖樹が枯れれば王都はパニックだ!」


「水くらい隣国から買えばいいじゃない」


「そんな無駄な出費が出せるか!」


「じゃ、じゃあどうするのよ?」


「……ク、クゥコに戻って来てもらうしかないな」


「え〜〜。(あたし)は嫌よ。あんなババアが戻るのは」


「そんなこと言ってる場合かぁ!」


「でも、戻って来ないんじゃないかしら? 舞踏会では相当に恥をかかせてしまったもの」


「フ、フフフ。そうでもないさ」


「あら、何か策があるのかしら?」


「彼女は僕に未練があるのさ」


「あら、それって彼女の恋心を利用するってことかしら?」


「フフフ。そういうことさ。直ぐに戻って来るように手紙を書こう」


「まぁ! 女を誑かすなんて悪い人♡ (あたし)のことは騙さないでくださいね」


「そんなことする訳ないだろう。君は僕の天使なんだからさ」


「大聖堂の噂では、クゥコは隣国のホワイトリアに入国したらしいですわよ」


「よし。彼女が僕の元へ飛んで来るような内容にしようか」


「戻って来たらどうしますの?」


「監禁して一生、聖樹育成の儀でこき使ってやるのさ」


「まぁ悪い人♡ でも、あんなババアにはそれがお似合いかもしれませんわね。ウフフ」


 ゼルド王子は意気揚々と筆を走らせるのだった。







〜〜クゥコ視点〜〜


 数日が経つ。

 カインくんは毎日、花屋に顔を出した。


「えっと……。俺、花に興味があって……」


 初耳ぃ。


「それ、本当?」


「ほ、本当です!」


「じゃあ好きな花の種類を3つ教えてくれる?」


「えーーと、バ、薔薇と……。ユ、百合と……。……薔薇です!」


 もう、絶対興味ないじゃん。

 花の名前を捻り出すのに一苦労。薔薇なんか2回言ってるし。


「う、植え方とか教えて欲しいんです。クゥコさんに!」


 ああ、なんかあからさまに理由を作って私に会いに来たんだなぁ。

 もう、なんか凄まじく可愛いよ……。


 そういえば、


「花って、カインくんのお屋敷に植えるの?」


「え!? あ、そ、そうです……」


「カイン君って私を食事に誘ってくれるけどさ。家には招待してくれたことないよね。あ、別に2人きりってわけじゃなくてさ。ナナちゃんと3人とかさ。みんなで食事とか楽しいじゃん。さぞや素敵な屋敷なんだろうなぁって、よくナナちゃんと話してんのよね。フフフ」


「あ、えーーと。お、俺の家ですか? た、大したことはないです」


 ?


 なんか挙動がおかしいな?

 私たちを屋敷に呼びたくないのかな?


「ク、クゥコさん! これ、なんて名前の花ですか? 白と黄色の花びらで綺麗です!」


「……ロダンの花だけど」


「じゃあロダンの花の植え方を教えてください!」


 うーーん。気になるなぁ。







〜〜カイン視点〜〜


 ああ、クゥコさんは素敵だ。

 素敵すぎる。

 こんな素敵な女性は、俺の人生において現れることはないだろう。

 彼女の一挙一動。性格、思考。何もかもが愛おしい。

 そして、何よりあの笑顔!

 あの笑みは輝くんだ。まるで空に浮かぶ太陽のよう。

 はぁ〜〜。もう、ため息しか出ない。


「爺。もう限界だ。彼女を城に招待する」


「え? クゥコ様は平民ですぞ?」


「そんなこと、俺にとっては関係ないさ」


「しかし、平民を城に入れるなど、周りの王族がなんというか……」


「ははは。そんなの関係ないって。俺の手腕を知らないわけじゃないだろう? 俺にかかれば王族を納得させるなんて朝飯前さ」


「確かに。王子の実力ならば簡単な事案でございますね。しかし……」


「何か問題があるか?」


「そんなことをすれば、彼女に王子の正体がバレてしまいます」


「いいよ。父上に紹介したいからね。彼女ならきっと父上も気に入るさ」


「本気なのでございますね……」


「当然だろう。彼女の全てが俺の好み、ど真ん中なんだからさ!」


 たまに見せるSっ気のあるジョークもたまらなく可愛い。もう、めちゃくちゃキュートなんだ。うう、あの可愛い声で意地悪されて喜ばない男がいるだろうか? ああ、もう声が聞きたい。また、会いたくなってきた。


「よし、今から招待状を書こう! 彼女の為に城内で舞踏会を開くんだ! ナナさんと一緒に誘えば簡単に来てくれるはずだ!」


「お、王子……」


「なんだ、爺。止めても無駄だぞ。俺がこんなにも女性に夢中になるなんて初めてなんだからな!」


「それはもう重々承知しているのでございます。しかし、今はタイミングが悪うございます」


 タイミングだと?


「……何かあったのか?」


「実は城内に、国家転覆を謀る裏切り者がいるという情報が入ったのでございます」


「……何者だ?」


「現在、それを調査中でございます」


国王(ちちうえ)の命を狙っているのか?」


「……おそらく。王族に関係する全ての者がターゲットになるかと」


「す、全ての者……。つまり、俺の周囲にいる者の命も狙われるということか」


「この件が落ち着くまではクゥコ様に王子の正体を知らせるのは危険かと」


「くぅ! タイミングが悪すぎる!」


「会うのはあくまでお忍びで。正体を明かすのは問題が解決してからでございますな」


 ……仕方ない。

 それまでは絶対に正体を隠さなければ!







〜〜クゥコ視点〜〜


 ある日。

 ナナちゃんと2人で買い物をしていると、立て看板を見かけた。

 それは王族からメッセージが貼り付けてある。

 周囲は人で溢れ返り、騒ついていた。


「何、書いてんでしょうね? 私は背が低くて見えないんですよね。クゥコさん見えますか?」


「えーーと、何々……『周辺国で罪を犯した者は、国外追放する!』 ですって」


「へぇ、急に罪人の取り締まりですかぁ。城内でなんかあったんでしょうかね?」


「本当ねーー。でも、私たちは花屋だもん。関係ないわよね」


「あはは。本当ですね。私たちは平和そのものです♡」


 ん?

 いや、待てよ。

 周辺国って書いてあるぞ!?


 よくよく考えたら、私は隣国のグランリストで王子を騙して国家転覆を謀ろうとした罪人だったんだ!


 該当してるぅ!!

 思いっきり私が当てはまってるぅーー!!

 

 追放聖女なんてバレたら、ホワイトリアも追放されちゃうわ!!


「あれ? クゥコさん、なんか汗かいてます? 疲れました?」


「な、な、な、なんでもないわよ。あははは」

 

 無実の罪だけど、伝えたって信じてくれないわよね。

 ぜ、絶対に隠し通さなきゃ……。







 クゥコとカイン王子には、それぞれ話せない事情が生まれていた。


 そんな中。

 カイン王子が誘ったいつものランチで、クゥコは何気ない会話をした。勿論、彼女は彼のことを男爵と思い込んでいる。


「そういえばさ。男爵ってどんな仕事をしてるの?」


「え……」

(まずいな。第二王子として国の内政を回しているとはとても言えないぞ。俺が王子とバレれば、クゥコさんの命が危ないからな。しかし、嘘をつくのは忍びないんだ)


「大したことはしてません。王族から罪人狩りを申し付けられているだけです」


「ざ、罪人狩りぃ??」


「今、城内には国家転覆を謀る悪者が潜んでいるらしいのです。不穏分子を排除する為に国内の罪人は勿論のこと、国外でも罪を犯した罪人を追放する施策が取られているんですよ。ほら、街の看板、見ませんでしたか?」


「み、見たけどぉ……」


「あれです。俺の仕事」

(うん! 嘘はついてない! 好きな人に嘘をつくのって本当に辛いからな)


「国外で犯罪を犯した者が、我が国に逃げ潜んでいる可能性があるんです。俺は王族に頼まれて、そんな者を取り締まる仕事をしているんです」


「そ、そうなんだ。大変な仕事ね……」


 と、お茶を啜る。


 その仕草にカイン王子の胸は、きゅんと締め付けられた。


(んぐ、可愛い!! なんかいつもと雰囲気の違う飲み方だ! お茶を申し訳なさそうに飲む仕草、めちゃくちゃ可愛いんだけど!! くぅうう知りたい! クゥコさんのことをもっともっと知りたい! 旅の商人だったらしいけど、どこから来たんだろう? どんな生活をしていたんだろう? でも、彼女、あんまり、過去のことは話したがらないんだよな。うう。聞いちゃうと嫌われるかな? ああ、でも知りたい。ううう、ダメだ。我慢できない)


「あ、あのクゥコさん」


「な、何?」


「前の生活はどうでしたか?」


「え!? ま、前の……」


(おばさんだけど聖女してましたーー。なんて気軽に言えないわよね。それを言ったらカイン君に捕まっちゃう。私の内情が発覚すれば、ホワイトリアを国外追放よ。そうなったら、折角仲良くなったカイン君とも、ナナちゃんともお別れよ。ううう。絶対に言えないわ。ああ、でも友達に嘘はつきたくない……)


「商人の仕事でね。えーーと、プランフルーツっていう果物を売っていたの」

(嘘はついてないのよーー! 一時だけだけど、商人の真似事はしてたんだから)


「そ、そうですか……」

(果物の話は前も聞いたっけ……。やっぱり、過去の話はしたがらないな)


「あ! えーーと、カイン君の屋敷の話しをしようよ! ナナちゃんも興味津々なんだからぁ」


「屋敷!?」

(いかん! 俺が住んでいるのは王都の中に聳え立つ城なんだ。内情を話せば身分がバレてしまう!)


「仕事が忙しくて屋敷には戻れていません」


「そ、そう……」

(仕事って罪人狩りよね……。怖ぁ。話題変えよう)


「こ、ここのケーキって美味しいわよね?」


「そ、それ、俺も思ってました!」


「あ! うんうん、私もそう思ってたぁ!!」


「ケーキですよね!」

「そう、ケーキよ!」


「「 あはははーー! 」」


 こうして、2人の思惑をよそに、楽しいランチの時間は過ぎるのだった。







〜〜クゥコ視点〜〜


 罪人狩りの話が出てから数日。


 私の正体がバレる兆しは微塵もなく。

 なんだかんだと平和な日々を過ごしている。


 まぁ、そもそも、私は悪いことをした覚えはなく、無実なんだから。やましい事は何もしていないのよ。

 堂々と新生活を謳歌すればいい。

 グランリストのことなんか早く忘れたいわ。


 そんな風に思っていると、一通の手紙が届く。


「私に……手紙?」


「はい。クゥコさん宛になってますね」


 宛先は……。

 げっ! ゼルド王子。


 一体、何が書かれてるんだ?





 愛しのクゥコ。

 元気にしているかい? 

 あれから日が経ち、君が隣国ホワイトリアで新たな生活をしていると、風の噂で聞きました。


 日が経つにつれて、君の偉大さに気がつく毎日。僕は本当にバカだった。

 君の魅力に気がつかないなんて! 


 バカバカ、僕のバカ! 


 失って初めて気がついたよ。君ほど素敵な女性はいないと。

 君は王都一、いや大陸一の素敵な女性だ。


 こんなことを言える身分ではないけれど、君に対する僕の愛は完全に復活した。

 その愛は、以前より数十、いや数百倍にも増しているだろう。

 もしも、ほんの少し、砂の一粒程度でもいい、僕のことを、まだ好きでいてくれるのなら……戻って来て欲しい。     


 僕の……いや、僕たちの国。王都グランリストへ。


 愛しの天使へ。







 ……はぁ?

 何この手紙?

 あんたがいる国に、2度と戻るわけがないじゃない。


「クゥコさん。カインさんが食事を誘いにご来店ですよ♡」


「あ、うん。今行きます」


「手紙は何が書いていたんですか?」


 私はさっきの手紙をグシャグシャに丸めた。

 ゴミ箱へ、ポイっだ。


「あれ? 今のは手紙だったんじゃあ?」


 と目を丸くする。




「手紙じゃないわ。ただのゴミ屑よ」


 


 店を出ると、馬車の前でスーツ姿のカイン君が待っていた。


「こんにちは♪」


「クゥコさん……。今日もお綺麗です」


「褒めたって何も出ませんからね」


「何もいりませんよ。あなたがいれば、ね」


 きゅん……。


「って、な、な、何をサラッと言ってんのよぉ!! 最近は照れがないわよ! 初々しさが感じられない!!」


「ははは。クゥコさんのことがわかってきましたからね」


「ぶぅ。ちょっと余裕あるのは腹が立つわ」


「うう。膨れっ面も可愛いです」


「んもぉ! おばさんを揶揄うなぁ!」


「むむ。それは禁句って言いましたよね! クゥコさんはおばさんじゃない!」


 きゅん……。


 じゃなぁあいッ!!


「歳上を揶揄うなぁーー!!」


 私の声は快晴の空に響いた。


 馬車の車窓から街を眺めると、そこいら中に花が植えられていることに気が付く。


 あれ?

 街並みが明るくなったような……。

 随分と緑が増えたな。

 王族の政治が変わったのかな?

 

 あ、あの花ってカイン君に植え方を教えたロダンの花だ。


 白と黄色の花びらが美しい。

 

 ふふふ。やっぱり花は良いな。

 今日も素敵な日だ。




おしまい。

ご愛読ありがとうございます。


楽しんでいただけましたでしょうか?


続きが読みたい。面白かったなど、思っていただけましたら、☆の評価をいただけると、今後の執筆意欲に繋がりますので、是非お願いいたします。


本編もあとがきも、読んでもらえて本当にありがとうございます。

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