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4.王都へ帰還(ライザ)

 ベルトルドの顔が苦痛に歪んでいる。息が荒く、苦しそうに胸部が大きく動いていた。それでも彼はうめき声一つ上げない。

 

 私は何て愚かなんだろう。崖から落ちようと覚悟していて、なるべく怪我をしないようにと思っていたのに、薬草採取に夢中になって知らずに落ちてしまうなんて本当に情けない。そのためにベルトルドをこんなにも傷つけてしまった。


「ごめんなさい」

 謝って済むことではないけれど、それでも口にしないではいられない。

「ライザ様が謝るようなことは何一つございません。ライザ様が崖から落ちるのを止められなかった私の落ち度です」

 こんなにも苦痛を感じながらも、ベルトルドは私を一切責めようとはしない。

「でも……」

 いっそ怒鳴ってくれた方が気が楽かもしれない。


「ライザ様の薬草採取に夢中になっている様子が、とてもお可愛いらしくて、見惚れてしまい対応が遅れました。申し訳ありません」

「私が可愛い?」

「そ、それは、あの、邪な気持ちではなく…… 申し訳ありません」

 ベルトルドの右耳が赤くなっていく。

 半裸で美しい筋肉を晒しながら、恥ずかしそうに顔を下げるベルトルド。こんな時に不謹慎だと自覚しながら、萌え死にしそう。



「あの、ライザ様。血も止まり随分と楽になりました。これ以上ライザ様にご負担をかけることはできません。ライザ様さえ歩けるようでしたら、出発したいのですが」

 しばらく俯いていたベルトルドが、思い出したように言い出した。

「そ、そうね。私は大丈夫です。アントンソンさんは歩けますか? 痛みはどうですか?」

 ベルトルドは立ち上がり屈伸をしてみせた。

「私は何ともありません」

 肋骨は無事くっついたし、頭の傷の血も止まっている。これ以上鎮痛剤なしで治療を続けるより、早く王都へ戻って治療する方が良いと思う。

「それでは馬車に戻りましょう」


「少し待っていただけますか?」

 ベルトルドはそう答えると、川まで走って行き、腕や頭の血を洗い流した。そして、元のように片手で器用にボタンを留め始める。

 

 私も同じように川縁(かわべり)まで行って血のついた手を洗った。冷たく澄んだ川の水は本当に気持ち良い。日は随分と落ちたけれど、まだ暗くなるほどでもない。


 小石の川岸は森の中よりはずっと歩きやすかった。

「お疲れではないですか?」

 ベルトルドの怪我は完治していない。大きな血管を塞いだだけで、左腕の骨折はほとんどそのままだし、筋肉や皮膚の傷も塞がっていない。だから、痛みはかなり残っているはず。それなのに、彼はこんなにも私を気遣ってくれる。

「私は大丈夫です」

 私にできることは、疲れた体を引きずってでも歩きつづけ、なるべく早く皆と合流することだった。


 私たちは無言で歩き続けた。疲れ切っていた私は、時折、小石に躓いてしまう。すかさずベルトルドが私を支え、倒れるのを防止してくれた。

「ありがとうございます」

「礼には及びません。私は貴女の護衛ですから」

 疲れた切った私には、その優しさはただの仕事だからと言っているように聞こえ、少し悲しくなる。


 今日初めて会ったのに、好意を寄せてくれというのは無理なことはわかっている。その上こんな怪我までさせたのだから。けれど、ずっと憧れてきたベルトルドに逢えて、しかも、想像した通り、いえ、もっと優しくて素敵な男性だったから、少し贅沢になってしまっている。



 しばらく歩いていると、川の両岸に迫っていた木が少なくなり、視界が急に広がった。ずっと続いていた崖も私の身長より低くなっていた。これならなんとか登れそうだと思い、突き出た岩に足を置いたけれど、思った以上に疲れていたらしく、自分の身を持ち上げることができない。

「ライザ様。失礼します」

 ベルトルドが屈んだと思ったら、目が覚めたときと同じように右腕一本で私を抱きかかえた。そして、軽やかに崖を登っていく。

 あっという間に崖を登りきったベルトルド。その腕の上で私が見たものは、乗ってきた馬車と、ベルトルドの同僚チャーリーが乗った馬だった。


 ベルトルドが安心したように大きく息をして、そっと私を地面に降ろした。

 マリーが馬車から降りて走り寄ってくる。

「ライザ! 大丈夫だった?」

 血で汚れた私たちの服を見て、顔色を変えるマリー。

「私に怪我はないわ。アントンソンさんがひどい怪我をしてしまったの。応急処置はしたけれど、まだ治っていない。早く宮廷医師団へ戻って、本格的な治療をしなければ」

 

 王立植物研究所のガイオ副所長とアンナリーナも馬車から出て来る。

「兄様! 大丈夫ですか!」

「ライザ様が治療してくださったので、もう心配はない。殆ど治りかけているから」

 笑顔をアンナリーナに向けるベルトルドは、明らかな嘘をついていた。アンナリーナに心配をかけたくない? それとも、愚かな私を責めないため?


 来た時と同じように、ベルトルドとチャーリーが馬に乗り、残りの者は馬車に乗り込んだ。

 ガイオ副所長が自分の代わりに馬車に乗るようにと提案したが、ベルトルドは騎士として最後まで護衛すると、森歩きのため外していたマントを羽織り、さっさと騎乗してしまう。


 宮廷医師団本部は王宮内部にある。馬車は王都に入り王宮へと向かっていた。ベルトルドのことが気になったが、聖魔法を使い疲れた私は、マリーの肩に頭をあずけしばらく眠ることにした。



「ライザ、大丈夫」

 私を呼ぶ声がする。馬車は既に止まっていた。

 目を開けると、心配そうなマリーの顔が迫っていた。

 そうだ、ぼんやりと眠っている場合ではない。ゲームでは疲れてしまった私の代わりにベルトルドを治療するのが、紫の髪を持つ医師ロベール・ラロックだった。それが切っ掛けでアンナリーナとロベールが親しくなる。

 駄目だ! 医師としては優秀でも、性格はとんでもないあんな男とアンナリーナを親しくさせるわけにはいかない。

 ベルトルドは最後まで私が治療しなければ。そう思うと、馬車の中で少し眠ることができたのは良かった。



 治療室で椅子に座り、ベルトルドにも椅子を勧めた。アンナリーナとガイオ副所長は部屋の外で待ってもらっている。

 ロベールは自分の研究室にこもっているはず。呼ばれない限り出ては来ないので、アンナリーナと知り合うことはないだろう。


「ライザ様、私への治療は必要ございません。これ以上ライザ様にご負担をかけるわけには参りません。止血していただいておりますので、後は自然に治ります」

 安心して治療を始めようと思ったのに、またもやベルトルドに拒否されてしまった。椅子にも座ろうとしない。


「アントンソンさん、貴方は王宮騎士団の騎士です。怪我は速やかに治療する義務がありますよね。貴方の剣が王都の人々を守っているのですよ。傷ついた体のまま勤務し、任務に支障をきたすようなことがあれば、どうするつもりですか?」

 ちょっときつめの物言いになってしまった。本当に疲れているので、ちゃんと治療を受けて欲しい。ベルトルドは驚いたように私の顔を見た。そんなに見つめられると恥ずかしい。


「申し訳ありません。私が浅慮でした」

 ベルトルドは納得したのか頭を下げ素直に椅子に座った。そして、差し出した鎮痛剤と抗生物質を加えた水薬を一気に飲み干した。


「服を脱いでください」

 ためらいながら騎士服を脱ぐベルトルド。見せるのを勿体ぶるほどの美しい筋肉だとは思うけれど、そんなに嫌そうにしなくてもいいのに。私は彼の態度に少しショックを受けながら、治療を続ける。



 私たちが使う聖魔法ができることは、細胞分裂の速度を異常に上げること。私は前世の知識を活かして血管を塞ぎ止血して、臓器の再生や神経の繋合わせを行っている。だけど、無理矢理に細胞を増殖することでかなりの痛みを伴う。栄養分も奪ってしまうので体調を診ながら聖魔法を使わなくてはならない。

聖魔法を使うことによる直接的な疲労と、聖魔法を精緻にコントロールしなければならない精神的疲労が重なり、治療はかなりの重労働となる。

 額、腕、そして胸の毛細血管から血の滲む痛々しい傷に手を置き、何度か聖魔法を唱えた。


 そして、いつしか私は意識を手放していた。

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