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クロヴィス・ラシアンは心配性 2


 リラを、失ってしまうかもしれない。

 誰かに奪われるかもしれない。

 俺以外の男にリラが微笑み、その名を呼ぶことを考えるだけで、頭がおかしくなりそうだった。

 ――いや。もうすでに、俺はおかしくなっているのかもしれない。

 毎夜見る夢は確実に精神を蝕み、俺は自分と古の王を混同し続けている。

 俺は古の王ではないと頭では分かっているのに、どうしても割り切ることができなかった。

 俺の恐怖は――リラを殺してしまうかもしれない。その体を、心を、引き裂いてしまうかもしれない。

 その一点に尽きる。

 年々深く激しくなっていく愛情と欲望には果てがない。

 リラの俺に向けてくれている、健気な淡い好意を、俺はずっと裏切り続けていた。


「……婚約破棄、か」


 母の話を聞いた後、寮の部屋に戻り考える。

 古の王は深く王妃を愛していたのに、その番は王妃ではなかった。

 俺にとって女性とはリラだけだ。けれど、――リラ以外の女が、番になる可能性もあるのか。

 そう思うだけで、嫌悪感と怖気に全身が震えた。

 母の話がどこまで本当なのかは分からないが、最低な気分だ。

 リラを傷つけてしまうのが恐ろしくてリラを遠ざけていたが、それは間違っていたのだろう。

 この数年で、リラに俺以外の男が近づいたかもしれない。密やかな愛情を育んでいるかもしれないと思うと、嫉妬でどうにかなってしまいそうだった。

 洗面台の鏡には、俺の顔が――罪深い古の王の顔が、うつっている。

 苛立ち紛れに、その鏡に手をあてる。力を籠めると、ぴしりと、ひび割れてうつりこんでいた顔が歪んだ。


「理由など、何でも良い。俺は……」


 リラに、愛されたい。

 リラの傍にいたい。

 誰にも奪われないように、リラを――見ていなければ。

 そうしないと、不安に押しつぶされそうになる。嫉妬に壊れ、リラに残酷なことをしてしまうかもしれない。

 それだけは、避けなければ。

 滑稽でも、情けなくても、構わない。

 怖がられ、嫌われるよりは――呆れられ、笑われる方が、まだ良い。


 俺はネメシア公爵に連絡をとり、リラの学園への来訪の日を聞いておいた。

 ここ数年の俺の態度について謝ると、「年頃だから仕方ない」と、仕方なさそうに言っていた。

 本当の理由はとても言う気になれなくて、「リラがあまりにも美しくなり、どうして良いかわからなかった」と説明した。案外――この程度の理由でも、納得してもらえるのだなと思った。


 それからの学園生活は、何も知らなかった子供の頃に戻ったかのように楽しかった。

 リラは相変わらず優しくて、俺の態度について怒っていたものの、今まで離れていた距離など無かったかのように言葉を返してくれた。

 番や、リラの心変わりを心配する俺に呆れ邪険にする様子を見せながらも、本当に拒絶したりはしなかった。

 リラはまだ、俺のことを好きでいてくれている。

 そう感じるたびに、幸せで――それと同時に、どす黒い欲望が胸を支配した。

 相変わらず、夢は見続けていた。


 このままずっと、リラと一緒に居られたら良い。

 そう思っていた。

 けれど、事故が起きてしまった。

 校外学習の最中に、突然崖が崩れてリラが崖下へと落ちた。その報告を聞いたとき、生きた心地がしなかった。

 青ざめるフィオルや、泣きじゃくるミレニアを更に動揺させるわけにはいかず、表面上は狼狽えたりはしなかったが、リラの命が失われる可能性を考えると、呼吸をすることさえ困難だった。

 人食い熊に襲われかけているリラを助けることができて、心底安堵した。

 生きていてくれて、良かった。他のことは何も考えられない。リラが死んでしまったら、俺も、――一緒に死ななければ。かつての王も、王妃を殺して命を絶った。

 その気持ちを理解することができた。

 遭難した山の中で二人きり。リラを抱きしめていると、この世界には俺とリラしか存在しないような気がした。

 それならば、余計な雑音に悩む必要もないのに。

 ロヴィ、と俺を呼びながら、泣きじゃくるリラが愛しい。いっそこのまま、ここで食べてしまおうか。

 溢れそうになる本能に、理性で必死に蓋をして、優しい婚約者を演じ続けた。


 リラの怪我の治癒までは一か月程度かかるそうだ。

 公爵家で療養するリラの傍にずっと居たかったが、翌日から俺は事故の後処理に追われていた。

 シグルーンと共に事故の状況を聞いたり、王都近郊の魔獣の調査の手配をしたり、崩落が起きた現場の確認の手配をしたりと、雑務を行っていると、俺の元へとリラの友人のフィオルが顔を出した。


「殿下、お話があるのですが」


「あぁ、どうした?」


 フィオル・エンバートというリラの友人は、誰が相手でも態度を変えず、臆せず物を言うどちらかというと男性的な印象のある少女だ。

 相変わらずはきはきとした物言いで挨拶もそこそこに政務室の中に入ってくると、フィオルは口を開いた。


「昨日、リラが崖から落ちたとき、魔力の気配を感じました。崖の崩落は事故ではなく、人為的なものではないかと思うんです」


「人為的な……? 誰かが、リラをわざと崖下へ落としたと言うのか?」


 それは――明らかに悪意をもっての行為だろう。

 誰が、そんなことを。

 その可能性を考えると、怒りと苛立ちに頭が支配されそうになる。リラの命は無事だったが、怪我はしている。

 許されることではない。


「はい。物質破壊魔法なら、崖を崩すことができます」


「……物質破壊魔法の使用者は、魔道学園で把握している。調べておこう」


「人食い熊が、リラを襲ったと聞きました。人食い熊なんて、滅多に遭遇するものではないのに。殿下もご存じでしょうけれど、王都近郊にそんな魔獣はいません。いたとしたら、街を襲うでしょうから、大騒ぎになりますよ」


「それは、確かに妙だとは思っていたが」


「作為的なものを感じるんです。少なくとも、私が魔力を感じたのは確かです。誰が魔法を使ったのかはわかりませんけど、リラをあんな目に合わせて、絶対に許せない」


「あぁ。……それについては、こちらで調べる。このことは、口外しないようにしてくれ。フィオルはいつも通りの生活を。妙な気を起こして、一人で調べたりはしないように」


「わかりました。よろしくお願いします」


 フィオルは頭を下げると、部屋から出ていった。

 誰かが、リラを殺そうとした。

 そう思うと腸が煮えくり返るようだった。リラは死んでいたかもしれない。

 誰か分からないが、必ず見つけ出し――相応の報復をしなければ。



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