冬空を彩る大輪の花
いつもは暗い夜道が、明るく彩られている。
今日は越冬の祭典。
王都の街には花の形をした蛍石のランプがたくさん吊り下げられていて、出店が並び、沢山の人で賑わっている。
道行く人々は、仮面をつけた仮装をしている人もいれば、艶やかなドレスで着飾っている人もいる。
耳のない人族が、獣耳の飾りをつけたり、尻尾の飾りをつけたりもする。
人族と半獣族の友好を祝う日なので、そういった装飾はむしろ歓迎されている。
ドレスの上からクロヴィス様に借りたマントを羽織っている私だけれど、もっと派手な格好をした方もたくさんいるので、あまり目立つようなことはなかった。
クロヴィス様の姿を見ても、皆誰だか気づいていないようだ。
仮装だと思われているのかもしれない。
腕の中から降ろして貰った私は、クロヴィス様の手を引っ張って屋外劇場へと向かった。
街の南の劇場街にある、大きな人工池の上に作られた屋外劇場では、すでに演劇が始まっている。
何本もの松明がたかれ、炎が幻想的に揺らめていた。
演劇を見るために集まっている方々から少し離れた場所にある、道の端に並んだベンチに並んで座り、役者の方々の良く響く大きな声を聞いた。
越冬の祭典の日の演目は、戦争を題材とした悲劇が多い。
二度と戦争を起こさないための戒めとして、戦争によって引き裂かれた男女の話や、子供を失った親の話など、悲しい話ばかりだ。
今日は――人族と、半獣族の許されない愛の話。
物語は佳境を迎えていて、舞台の上では獣耳のある男性と、ドレスを着た女性が抱き合っていた。
「……リラは、慣れているな。……去年も、舞台を見に来たのか?」
私の体にぴったりと寄り添うようにして座っているクロヴィス様が、密やかな声で耳元で囁いた。
舞台の邪魔にならないようにと、気を使っているのだろう。
屋外劇場は、屋内劇場と違って話し声や音を気にする方は少ない。その代わり役者の声が大きく響くように、舞台に仕掛けがされているらしい。
だから、そんなに小さな声で話さなくても大丈夫なのだけれど、耳元で響く声がくすぐったくて、気恥ずかしいけれど嬉しくて、私はそれを教える気にならなかった。
「うん。……晩餐会は、あまり長居する気にならなかったから」
「俺のせいだな」
「反省した?」
「かなり。物凄く。痛いぐらいに。すまなかった、リラ。……俺はまた、リラを傷つけた。それでも……、俺はリラを、失いたくない」
「良いわよ……、許してあげる」
私は、クロヴィス様の肩にこつんと頭を預けた。
今は誰も私たちを見てないし、明るく照らされた舞台に比べて、私たちの座っている場所は暗い。
きっと、見えない。だから、甘えても大丈夫だと思える。
悲しいこともあったけど、もういいか、と思う。
クロヴィス様が今私の隣にいてくれるのだから、それで。
「……誰と、祭りに来ていたのか……、聞いても良いか?」
「気になる?」
「……あぁ。嫉妬で、おかしくなりそうなぐらいに、気になる」
「ルシアナか、フィオルよ。他にはいないわ」
「喫茶店の男は?」
「カレルさんはフィオルのお兄さんよ? 因みに、フィオルのお兄さんたちはもっとたくさんいて、皆私に良くしてくれるわ。年下の女の子の扱いに慣れているのよ。妹が多いからね」
クロヴィス様は、深く溜息をついた。
納得してくれたかしら。
カレルさんに助けてもらったときのことは黙っていようと思う。話すと、良くないことが起こりそうな気がしてならなかった。
あの時の私はとても傷ついていて、それは――理由はあったのだけれど、でもやっぱりクロヴィス様のせいだから、それぐらいの秘密は許される気がした。
「――リラ。言い忘れていた。……いつもリラは可憐だが、今日はとても綺麗だ。誰にも見せたくないぐらいに綺麗で、……城から、逃げてきてしまった。すまない」
クロヴィス様は私の手のひらに、自分の指を絡めながら言った。
本当に申し訳なさそうに言うのが面白くて、私はくすくす笑った。
「別に良いわよ。あんなことをされて、……恥ずかしかったし。二人きりでいたほうが、気が楽だわ」
「だが、リラが折角美しく着飾っているのに、……まともに、エスコートもできなかった」
「来年は、ずっと一緒にいて。私とだけ、踊って。良い?」
「必ず。約束する」
「……でも」
私はそこで、ある可能性に気づいて俯いた。
エイダは番じゃなかった。
だとしたら――いつかまた、運命の番が現れるかもしれない。
来年、一緒にいられるだなんて保証はどこにもない。
私はまた、忘れられてしまうかもしれない。
「……ライラックの花、咲いていれば良かったのに」
「春にならないと、咲かないな。どうした、急に」
「……花を食べると、恋がかなうって。……私も、ロヴィが食べたときに、一緒に食べておけばよかった。そうしたら、こんなに不安にならなかったもの」
「リラ……」
「私は、ロヴィが好き。ロヴィが花を食べたからだわ。……でも、ロヴィは私を、いつか忘れてしまうかもしれないでしょう? 運命の番はまだ、みつかっていないのだし」
私は目を伏せた。
幸せな気持ちだったのに、また悲しくなってきてしまう。
一度目は、クロヴィス様が私から離れてしまったときに。
二度目は、エイダに奪われてしまったと思ったときに。
二度も味わった喪失感が、胸に穴をあけている。ふとした瞬間それを思い出して、不安で、苦しくて、どうしようもなくなってしまう。
「リラ……、俺は……、……リラが、好きだ。獣の本能などではなく、それは俺自身の感情だと思っている。だが、……リラを見ていると、愛しくて、苦しくて、リラのすべてを食べたい。壊してしまいたいとさえ思う。これは、……本能だろう」
「……良く分からないわ」
「分からなくて良い。今のは忘れてくれ」
耳に触れる声に、仄暗い熱に、体がぞくりとする。
誤魔化すために曖昧に笑った私に、クロヴィス様は首を振った。
「不安にさせて悪かった。……俺には、リラしかいない。他には何もいらない。この数日で、そう思い知った。だから、……俺を捨てないでくれ、リラ。リラが俺から離れることが、恐ろしい」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私は、ここにいるわ。ずっと、一緒に」
私はクロヴィス様を好きだと伝えているのに、クロヴィス様の声音はまだ不安に彩られている。
どうしてそんなに心配なのかしらと、少し前の私ならあきれ果てていただろう。
けれど、――今の私は、その感情を多分、理解している。
「……本当はね。心配性のロヴィのことを、私は少し、可愛いなって思っているのよ」
たまには、素直に伝えてあげよう。
少しぐらい不安が解消できると良いのだけれど。
「リラ、……好きだ。……愛している」
掠れた声音で、愛を乞うように囁かれる。
唇が再び重なる。深まる口付けに、私は目を閉じた。
花火があがる音がする。あたりが一瞬明るく照らされて、すべての音をかき消すような大きな音が響き渡る。
私は花火を見ている余裕などなくて、せっかくだから一緒に見たかったなと思いながら、――それでも今は熱を分け合うことの方が、私たちにとっては大切な気がしていた。




