6.顛末(ライザ)
王太子襲撃事件の起こった翌日、ベルトルドが治療のために宮廷医師団本部の治療棟へとやってきた。既に完治していると言い張りここへ来るのを拒否したベルトルドを、騎士団副団長のダーフィトが無理やり連れてきたらしい。
兄は王太子のところへ呼ばれていて不在なので、ベルトルドの診察は私が担当することになった。
「ライザ嬢。お体は大丈夫ですか? 昨日はとても辛そうでしたが」
にこやかに挨拶する副団長。騎士団一モテる男という設定に嘘はないらしく、爽やかな雰囲気で気遣いも忘れない。整った顔に高身長で引き締まった体。その容姿も攻略対象に相応しい。
だけど、私はベルトルドの方が好みだ。柔らかそうな茶色い髪も、少し吊り気味の目も本当に素敵だと思う。
ベルトルドのスチルの多くは痛みをこらえて歯を食いしばっている表情だけど、アンナリーナが攻略対象者と結ばれるときには心からの笑顔を見せる。私はそんな彼の笑顔に脳天から電撃が通り抜けるほどの衝撃を感じたものだ。
実物のベルトルドのそんな笑顔をまだ見ていない。いつか私にも心からの笑顔を見せてくれたらいいなと切に思う。
「上半身を脱いでください」
副団長に引っ張られるようにして椅子に座らされたベルトルドにそう声をかける。内心はかなりドキドキしているけれど、それを悟られないようになるべく平静を心がけた。
ベルトルドは一瞬ためらった後、騎士服を脱いだ。綿の下着も脱ぐと彼の鍛え上げられた上半身が露わになる。
ベルトルドは意図的に私と目を合わせないようにしているらしく、じっと床を見つめていた。もちろん笑顔ではない。目線の先に何かあるのかと彼の足元を見てみたが、本当に何の変哲もないただの床だった。
ベルトルドは私の顔も見たくないのかと落ち込みそうになるが、それでもなるべく平静を装いながら、彼の肩に残る少し盛り上がった傷痕に手を置いた。ピクッと彼の体が動く。まだ聖魔法を使っていないので痛みはないはずだけど、触れただけで痛かったのだろうか?
「まだ痛みますか?」
「いいえ、ライザ様。もう痛みはありません」
そう応えるベルトルドの声は微かに震えていた。
「少し傷跡が残っていますから、もう一度聖魔法を使います。その前に痛み止めを飲んでください」
私はベルトルドに痛み止めを渡そうとした。しかし、彼はそれを受け取らない。
「あの、俺、いえ、私はもう大丈夫ですから。ライザ様にこれ以上のご負担をかけるわけには参りません」
「しかし、このままでは傷痕が残ってしまいます。すぐに済みますから、どうか薬を」
ベルトルドの美しい体に傷痕なんて残したくないから、私に最後まで治療をさせて欲しい。
「いいえ。私は完治しておりますから」
なぜベルトルドはここまで私の治療を嫌がるのだろうか? ここへも副団長が無理やり連れて来たようだし。
治療も受けたくないくらいベルトルドに嫌われているのかと思うと泣きたくなるが、今は仕事中なので私情を挟んでいる時ではない。
「私は医師ですので、完治しているかどうかは私が決めます」
「おい、ベルトルド。これ以上治療を拒んだりしたら、ライザ嬢に失礼だぞ。それに、妙齢の女性にいつまでも裸を見せつけているんじゃない。我々は騎士道を重んじる騎士だ。とにかく、さっさと薬を飲め」
副団長もちょっとイラついたようで、私から痛み止めを受け取って無理やりベルトルドの口に入れた。そして、水を飲ませる。
観念したのか、ベルトルドはおとなしく痛み止めを飲み込んだ。
王太子を狙った短剣はベルトルドの肩を貫いていたので、私は彼の横に立って、背中側と腹側から挟み込むようにしてそっと彼の傷に手を触れる。
聖魔法を使っても、ベルトルドは微動だにしなかった。痛み止めが効いているようで安心する。
盛り上がっていた傷痕は徐々に消えていく。
「ライザ様。本当にありがとうございました。私はライザ様に救っていただいたこの命を大切にしていきたいと思います」
怪我の治療が済み、騎士服を着て身だしなみを整えたベルトルドが、私に騎士の敬礼をした。
ゲーム中のベルトルドは母親に貶められて育ったので、自己評価がとても低く、自分の命を軽んじているところがあった。現実の彼も同じではないかと心配していた。だから、彼が自分の命を大切にすると言ってくれてとても嬉しい。
「私の方こそ、アントンソンさんには何度も助けていただいてありがとうございます。私のせいで貴方に酷い怪我を負わせてしまいました。本当に許して下さい」
意図したわけではないけれど、薬草取りに夢中になって崖から落ちてしまったり、よろけてしまって凶刃の前に躍り出たりと、自分でも情けないほどの失敗を重ねていた。そんな私の失態でベルトルドに重傷を負わせてしまって本当に申し訳なく思う。
「ライザ様、私などに謝らないでください。私は騎士として当然のことをしたまでです。ライザ様をお救いするために負った怪我ならば、私にとってこれ以上の名誉はござません。これからもこの身をかけてライザ様をお守りしたいと存じます」
ベルトルドはそんなことを言ってくれた。彼に嫌われていると思っていたけれど、そうでもなさそうな気がする。
「でも、命は大切にしてくださるのでしょう?」
「はい。できうる限り、我が身も守ります」
ベルトルドは私の方を見て優しく微笑んだ。
突然向けられた彼の素敵な笑顔は、あまりにも眩しすぎて私は目を伏せるしかなかった。
「ライザ様もどうかご自身の身も大切になさってください。王太子殿下の危機とはいえ、殿下の代わりに暗殺者の前に身をさらすようなことはお止めいただきたい。私の心臓が持ちません」
別にわざとじゃないのよ。私だってベルトルドに拘束された時は心臓が止まるかと思ったし。
「ベルトルドの言う通りだ。その勇敢さは称賛に値するが、いくら何でも無謀だと思うぞ」
転びそうになって太子殿下を寄りかかってしまっただけなのに、副団長も襲ってきた暗殺者から王太子を守ったこと誤解していた。
「思わず動いてしまっただけですので、次は同じことはできないと思います」
恥ずかしくて何もないところで転びそうになったと言い出せなくなってしまった。
「今は勤務中だ。そろそろ行くぞ。それではライザ嬢。世話になりました」
副団長がベルトルドの腕を引っ張り外へ連れて行こうとする。
「あの、アントンソンさんの血液は随分と失われていますから、無理をさせないでくださいね」
「了解しております。ベルトルドにはしばらく内勤をさせる予定ですので、ご心配無用です」
「それは良かったです。それではお大事になさってください」
そう言うとベルトルドが振り返り、もう一度私に微笑んだ。
こうして、死者を出すこともなく王太子襲撃事件は終わった。
ゲーム中では、王太子の命を狙う隣国の暗殺者を王宮の庭に引き入れたのは、王弟妃との設定だった。彼女は自分の夫と息子を王にするために、暴君と名高い隣国の王と手を結ぼうとしていたのだ。
現王には王子が王太子一人しかおらず、王弟が王位継承権第二位、その息子が第三位となっている。王太子さえ亡き者にすれば、自分の夫に王冠が転がってきて、その後に息子へと王位が継承されると王弟妃は信じているらしい。
隣国と手を組んだ時点で、王位が手に入ったとしても属国扱いになってしまうだろうに、王弟妃は夫や息子が王になることができれば国のことなどどうでもいいと考えていたのだろうか?
我が国の民のことを考えると、そんな愚かな考えには至らないはずなのに。
そして、このゲームに似た現実の世界でも、王弟妃が暗殺者の手引きを画策したらしい。ガーデンパーティに参加していた王弟の息子が母の意向で何らかの動きをして、それをフランシスカが目撃していた、彼女はその慧眼で、見事に王弟妃の罪を暴いたのだった。
ゲームの場合、王太子編のシナリオを進めないと、王弟妃の暗躍が明らかにならない。そのため、王太子とゲームヒロインであるアンナリーナが懇意になった後でも、彼女が選択を誤ると王太子が暗殺されてしまい、隣国との戦争が始まるシナリオがある。
その時、最強の騎士であるベルトルドが出兵し、彼の活躍で戦争に勝利することができるが、ベルトルドは隣国の地で戦死してしまうバットエンドになる。
現王は息子を失ったショックで病に臥せってしまい、王弟が新たな王となり、王太子暗殺の首謀者である王弟妃は王妃として君臨する本当に胸糞エンドだった。
しかし、この世界ではもうそのような終焉を迎えることはない。
王太子襲撃から半月が経った頃、王弟とその息子は王位継承権を返上した後、北方の厳しい領地を与えられ、そこに蟄居することが決まった。
権力を望んで愚かな選択をした王弟妃は、正式には重病だと発表された。しかし、王宮地下の座敷牢に収監されたとのだと社交界では噂されている。
隣国の脅威や王家から裏切り者が出たこと。社交界ではそんな暗い話題が飛び交っていた。
戦争に備え武器を大量に作らせる領主や、他領から食料を買い占めて備蓄する領主の噂も聞こえてくる。
そんな中、王宮は明るい話題を提供するためか、王女にも王位継承権を与えることを決めた。
現王には王女が三人いる。王太子の姉は既に公爵家に降嫁していた。十六歳の妹は攻略対象者である隣国の王弟の相手となる。ゲームでは人質同然に隣国へ赴くことになるのだが、そんな彼女は王位継承権第二位となった。第三位の王女はまだ十一歳だ。
そして、王太子の婚約も同時に発表された。もちろん、相手は私でもアンナリーナでもなく、国一番の才媛であるフランシスカである。王太子とフランシスカは協同して王弟妃の罪を暴いていく過程で恋に落ちて行ったらしい。
ゲーム中では王弟妃を破滅させた後ならば、王太子とフランシスカが結婚した後も、緑の手と認定されたゲームヒロインは、王太子夫妻の支援を受けて王立植物研究所の主任研究員になるお仕事エンドがある。
この世界でも、顛末はそれに近いものになるかもしれない。
王太子と出会いもせずに終わる形になったので、アンナリーナにとっては残念なことかもしれないが、この国にとっては、フランシスカとアンナリーナという稀有な能力を持った二人の能力を活かせる最良の選択のような気がする。




