魔が差したのは、私のせい
クロヴィス様の命を受け、兵士たちがエイダの両腕を掴む。
エイダの取り巻きたちは既に逃げてしまい、いつも華やかだったエイダの周りには誰一人として残っていなかった。
「全部、全部、あんたが悪いんじゃない、リラ・ネメシア!」
引きずられるようにして歩きながら、エイダは私に向かって怒鳴った。
エイダに嫌われているのは知っていたのだけれど、クロヴィス様の言っていたことが全部本当だとしたら――エイダは私を、殺したいほど憎んでいたということになる。
よくわからない。クロヴィス様が好きという理由だけで、邪魔な私を消してしまおうと思うものなの?
それほどの激情を、深い愛情を、うちに秘めていたエイダの方が、私よりもずっと、クロヴィス様のことが好きだということにならないだろうか。
私は、クロヴィス様が奪われたからといって、エイダを害しようとは思わない。
辛くて、苦しくて――消えてしまいたいとさえ思ったけれど。
関係のない人たちを巻き込み、怪我をさせ、危険な目にあわせてまで、クロヴィス様が欲しいだなんて思えない。
「ロヴィの傍に、いつもいて。気安く話しかけることができて。愛してもらえて。それなのに、その特別を当たり前みたいに受け入れているあんたが昔から大嫌いだったわ! 学園に入学してからだって、ロヴィを邪険にしていたじゃない。見ていて腹が立って仕方なかった!」
エイダの大きな声が、私の心を鋭く突き刺した。
確かに、エイダの言う通りだ。
私は――エイダからしたら、傲慢で自分勝手で嫌な女に見えていただろう。
「……誰にも邪魔をされず、私の仕業だと気づかれずに、あんたを消す方法を思いついたの。あんたのせいで、魔が差したのよ。私はエイダ・ディシードなのに……! こんなはずじゃ、なかったのに!」
「……エイダ」
「ロヴィは、私を愛していると言ったわ。部屋にも来たのよ? ロヴィは私に触れたわ。どう? うらやましいでしょう。私が、憎いでしょう?」
「いい加減、黙りなさいエイダ。クロヴィス様をロヴィと呼んで良いのは、私だけよ」
私はそれだけ、言葉を返した。
腹は立たなかった。
ただ虚無感が胸を支配して、悲しい気持ちになった。
付け入る隙を与えたのは、私なのかもしれない。確かに、私のせいでエイダは道を踏み外してしまったのかもしれない。
けれど、――もう、どうにもならない。
エイダは大広間から連れていかれた。
その姿が見えなくなり、「離しなさい!」という声も遠ざかっていった。
フィオルが私の体を支えるように、背後から両肩に手を置いてくれる。
ミレニアはシグルーンと寄り添うようにしていた。
やがて魔法で出来た鉄の鎖にぎりぎりと拘束されていた人食い熊の姿が、するすると風船が萎むようにして消えていった。魔法の鎖も消え失せて、人食い熊のいなくなったダンスホールには、いくつかの色を失った黒ずんだ宝石が落ちていた。
兵士たちが、それを回収して扉の奥へと戻っていく。
給仕の方々が、散らばった皿やグラスを片付けはじめる。
入口付近まで逃げていた来場者たちは、それぞれゆっくりと元の場所へと戻りだした。
私とクロヴィス様の周りには、遠慮して誰も近づいてこなかった。
ダンスホールの中心に立っているクロヴィス様は、私にそっと手を伸ばした。
「リラ。……不安な思いをさせて、すまなかった」
私はイラっとした。
もうこれは、王太子をすりおろしたい婚約者の会を結成するしかない。
それだと会員が私しかいないわね。まぁ良いか。
私はフィオルに促されて、クロヴィス様の元まで真っすぐに歩く。
本当は回れ右して走って逃げたかったけれど、フィオルがぐいぐい背中を押してくるし、クロヴィス様は愛おしそうにそしてどこか苦しそうに私をじっと見ているし、仕方ない。
ダンスホールの中央まで私を送り届けると、フィオルはミレニアたちの元へと帰っていった。
短いマントのついた黒い衣服を身に纏っているクロヴィス様は、私の前に膝をついて、頭を下げる。
手を差し出してくるので、私はその上に自分の手のひらを重ねた。
「俺が愛しているのは、リラ・ネメシアただひとりだけだ。どうか、許して欲しい」
「……エイダの身辺を調べるために、番とか、嘘をついて騙していたんですか?」
「あぁ。リラが崖から落ちたとき魔力の気配がしたと、フィオルが言っていた。人為的なものだと言ってきかなくてな。だが、……物質破壊魔法を使えるものは少ない。エイダはそれを隠していた。人食い熊の線で調べていくうちに、ディシード家が怪しいという噂が出て……、油断させるためリラの休養中に、俺はエイダに運命の番だと言って愛を囁き、近づいた」
「なんで、教えてくれなかったんです」
一言言ってくれたら、それですんだ話なのに。
クロヴィス様のせいで私は魔力を暴走させて、カレルさんにまで迷惑をかけてしまった。
「……ディシード家のものに、見張られているようだった。リラに近づけば、嘘がばれてしまう。本当は、リラが戻ってくる前に終わらせるつもりだったんだ。……すまない」
「……うう」
しゅん、と両耳が垂れている。
私はそれ以上クロヴィス様を咎めることができずに、口をつぐんだ。
私は耳と尻尾のあるひとに弱い。
それに、――多分、クロヴィス様には特別弱いみたいだ。




