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私が街に出る理由


 エミル君がやってきて、遠慮がちにクロヴィス様の前にケーキと紅茶を置いて去っていった。

 氷の入った紅茶は見るからに冷たそうで、グラスの表面に温度差による雫が垂れている。

 私はケーキを一口口に入れて、もぐもぐごくん、と嚥下した。

 まったりとしたクリームの中にブルーベリーの酸味が爽やかで、甘いものを食べたからか苛立ちが落ち着く。

 クロヴィス様は紅茶のグラスに一口口を付けた。

 カタン、と音を立ててグラスをテーブルに戻すと、再び泣きそうな顔をする。

 まだ誤解は解けていないようだ。


「……ロヴィ、ここはエンバート家のカレル・エンバートさんのお店で、エミル君もカレルさんもフィオルの兄弟よ。フィオルと仲良くなって、エンバート家にお邪魔するようになってから知り合ったの。結構最近ね。カレルさんのケーキ美味しいわよ。食べたら?」


「……先程の少年がリラの相手ではないとしたら、カレルという人物が、恋人なのか……」


 深い絶望に彩られた声音で、クロヴィス様が言った。

 だからなんでそうなるのよ。

 私はテーブルをばんばんしそうになる。しないけど。


「違うわ。カレルさんは知り合い。カレルさんを恋人とか言ったら、お店に来てるお客さんたちに怒られるわよ。二人とも女性に人気があるのよ?」


「リラも女性だ」


「そうだけど」


「つまり、リラから見てもその男は、魅力的だということだろう?」


「お兄さん的存在としてね」


 カレルさんみたいなお兄様がいたら良いなぁと思ったりはする。

 落ち着いた大人の男性への憧れとは、私ぐらいの年齢の女なら大抵持っているものである。

 肯定した私を凝視するクロヴィス様の目尻に涙が溜まっていく。


「ロヴィ、男の子なんだから泣くんじゃないわよ」


 私は呆れ半分、焦り半分で、クロヴィス様を叱咤した。

 これ、私が浮気していて、クロヴィス様を泣かせている嫌な女みたいだわ。

 そんなことは一切ないのに。


「……先程、リラの様子が気になって、外から中の様子をうかがっていたんだ」


「なんでそんなことするのよ。堂々と入ってきなさいよ」


「見ず知らずの男と同席しているのが外から見えたから……、リラの恋人かと思うと間に割って入る勇気がでなかったんだ」


「恋人じゃないわよ。多分、それがカレルさんね」


 私がカレルさんとお話をしている姿を見ていたというクロヴィス様は、「そうか」と小さく返事をした。


「……外にいても、多少会話の内容が、聞こえて」


「あぁ、耳が良いんですよね。半獣族の方って」


 半獣族の方の大きな耳は飾りではない。彼らは一様に私達よりも五感が鋭いと言われている。


「あぁ。嗅覚や視覚や、聴覚などは人族よりも鋭敏だ。だから、立ち聞きするつもりはなかったんだが、たまたま聞こえた」


「……そうですか」


 怪しいわね。

 外から中の様子をうかがっていた時点で立ち聞きする気満々な気がするのだけれど、深くは触れないでおこう。


「全て聞こえたというわけではなかったが、……その、好きとか、……一番好きだとか、言っていただろう? 俺はリラにそんなことを言ってもらったことは一度もない。……それは、ここにリラが想いを寄せる男がいたからなのかと、……俺は、どうしたら」


「どうもしなくて良いです」


 私は深い溜息をついた。

 あぁ、言ったわね。

 ブルーベリーのケーキが好き。ブルーベリーが好き。

 カレルさんに向かって言っていたわね、私。

 何で確実に勘違いを増長させる箇所だけが耳に入ってしまうのかしら。


「あのね、ロヴィ。それは、ケーキの話よ。新作のケーキ、私の好きなブルーベリーだっていう話。私はカレルさんに想いを寄せてなんてないし、まして恋人とかじゃないわよ」


「そ、そうなのか……? しかし、リラ。あえてリラの好物のブルーベリーでケーキを作るとか、男の方には下心が……」


「失礼なことを言うんじゃないわよ。全料理人に謝りなさい、ロヴィ。カレルさんは仕事でケーキを作ってるのよ?」


「じゃ、じゃあ、リラは俺がブルーベリーのケーキを作ったら、好きだと言ってくれるのか?」


「ブルーベリーが好きだから、それは言うわよ。私の好きなブルーベリーのケーキを作ってくれてありがとう、って」


「……俺も、料理人になる」


「すりおろすわよ。最近鍛えているらしい腹筋で、山葵をすりおろして刺身を食べるわよ。今から料理人を目指してどうするのよ。狼狽えたことを言っていないで、さっさとケーキをお食べなさい、ロヴィ。美味しいわよ」


「……山葵をすりおろせるぐらいに、鍛え上げるから、待っていてくれ」


 クロヴィス様は嬉しそうにフードの中の耳をぴくぴくさせながら、頬を染めて微笑んだ。

 誤解はとけたようだ。良かった。

 やっとケーキを食べ始めてくれたクロヴィス様を眺めながら、私は小さく溜息をついた。

 今後、このようなことが繰り返されるのかしら。

 一体どうしちゃったのかしら。そんなに不安にならなくても――私がクロヴィス様を捨てたりはしないと思うのに。

 感情論は抜きにして、身分差を考えれば、それは不可能なことなのよ。

 その逆は、あるかもしれないけれど。

 やっと誤解が解けたのか、クロヴィス様はブルーベリーのケーキを明らかにお育ちの良い優雅な所作で食べ終えて、食後の紅茶を口にした。

 お食事中無駄な会話をしないのも、お育ちの良さを物語っている。

 なので私たちは向かいあって、無言でケーキを食べた。そのせいで若干の修羅場感が演出され続けてはいたけれど、クロヴィス様の表情はもう絶望に彩られてはいなかったので、私は内心安堵していた。


「リラ。ところで……、リラは何故一人で街に?」


 私もケーキを美味しくいただいて、暖かい紅茶に口をつける。

 それから、クロヴィス様の質問に一瞬言葉を詰まらせた。


「……それは、……我が家の者がうるさいので、たまには一人になりたいなと思ったからです」


 私はクロヴィス様から若干視線を逸らしながら言った。


「リラの家人たちは、皆おおらかで優しいと記憶しているが」


「おおらかで優しいですよ。リラたん、リラたんと暇さえあれば私の周りをぐるぐる回ってくる父や、リラちゃん、新しいお洋服よ、新しいお化粧よ、新しい髪型に挑戦しましょう、などと言って私を着せ替え人形にしてくる母から時々逃げ出したくなるというだけで、別に嫌いということではありません」


「女性の一人歩きは、危なくはないのか?」


「大丈夫ですよ。完全にひとり、というわけではありません。一応、見張りはいます。どこかに」


 他のお客さんに聞かれないように、私はクロヴィス様に顔を寄せると、自分の口元に手を当ててこそこそと小さな声で話した。

 クロヴィス様はふむふむと聞いた後、何故か嬉しそうに口元を緩ませた。


「いつぐらいから、こうして外に? 今日ルシアナに聞くまで、全く知らなかった。リラのことを、俺は知らないのだと思い知った。自分が情けない」


 嬉しそうにしていたのもつかの間、クロヴィス様は再び表情を曇らせる。

 今度は絶望しているというよりも、悔恨の色が濃い。別に気にするようなことじゃないのに。

 私だってクロヴィス様については知らないことの方が多い。

 特にここ最近は疎遠になっていたから、クロヴィス様の身辺のことなどは良く知らない。


「別にそんなこと気になくても良いです。言っていなかったですし。いつから……、そうですね、大体一年前ぐらいからでしょうか。十五歳になったのをきっかけに、家人に許してもらったんですよ」


「……リラ、それは、まさか」


 クロヴィス様は何かに気づいたように、まじまじと私を凝視した。

 私は眉根を寄せて、その顔を睨みつけた。


「なんですか、どのまさかですか。一人になりたい、以外の理由なんてないですけど」


「それは……、俺が学園に入って、……それで、リラにつれない態度を取り始めた時期と重なるような気がする」


 察しが良いわね、この野郎。

 私は心の中で悪態をついた。

 言うんじゃなかった。言うんじゃなかった。言うんじゃなかった……!

 心の中にいるリラ・ネメシアが、じたばた暴れながら床を叩きまくっている。

 馬鹿正直に言わなければ良かった。馬鹿だわ、私。

 この最近のクロヴィス様がご乱心していたせいで、すっかり小馬鹿にしてしまっていた。

 そうだったわ。こんなんだけれど、クロヴィス様は結構優秀な王太子殿下で、成績も良いし頭の回転も速いんだったわ。

 優秀だし品行方正だし、王位を継ぐものとして申し分ない王太子殿下だと評判だ。

 なので――まぁ、気付くだろう。

 うっかりしていた。

 完全に油断していた。

 私は、おろおろしながら、「あぁ、うう」と謎の声を上げた。


「そうか、リラ……、俺の不実な態度を思い悩んだ結果、気分転換に外歩きを始めたんだな」


「ち、ち、違います、違うから、全然違うから……! 何言ってるのかしら、調子に乗らないでくれる? 私の趣味とロヴィの態度とかは、関係ないから! これっぽっちも関係ないから!」


 事実を指摘された時の人とは、ここまで狼狽えるものなのかしら。

 顔が真っ赤になるのを感じる。

 頭が沸騰するようだった。ひたすらに恥ずかしい。気づかれたくなかった。

 確かに、そうなのだ。

 私は――クロヴィス様が私に冷たくなったのは、きっと魔道学園で素敵な女性に出会ったとか、そういうやつで、腐れ縁で見飽きた私になんて興味がないわよね。まぁ、仕方ないわよね。

 などと自分に言い聞かせて、飲み込んで、割り切った結果――外歩きを選択したのである。

 街を歩いていると、気が楽になった。

 寂しいとか、腹立たしいとか、そういう気持ちは、王都のにぎやかな街を歩いていると忘れることができた。

 フィオルにも出会ったし、カレルさんもエミル君も、優しくしてくれる。

 だから、――なんというか、きっかけはそうだったかもしれないけれど、もうそんなことは過去なのである。

 ひいひいしながら否定する私を落ち着いた表情で眺めたあと、クロヴィス様はそれはそれは嬉しそうに口元をにやにやさせた。

 ムカつくのでテーブルの下の足をのばして、その脛を蹴ってやった。

 全く痛くなさそうだった。




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