私の王子様はもしかしたら可愛い、のかもしれない
エイダ・ディシードはディシード侯爵からクロヴィス様の婚約者の座をなんとしてでも手に入れるようにと、命じられていたらしい。
同情できるところもあった。そのため、修道院に送られ罪を償うことになったそうだ。
ディシード侯爵は戦争中の負の遺産を多数作り出していたということで、投獄されたようだ。
あとは、私のお父様や、国王、そしてクロヴィス様やシグルーンの宰相家の方々が話し合って、どうするかを決めるのだと言っていた。
私は、相変わらずの日々を送っている。
今日も今日とて、学園の食堂で、クロヴィス様は難しい顔をして目の前に置かれている熱々の小籠包を見つめていた。
「……なんで小籠包なんか頼んじゃったのよ、ロヴィ」
小籠包というのは猫舌の方にとって大敵なのではないかしら。
猫舌じゃない私にとってもかなり熱い。油断すると舌が火傷する。美味しいのだけど。
今日のメニューは、ラーメンか、点心セットだった。どっちもどっちだ。けれど、ラーメンの方がまだ良かったのではないのかしら。
私の隣では、フィオルがラーメンをすすっている。
年末の式典の時にフィオルの着ていたタキシードはかなり話題になっていて、王都ではズボンを履いている女性がちらほら増え始めている。
動きやすくて良いらしい。私も今度試してみようと思っている。
私の正面では、ミレニアがシグルーンに海老シュウマイを食べさせていた。
そういえば、点心セットには海老が入っている。
海老が食べたかったのかしら、クロヴィス様。海産物が好きみたいだから。猫だわ。
「……何故といわれても、好きだからだ。……あ。もちろんリラの方が好きだが」
クロヴィス様は生真面目な表情で余計なことを言った。
「別に私は小籠包と競ってないわよ。付け加えなくて良いわよ」
「リラが……、不安になるかと。小籠包は好きだが、リラのことは愛している」
「馬鹿じゃないの」
顔が赤くなるのが分かる。
満更でもない感じになってしまったわ。
小籠包よりも愛していると言われて喜ぶような女になっているわ、私。
ミレニアがにこにこしながら、私たちを見つめている。
やめて欲しい。ほほえましい顔をしないで欲しい。
「……ロヴィ、小籠包が冷めるまでかなり時間がかかるわよ。冷ましてあげたいけれど……、小籠包の中のスープを外に出してしまったら、それはもう小籠包と言えないのではないかしら。悩ましいわ」
「リラが食べさせてくれるのなら、俺は何でも構わない」
期待に満ちた瞳が私を見ている。
ぴくぴくと耳が揺れているのが可愛らしい。
私は耳と尻尾のあるひとに弱い。その上クロヴィス様にはとても弱い。
最近それを特に思い知っている。
――だって、可愛いのよ。
「仕方ないわね。これは私のためであって、ロヴィのためとかじゃないのよ。本当よ。お昼休憩の時間が無くなっちゃうのが嫌なだけで、ロヴィが心配とか、ご飯を食べられなくて可哀想とか、あと、シグと仲良しなミレニアがうらやましいとか、そういうことではないのだからね」
「リラ。心の声が駄々洩れよ」
早々にご飯を食べ終わったフィオルが、食器を片付けるために立ち上がりながら、呆れたように言った。
「じゃ、お先に。ゆっくりじっくり、存分にいちゃいちゃして頂戴」
フィオルは颯爽と食堂から出ていった。
いつものことである。フィオルはせっかちなのだ。ゆっくり腰を据えてご飯を食べたりお茶会をする貴族の生活はどうにも合わないと、時折ぼやいている。
「リラ……、俺も、シグやミレニアのように、リラと共に過ごしたいと常々思っている」
「口に出すんじゃないわよ、恥ずかしいわね」
「好きだ」
「分かったから」
「リラ」
クロヴィス様は私の手を取って、愛し気に私の名前を呼んだ。
「あう……」
駄目だわ。
もう、駄目だ。
嬉しそうにぱたぱたと揺れる尻尾や、輝く瞳が愛らしくて、駄目だわ。
食べられないくせに小籠包食べようとするところとか、感情に合わせて動く耳と尻尾とか、毎日のように熱心に好意を伝えてくれるところとか、私が寂しくないか、不安じゃないか――ずっと、気にしてくれるところとか。
全部が、可愛いと思えてしまう。
「手を握っていては、ご飯が食べられないわ」
「触りたい」
「うぅ……」
欲望に忠実だわ。
そうはっきりきっぱりと言われると、どうして良いのか分からない。
嫌ではないし、むしろ嬉しい。
嬉しいのだけれど――恥ずかしい。
恐る恐る視線を向けると、シグルーンとミレニアがとても良い笑顔で私たちを見守っていた。
これも、いつものことである。
「あまりにもリラが愛らしくて、不安になる。どうか、俺を捨てないでくれ。ずっと、こうして傍にいてくれ」
「な、なんです、急に……」
「番のことはもう良い。だが、リラが俺から離れてしまうのではないかと……、それについてはずっと不安だ。もしかしたら俺よりもずっと良い男が、リラを奪うかもしれないと思うと」
「それ、ご飯の最中に言うことですか?」
急に泣き出しそうな顔をするクロヴィス様を、私は睨んだ。
越冬の式典以来、クロヴィス様は番のことは言わなくなった。
けれど、とても不安そうな顔をする。時折というか、かなり、結構な頻度で泣きそうになるし、実際泣いたりもする。
幸せだと思うほどに不安になるのだと言っていた。
わかるような気がするけれど――本当に、心配性だわ。
「可愛いわね、ムカつくわ」
私は苛々した。
可愛いのだ。可愛いのだけれど、人の多い食堂でこれは、恥ずかしい。
「どうして可愛いとムカつくのですの?」
不思議そうにミレニアが言う。
「ミレニア、それはリラ様にしか分からないことですよ。なんせ、ツンデレですから」
「つんでれ」
ミレニアが目をぱちぱちさせた。
私よりも百倍可愛いミレニアの前に、私の可愛さなど無力だと思う。
「黙りなさい、シグ。さっさとミレニアをつれて、裏庭でも行っていちゃいちゃしてきなさいよ」
「リラ様。はしたないですよ」
「シグに言われたくないわよ」
咎めるようにシグルーンに言われて、私はその顔を睨んだ。
「……リラ。俺も、……その、そういったことを、期待しても良いのだろうか」
「どういったことよ。ご飯に集中して、ロヴィ。これ以上余計なことを言ったら、すりおろすわよ」
「任せてくれ。いつか来るその日のために、腹筋をこれ以上ないぐらいに鍛えてある」
得意気に言うクロヴィス様の耳を、私は引っ張った。
馬鹿だわ。
でも――可愛いわよね。
ロヴィを失ったらと思うと――心が死んでしまうほど、可愛くて。
「あぁ、もう、……大好きよ」
「鍛え抜かれた腹筋がか?」
「違うわよ! 馬鹿じゃないの!」
せっかく恥を忍んで素直に伝えてあげたのに。
見当違いなことを言ってくるクロヴィス様の口に、熱々の小籠包を突っ込んでやろうかしら。
「そのうちご自慢の腹筋で、山芋をすりおろして、ごはんにかけて食べてあげるわ」
「それは……、かなりすごいな」
何故かクロヴィス様は目尻を赤く染めて、うっとりと言った。
今日もクロヴィス様は健気な変態だ。
そんな健気な変態を好きだと思っているのだから、私も大概変わり者なのかもしれない。
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