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2.聖女登場(ライザ)

 私の名はライザ・クレイヴン。歳は十七歳。侯爵の娘として生を受けた。

 不思議なことに私は前世の記憶を微かに持っている。かつての私は日本という名の国で産まれ育った、ゲーム好きの女子高校生だった。自分の名前も、通っていた学校も、家族のことも、何も覚えていない。ただ一つ、好きだった乙女ゲームのことだけは鮮明に覚えていた。


 私の父がクレイヴン侯爵だと知った時、ここが『グリーンマジック~花咲く王都で恋の魔法を~』という大好きだった乙女ゲームの世界ではないかと思った。しかし、あまりに不思議な現象なので確信を持てず、それでも、推しのベルトルド様に出会えるかもしれないと期待している。


 それはあまり評判が良くないゲームだった。攻略対象は五人。それぞれに相手役の令嬢がいた。その相手役とヒロインの義理の兄を恋仲にして、振られた攻略対象を癒して落としていくという、攻略対象と結ばれたとしてもあまり爽快感が得られない仕様だった。

 攻略対象は薄っぺらなテンプレ通りの美形。ヒロインの義兄は普通の容姿だけれど、最強という設定だった。

 このゲームはヒロインにとても優しい世界で、バッドエンドでも死んだりしない。代わりに義理の兄が死んでいく。

 おそらく、製作者はイケメン嫌いでチート好きなのだろう。盛りに盛った最強設定とひたすら不憫な境遇の義兄。どう考えても主人公のスペックだと思うけれど、残念なことに攻略はできなかった。


 私はこんな変なゲームの世界に、ヒロインではなくて、攻略対象の相手役として転生してしまったらしい。このゲームの攻略対象の相手役は皆ハイスペック。私は聖魔法が使える聖女と呼ばれる令嬢との設定だった。そして、設定どおりに私は聖魔法を使うことができた。


 ゲーム開始時はヒロインが十五歳の春。

 ヒロインは柔らかい金髪の小柄な可愛らしい少女で、地方に小さな領地を持つ子爵の令嬢である。植物が大好きなので、王立植物研究所の見習い職員になるという設定だ。

 ヒロインの義兄の名はベルトルド・アントンソン。歳は私より一歳上なので現在は十八歳になる。


 ベルトルドの父親はヒロインの大叔父で、年上の伯爵令嬢に婿入りして伯爵位を継いでいた。ベルトルドの母親は伯爵家に勤めていた黒髪の美しい侍女だった。伯爵はその侍女に手をつけてしまう。

 伯爵には娘しかいなかった。伯爵の結婚後に伯爵家に勤めだしたベルトルドの母親は、伯爵が婿だとは知らず、自分の産んだ子が男の子なら伯爵位を継げると勘違いしていた。しかし、先代伯爵の血を引いていない子に伯爵位を継がすはずはない。伯爵家の実権は先代伯爵の娘である妻が握っている。


 侍女の妊娠を知った伯爵は、浮気の発覚を恐れて彼女を伯爵家から追い出してしまう。

 その後実家に戻った侍女はベルトルドを出産する。男子を産んだことを喜んでくれると彼女は伯爵に連絡したが、予想と違い伯爵は自分の子であることを認めない。

侍女はベルトルドが伯爵に似ていないから実子と認めてもらえないのだと、ベルトルドを虐待していた。

 伯爵の髪は金髪。母親である侍女は黒髪。それなのに、そんな醜い茶色の髪で産まれて来たから、伯爵家を追い出されて苦労しなければならないのだと毎日のようにベルベルト詰る母親。

 

 やがて実家からも追い出されてしまった母親は、ベルトルドが五歳の時に伯爵を恨んで刃傷沙汰を起こす。母親に刺されて伯爵は亡くなり、母親も後を追って自害してしまった。

 その後、やせ細って傷だらけだったベルトルドは、従兄であるアントンソン子爵に引き取られて、ヒロインの義兄となった。

 

 新しい家族を得たベルトルドだったが、心を閉ざし誰とも口を利かず、必要最低限の食べ物しか口にしない。段々と弱っていくベルトルド。しかし、幼いヒロインが育てた野菜だけはいくらでも食べることができたのだ。

こうしてヒロインに命を救われたベルトルドは、命を賭してヒロインを守るようになる。

 ベルトルドは普通の容姿との設定であるが、母親が常に彼の髪の毛や顔立ちを貶めていたので、彼は自分の容姿にコンプレックスを持っている。


 こんなベルトルドの生い立ちはゲームのオープニングで長々と語られた。

 攻略対象にはこんな複雑な背景はない。ただ、普通のイケメンたちだ。つくづく謎仕様なゲームである。

 

 そんな不人気も納得なゲームだけど、私はベルトルドが大好きだった。彼はその強さでヒロインの危機を救い、そして、何度も死んでいく。

 ベルトルドは普通の容姿とのことだったが、ありふれた茶色い髪と瞳というだけで、かなり好みの姿に描かれていた。声は人気声優が担当していた。続編では絶対に攻略対象になると信じていたけれど、人気が出なかったので続編が作られることはなかった。


 

 聖女ライザの相手となる攻略対象者は、私の同僚である宮廷医師団の若き医師。名をロベール・ラロックといい、年は二十歳。私と同じく聖魔法が使え、頭が良くて紫の髪を持つ美形。ただし、ヤンデレ気味との設定だ。

二次元のゲームキャラだったはずが、こうして現実に存在していた。本当にここはゲームに世界らしい。

 ゲームどおりならば、ベルトルドと結ばれなければ、私はロベールと結婚しなくてはならない。

それだけは嫌だ。絶対に避けたい。

ロベールは腕の良い医師であり、先輩として尊敬しているけれど、監禁なんてされたくない。



 私が十五歳の時に魔力検査を受け、異例の魔力の持ち主であることがわかり、宮廷医師団に配属されることになった。それもゲームのライザと同じ。

 ライザの仕事場面などはゲームではさらっと流されただけだけれど、ここは現実だった。

 私は医師団の一人として、毎日多くの病人や怪我人を治療している。しかし、どんなに頑張っても力及ばず亡くなってしまう人がいる。私たちを責める遺族。やりきれない気持ちは理解できるけれど、魔力が切れるまで治療を続けた後の罵声はとても辛い。


 症状が軽くて魔法での治療が必要ないと判断された人が、なぜ治療してくれないのだと怒鳴る。

 重い病気で骨が浮き上がった子どもが痛いと泣き叫ぶ。

 そんな毎日から逃げたいと思った。私にはとても無理だと。


 毎日、人体を対象とした細心の注意が必要な聖魔法を使って、疲れ果てて泥のように眠る。まだ十七歳なのに、宮廷医師団は過労死しそうなぐらい過酷な職場だった。


 それでも、貴重な聖魔法が使える私がここから逃げ出すと、少なくない人の命が失われる。そう思うと投げ出す勇気もなく、ただ追い立てられるようにして今まで生きていた。



 本当にここがゲームの世界ならば、今頃はヒロインが王都にやってきて、ゲームの幕が開く。すぐに攻略対象である騎士団副団長とヒロインが出会うイベントがあるはず。

 そうであるのならば、あのベルトルドと会えるはず。それだけを心の支えにして私は頑張っている。

 

 ベルトルドとの最初の出会いは、宮廷医師団と王立植物研究所との合同薬草採取イベント。王都を出て近くの森へ行く。護衛には騎士団の騎士がついて、その中にベルトルドがいる。

 その時のヒロインの選択でライザの人生が変わる。


 選択肢は二つ。一方を選べばライザはベルトルドと結ばれずバッドエンド。もう一つは、薬草採取に夢中になったライザが崖から落ちてしまう。どちらも嫌だけれど、それでも、崖から落ちなければヤンデレと結婚する羽目になり、家に閉じ込められて外に出ることすらできなくなってしまう。そして、ベルトルドが怪我をした時に、治療する人がいなくて死んでしまうのだ。それだけは避けたい。

 私はベルトルドを含む多くの人を助けるために医師として頑張っているのだ。何もしないで家に閉じ込められる。それは楽な生き方かもしれないけれど、私は絶対嫌だ。それくらいならわざと崖から落ちた方がましだと思う。


 ベルトルドに会える嬉しさと、崖からわざと落ちなくてはならない恐怖。それらに思いを馳せていると、疲れているのになかなか眠気は訪れなかった。

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