2.義兄を説得(アンナリーナ)
「パルミラ、聞いて! 私にお友達ができたのよ。それで、次の日曜日にお友達のお館に招待されているの」
ライザさんとお友達になったことがとても嬉しくて、家へ帰るなり侍女のパルミラに報告した。
「お嬢様にお友達ができたことは本当に喜ばしいことです。ただ、例の騎士様が怪我をしたらしく、王都の警らに姿を見せないらしいのです。そのため、街の治安が悪くなっています。外出される場合は十分にお気をつけください」
侍女のパルミラが近所の商店街でそんな噂を聞いてきたらしい。
「例の騎士様って、化け物のような容姿だけど、人外といわれるほど強い騎士様のことよね。そんな方でも、兄様みたいに怪我をなさるのね。でも、その方がいないだけで王都の治安が悪くなるなんて、本当に凄い方だったのね。噂に尾ひれがついているだけだと思っていたわ。だけど、私のことなら心配いらないの。招待されたのは私一人ではなくて、兄様も一緒なのよ。ちょっと頼りないけれど、あれでも騎士だからね。それより、パルミラが一人で留守番をする時の方が危ないわ。戸締りには気をつけてね」
義兄と馬に二人乗りで出退勤するのはやはり目立つので、最近は家令のアルマンに馬車で送り迎えしてもらっていた。義兄も出勤してしまうと、その間家にはパルミラだけになってしまう。
「私は大丈夫ですよ。一人の時はしっかりと施錠をしていますから。それより、ベルトルド様もご一緒されるのですか? 女性のお友達なのですよね?」
「そうなの。ねえ、お友達って誰だと思う?」
パルミラはしばらく首を傾けて考えていた。でも答えは出なかったようだ。
「私にはわかりかねます。お仕事でお会いした方なのでしょうか?」
「それがね、あのライザさんなのよ」
「えぇ! 平民にも分け隔てなく聖魔法を使用して治療なさるという、あの聖女様と崇められているライザ様ですか?」
ライザさんは王都中の人が知っているほど有名人だった。
平民の住む地区にある治療院へ出かけて、彼女は患者の身分に関係なく治療を施している。重篤な怪我人や病人に直接手を触れて治療するのは、若い女性にとってとても辛いことだろう。それでもライザさんは逃げたりしない。まさしく聖女様と呼ばれるのに相応しい方だ。そんなライザさんとお友達になれたことは本当に光栄なことだ。しかも、ライザさんの方から誘ってくれた。こんな幸運なことが起こるなんて信じられないくらい。
「ええ、そうよ。あのライザ様なの」
「ベルトルド様もご一緒なさるのですよね。大丈夫なのでしょうか? ライザ様のお話が出るだけで、あれほど挙動不審なのに、直接ライザ様にお会いしたら、ベルトルド様は卒倒されたりしないでしょうか?」
ここ最近の義兄の様子を見ていれば、パルミラの心配も当然だと思う。
「兄様はライザさんと一緒に何度かお仕事をしているし、先日も怪我を治療していただいたから、卒倒はしないと思うの。でも、家より更に挙動不審になる心配はあるわね」
「ですよね」
義兄はパルミラにも心配されていた。もちろん私も心配であったけれど、せっかく機会を作ったのだから、義兄にはちゃんとライザさんにお礼を言ってほしいと思う。そして、好意を持っていることを伝えてくれたらと期待しているのだけど、やっぱりあの義兄には無理かな。
怪我は治ったけれど出血が酷かったため、義兄はしばらく内勤に回されているらしい。いつもは不規則な勤務だけど、来週までは定時勤務と聞いている。そして、今日も義兄は夕食前には帰ってきた。
「兄様、お帰りなさい。あのね、私にお友達ができたのよ。二歳上のとても素敵な女性なの」
そう報告すると義兄はとても喜んでくれた。
「それは良かったな。王立植物研究所には女性の職員がいないと聞いて、友達ができないのではないかと心配していたんだ。アンナリーナは貴族女性のお茶会にも忙しいからと参加していないみたいだし」
王都では貴族女性が集まってお茶会を開いているらしいけれど、田舎の領地から出てきた私には親しい令嬢などいないので、お茶会に招待されることはなかった。休日には植物の勉強をしたいので、積極的に参加したいとも思っていなかったのだけど。
「お友達も働いている女性なの。だから、お互いの気持ちが理解し合えるような気がするのよ。それでね、次の日曜日にお友達のお館に招待されているの。兄様も日曜日はお休みでしょう? 一緒に彼女のところに行ってほしいの」
「わかった。護衛なら任せておけ」
義兄は自信ありげに頷いた。義兄はあまり強くはないかもしれないけれど、さすがに騎士を襲うような人はいないと思うので、そこは安心している。
「違うわよ。兄様も招待されているのよ」
「しかし、見ず知らずの女性の館に押しかけるわけにはいかないだろう?」
「安心して。兄様もよく知っている女性だから大丈夫。だって、お友達はライザさんだから」
「ライザさん? えっ! まさかあのライザ様なのか!」
いきなり大声をあげる義兄。既に挙動不審になっている。
「そうよ。あのライザさんなの」
「ちょっと待て、なぜ、ライザ様のところに俺が一緒に行くことになっているんだ? ライザ様が俺みたいな男を招待するはずがない。よしんば、俺を招待してくれたというのが本当だとしても、それは哀れみからではないのか?」
義兄の目はきょろきょろと泳いでおり、頭を小刻みに振っている。そして、頭を抱えてしまった。
「なぜ、ライザさんが兄様を哀れまなければならないの? 意味がわからないわ」
「あの女神のようなライザ様だぞ。俺なんかが近づけるようなお方ではない。ライザ様の優しさを勘違いして、こんな俺がのこのこと付いて行ったりしたら、ライザ様に嫌われてしまうのではないのか?」
おろおろとしている義兄に、騎士の片鱗も感じられない。本当に騎士団でちゃんとやっていけているのだろうか?
「それは卑屈すぎだと思うわ。尊大な態度も嫌だけど、卑屈も度が過ぎると嫌われるわよ。とにかく、ライザさんとは兄様と一緒に行くと約束したの。私を嘘つきにしたいの?」
「き、嫌われる……」
義兄はがっくりと首を垂れた。
「それに、ライザさんには大変お世話になったのでしょう? ちゃんとお礼を言わなければいけないと思うのよ」
「そ、それはそうだけど。嫌われてしまったら、俺は……」
本当は義兄の想いがライザさんに届けばいいなと思い、彼女のお館に義兄と一緒に行く約束をしたけれど、これは絶対に無理だ。何十年経ったって義兄はライザさんに告白なんてできそうにない。
「ベルトルド様がお可哀想です。もう少しお優しくされてもいいと思いますが」
落ち込む義兄があまりに哀れだったのか、パルミラが小声でそう言ってきた。
「私は兄様のためを思って、ライザさんのところに一緒に行こうと誘っているのよ。十分優しいと思うの」
私も小声で応じる。
「アンナリーナ様がお優しいのはわかっておりますが、ベルトルド様はお辛そうだから」
義兄は実質的な雇い主だから、パルミラも心配なのだろうと思う。
「でも、兄様が恋煩いをしている今の状態のままなら、そのうち騎士団を解雇されてしまうかもしれないわ。いっそ、玉砕してしまった方がすっきりして立ち直れるかもしれない。それに、兄様がライザさんと恋人になれる可能性もほんの僅かにあるかもしれないじゃない?」
「そうですね。ベルトルド様。男ならどんと玉砕してきてください」
騎士団解雇の言葉に反応したのか、パルミラはいきなり大声を出した。義兄の給金で生活している我が家にとって、義兄が騎士を辞めさせられるかどうかは死活問題なので仕方がない。
「はぁ?」
義兄は間抜けな声を出す。
「とにかく、日曜日はライザさんのところへ一緒に行きますから。これは決定事項です。わかりましたね」
「はい」
とりあえず義兄を押し切ることには成功した。




