猫舌の男と熱々の海老ドリア
無駄話をしているうちに記念すべき学園生活第一日目の、お昼ご飯の時間が着々と無くなりつつある。
まさに無駄話だった。無駄話でしかない。クロヴィス様が待てというから、ミレニアもフィオルも待たせてしまって申し訳ない。
クロヴィス様は「何故ミレニアの番がリラなんだ、納得できない」などとまだ話し合いたいようなことを言っていたけれど、私はクロヴィス様の手を引っ張って食堂に行くことにした。
私がクロヴィス様の手をつかむと、ふさふさの先端だけ白い黒い尻尾をふって、クロヴィス様はそれはそれは嬉しそうにした。
ちょろい男である。
「いいかげんご飯を食べに行きますよ。ご飯を食べずに午後の授業とか嫌なので」
「それもそうだな。……リラと二人で食事をするのはいつぶりだろうか。これから毎日一緒に食事ができると思うと、これはもう実質結婚したようなものだな」
「違いますけど」
自信満々に良くわからないことを言うクロヴィス様を私は睨む。
「私もいますわ!」
「私もいます」
ミレニアとフィオルが手を挙げて主張した。
「三人とご飯を食べたら、三人と結婚したことになるんですか? 浮気者じゃないですか」
「違うぞ、リラ。俺の目にはリラしかうつっていない。女性としてはという話だ。無論、ミレニアも、フィオルも見えているが」
「クロヴィス様、フィオルのことを知っているんですか? さては、運命の番……」
「いや、そういうことではなくて、エンバート家は有名な商家だ。エンバート家から出る魔導士は皆優秀だということは有名だからな。フィオルも、教師たちからかなり注目されている。俺の耳にも届くほどには」
「そうなんですか? すごいわね、フィオル」
フィオルは運命の番ではなかった。
フィオルならば婚約者もいないし、私の親しい友人だし、良いかなと思ったのだけれど。
私が褒めると、フィオルは苦笑した。クロヴィス様やミレニアの手前か、「私は普通よ」と謙遜するので、今度詳しく魔法について聞いてみようと思う。
食堂は校舎一階の回廊を抜けた右端にある。
クロヴィス様の案内で、私たちは食堂に向かった。遅くなってしまったせいか、すでに食事をすませた生徒の皆様がちらほらと戻ってきている。
すれ違いざまに手をつないで歩く私たちを見ては、にこやかに会釈してくださる。
ちょっとした移動でも手を繋ぐ婚約者だと思われているわね、これは。
同じ学園に入学ができて浮かれ切っている王太子殿下の婚約者、といった感じだわ。
そんなんじゃないのに。
私たちの後ろをミレニアとフィオルが歩いている。
ミレニアはすっかりフィオルになついたようで、あれこれと話をしていた。
できれば私もそちらに加わりたい。けれど、仕方ない。クロヴィス様の介護生活も、番とやらが見つかるまでの話である。
その運命の番とやらが見つかったら私は、どうするんだったっけ。
番の方を学園から追い出すとかなんとか、言っていたかしら。私が。この状態の、私が。
そんなことをしたら――嫉妬のあまり、クロヴィス様の運命の女性を排除しようとしている恐ろしい婚約者になっちゃうのではないかしら。
今はこんなに仲睦まじいのに、番が現れてしまって――嫉妬にくるう私。
そんな感じになっちゃうのではないかしら。
そういうのでもないのに。
食堂では、シグルーンが先に待っていて、席を確保してくれていた。
私たちの姿を見つけると、手を振ってくれる。ミレニアが嬉しそうにはねながら手を振り返していた。
広い室内には六人掛けぐらいの大きなテーブルと椅子が、整然と並んでいる。食堂の入り口に食券売り場があり、食べたいランチを選ぶという仕組みのようだ。
といっても、食費は授業料に含まれているのでお金がかかるというわけではない。
ボタンを押すと券が出てくる自動券売機は、魔法を使うことができない国の大多数の人々が研究し作り上げている、蛍石を動力とする機械である。
ミレニアは自動券売機を見たのははじめてのようで、券売機の前でおろおろしていた。
ランチメニューは二つ。
これは日替わりらしいけれど、今日は『海老ドリア』と『きのこクリームパスタ』だった。
ホワイトソースとチーズ攻め。私はどちらも嫌いじゃないので良いのだけれど。白いものが嫌いなひとはどうするのかしら。
海老かきのこで悩んだ私は、きのこクリームパスタにしてみた。
フィオルは「結構庶民的なのね」とメニューを見ながら言っていた。もっと貴族貴族した豪華なメニューだと思っていたようだ。
魔道学園内では従者に世話を焼いて貰ってはいけないとされているので、食事も割合に簡素なものなのだろう。
海老ドリアの乗ったトレイを持ったクロヴィス様が私のきのこクリームパスタも持とうとするので、断固阻止した。
シグルーンはミレニアの分を注文してあげた挙句、持ってあげていた。甘やかしている。
私たちはシグルーンの確保してくれていたテーブルに、食事を持って行って座った。
クロヴィス様は私の隣。シグルーンとミレニアも並んで私たちの正面に座っている。
フィオルには私の隣に座ってもらった。フィオルが隣にいるだけで、安心感がすごい。
やっとご飯を食べることができる。
フクロダケと思われるまんまるいキノコの入ったクリームパスタの、わかりやすい味が体にしみる。
フィオルと行った王都の下町の食堂を思い出す味だった。懐かしい。とても良い。
ふと隣を見ると、クロヴィス様が難しい顔をして目の前の海老ドリアを見つめ続けていた。
そういえば、猫舌だったわね。
海老ドリアは熱いでしょうね。
なんで選んじゃったのかしら。海老、食べたかったのかしら。
私はちらりと横目でクロヴィス様を見た後、目の前のシグルーンとミレニアに視線を向けた。
ミレニアがシグルーンにクリームパスタを食べさせているのを目撃してしまった。「シグ様、あーん」とか言っている。流石ミレニアだ。デレしかない。悪気もない。
ミレニアの愛らしい様子にシグルーンもきっとご満悦だろう。表面上はそつのない美麗な次期宰相みたいな顔をしているけれど、あれの中身は変態である。
「……殿下は、番とかいうのが心配過ぎて、食欲がないのかしら?」
商人気質で食べるのが早いフィオルが、さっさと自分の分のきのこクリームパスタを食べ終えて、囁くように私に聞いた。
私はフクロダケをフォークで突き刺しながら、フィオルに答える。
「猫舌なのよ」
「猫舌」
「それもかなりの」
「それは、大変ね。ドリアは見つめてたって冷めないわよ。教えてあげたら?」
「クロヴィス様はお育ちが良いから、ドリアをぐちゃぐちゃにかきまわしたりはしないのよ」
「日が暮れるわよ」
フィオルは私をじっと見つめると、にっこり笑った。
「……リラ。リラの今の状況は何となく理解できたわ。幼馴染は負けるものだけれど、リラなら大丈夫よ。殿下に、リラこそが番だと気づかせてあげなさい」
「えぇ……、気付かせるって、どうやって……」
「正面を見なさい、リラ。お手本はすぐそこにあるわ」
私の正面にいるのは変態とデレ兎だ。
「私食べ終わりましたので、先に失礼しますね。ごちそうさまでした」
きちんと挨拶をしたあと、フィオルは自分の分の食器を片付けて先に食堂から出て行ってしまった。
「あとはお若い方でごゆっくり、若いって良いわね、おほほほ」と言わんばかりの姿だった。
フィオルの姿に、巷で評判の世話焼きご婦人の姿が重なって見えた。
「……あまり、会話をしないせいでリラの友人の気分を害してしまっただろうか。すまない。……リラと友人の邪魔をしたいわけではないんだが、俺もリラと一緒にいたい」
白い深皿にたっぷりと入った海老ドリアを難しい顔でみつめながら、クロヴィス様が気遣うように言った。
海老ドリアを前に苦悩する、海老ドリア研究者に見えなくもなかった。




