肩身が狭く物理的にも狭い
健気な変態と本気の変態と子ウサギの相手に無駄な時間を費やしてしまった。
結局入学式にはまともに参加できなかった私は、仲睦まじいシグルーンとミレニアに別れを告げ、私を追いかけようとするクロヴィス様から走って逃げることにした。
もう今日は疲れたので、ゆっくり休みたい。明日からの学園生活、気が重い。
私に追い縋ろうとするクロヴィス様に「追ってきたら二度と手を繋いであげない」と言ったら、諦めてくれた。なかなかの効き目だ。次からこの手を使おう。手、だけに。なんちゃって。
……なんでもないわ。
ミレニアは「リラ様、番がどうしましたの?」と最後までそわそわ気にしていたようだったけれど、その話はまた今度で良い。
ともかく私は一人になりたい。心の傷は深いのである。
寮に戻ると、ルシアナが『リラ様☆』と扇に桃色のスパンコールを縫い付けていたので、見なかったことにした。
疲れているのよ、私。今日は幻ばかり見る日だわ。ミレニアの耳の触り心地は最高だった。それだけは良かった。
翌日、再び寮の玄関でクロヴィス様が待っていてくれた。
慣れるしかない。仕方ない。
今日から授業が始まるので、そうしたらそこまで私に構い倒すことはできなくなる筈だ。
私たちは昨日と同じように仲良く手を繋いで登校した。ルシアナが昨日作ったらしい扇を振りながら「リラ様、いってらっしゃいませ!」と見送ってくれた。
昨日に引き続きネメシア公爵家の勘違い女の爆誕である。そんなんじゃないのに。私は普通なのに。
そんなわけで、周囲を若干ざわつかせながら、私は一年の教室へと向かった。
「リラ、昼休憩には迎えにくる。教室で待っていてくれ。必ずだぞ。そうでなかった場合、王家の力を総動員して血眼になってお前を探すことになってしまう」
「昼休憩の時間に私がいないぐらいで、王家の力を使うんじゃないわよ」
「俺にとってリラは、それぐらい大切だということだ。使えるものは使う。権力も使う」
「王太子をすりおろしたい婚約者の会を結成するしかない」
「大根をすりおろせるぐらいの腹筋になるべく、昨日から鍛え直し始めている。安心してくれ」
「馬鹿なの? 死ぬの?」
私は教室の入り口で、クロヴィス様の耳を引っ張ろうとして、背伸びをした。
身長差がありすぎて背伸びをしても届かなかった。
クロヴィス様が察して、少し身をかがめてくれた。どうぞ、という感じで耳を差し出してくるのがムカつくので、思う存分引っ張って上げた。
嬉しそうだった。滅びると良い。
「……リラ、名残惜しいが昼休みに、また」
「名残惜しくないわよ。昨日もあってるし、今朝もあってるし、昼休みにも会うのよ? 名残惜しんでたら名残惜しさがいくつあっても足りないわよ」
「……寂しい」
私はクロヴィス様の耳から手を離して、教室に入ろうとした。
私のローブを引っ張って、クロヴィス様がしゅんとしながら、小さな声で言った。
「うう……」
どうしよう。
今私は、可愛いと思ってしまったわ。こんな面倒くさいクロヴィス様を。可愛いとか、正気なの、私。
「昼休み、待っていてあげますから。授業に出てください」
私は仕方なく、本当に小さな声で、返事をしてあげた。
最大級の譲歩である。王家の力を総動員されて捜索されたらたまらない。そんなに恥ずかしいことはないので。
嬉しそうにぱたぱたしっぽを振ったあと、何度も頷いて、やっと自分の教室に向かってくれたクロヴィス様に別れを告げて、私は教室に入った。
波のように私から男子生徒たちが離れていく。半径三メートルの掟を守っている。なんて王家に従順な方達なのかしら。
私は居た堪れない気持ちになりながら、教室の奥へと向かった。
半円状に並んだ長机の一番前の席で、フィオルとミレニアが手を振っている。
彼女たちのちょうど真ん中の席が空いている。
一人きりになるのは寂しかったので、私は遠慮なくお邪魔することにした。
私が座ると、ミレニアが何故か私の方へぐいぐい椅子を近づけてきた。
それを見たフィオルも、椅子を私に近づけた。
肘が密着するぐらいに近づいてくる二人に挟まれて、私は戸惑った。何かしら、この狭さ。
机と椅子が足りないから、密着して座れとかいうお達しでもあったのかしら。
私が二人に訝しげな視線を送ると、ミレニアとフィオルが私を挟んで睨み合っていた。
この子達、知り合いだったかしら。
フィオル・エンバートはエンバート準男爵家の長女である。
エンバート準男爵家は商家だ。エンバート家というのは資産家である上に慈善家であったらしく、孤児院から子供達を引き取って育てていたら、そのなかに魔力が強い子供が何人かいたようで、そのうち魔力持ちが多く生まれるようになった、という稀有な家系らしい。
そんなわけで、それなら魔力制御を覚えるために魔導学園に通わせた方が良いだろうという話になり、準男爵の地位を購入したのだという。
私とフィオルは、私が王都を散策しているときに知り合った。
別に劇的な出会いだったというわけじゃない。私が道に迷っていたのを助けてくれたのだ。
最初に会った時にフィオルは笑いながら「絶対に平民じゃないと思った」と言っていた。私は身分を隠してうろうろしていたのに、立ち振る舞いが明らかに貴族っぽかったらしい。
ほんの一年前の話である。
それから友達関係を続けている。フィオルは「身分が違うから」と言って、我が家に遊びに来てくれるようなことはなかったけれど、私が街に遊びにいく時などは、付き合ってくれたりする間柄だ。
ふわりとした金色の髪と緑色の目をした、勝気そうな見た目のフィオルは今、何故だか大人しくて愛らしい見た目のミレニアと無言の睨み合いを続けていた。
「……二人とも、何かあったの?」
「リラ様は、わ、私の、お友達、です……、それなのにその方が、リラ様が自分のもののようなことを言うので」
「そんなふうには言ってないですけど」
「だ、だって、私がリラ様の席を確保していたら、そんなことはしなくて良いって言うから」
「いや、だって、席結構空いてるし。リラは私と一緒に座るかなぁって思ってたので」
どうやら私がクロヴィス様と揉めている間に、こちらはこちらで一悶着あったらしい。
大人しいミレニアが揉めるとかあんまり想像できないのだけれど。フォイルはまだ分かる。結構気が強いことを知っているので。
「リラ様、誰ですの、この方……、私というものがありながら、リラ様は他にもお友達がいましたの……?」
大きな瞳にうるうると涙を溜めて、ミレニアが聞いてくる。
垂れている耳がいっそう垂れて、ふるふると震えている。うさぎは寂しいと死ぬんだったかしら。ミレニアももれなく死ぬのかしら。
心配だけれど、ミレニアにはシグルーンという変態がいる。大丈夫だろう。
「友達の一人や二人や三人や四人、いるでしょ。いや、別にいなくても良いけど、居ても良いんじゃないですか?」
「そんな、……ふしだらな」
フィオルに言われて、ミレニアはショックを受けたように青ざめた。
そうこうしながら、ミレニアは私の腕にぎゅうぎゅうと体をくっつけてくる。なかなか、触り心地が良い。ふわふわしている。胸が。
「友達がたくさんいると、ふしだらなの、ミレニア?」
私は少々戸惑いながら疑問を口にした。
フィオルはミレニアから私を守るように、片腕で私を庇う。騎士みたい。別にミレニアには何の害もないので、大丈夫なのだけど。
「私、リラ様に初対面で耳を引っ張られた時から、リラ様のことを運命の番だと思っておりましたのに……っ」
そんなことしたっけ。
ちょっと覚えていないわね。引っ張ったかもしれないわ。その頃の私、クロヴィス様の耳を引っ張りまくっていたぐらいだから、かなりどうかしていた。
「あの、ミレニア? 運命の番というのは、男女でのことではないの? あなたにはシグがいるじゃない」
「それとこれとは別なのですわ。運命の番とは、一生仲良くしたい方のこと。男女の愛情のみに適応されるなど、古臭い考えです。私達半獣族は、本能で番を選びますのよ。シグ様のことは婚約者として愛しておりますけれど、それはそれとして、リラ様のことは一番のお友達だと思っておりますの」
「そういうものなの?」
「はい。昨日、リラ様が運命の番について気にされていたので、てっきり私のことだと……! 私、とっても嬉しかったのに、この方がリラ様と私の学園生活を邪魔しようとするから」
力説するミレニアを、フィオルは呆れたように見つめた。
「それって、随分じゃない。……ミレニア様の許可がないと、リラと友達でいたらいけないってこと?」
「公爵家のリラ様を、そのように気安く呼ぶなどと、いけませんわ……!」
必死にミレニアが言った。
「良いのよ、ミレニア。フィオルとは友達関係だし、貴族が身分が、などとあまり言いたくないわ。私はたまたま公爵家に生まれただけだし」
「リラ様、なんと気高い……、ミレニアは一生リラ様についていきますわ。シグ様に嫁いだら、私も王都に住めますもの……、とても、嬉しいです」
「まぁ、それは良いのだけど……、ミレニア、フィオルは一見怖そうだし見た目通り気が強いのだけれど、良い方だわ。ミレニアも仲良くしてくれないかしら」
「……リ、リラ様がそう言うのなら……!」
「フィオルも」
ミレニアは素直にこくこくと頷いた。
フィオルは困ったように眉根を寄せた。
「ミレニア様、でも私、リラの席を確保するために半径三メートルに誰も近づけないようにする氷の結界を張るのは、やりすぎだと思いますよ」
「そんなことしてたの」
どうやらフィオルは、ミレニアに注意してくれたようだ。正義感の強いフィオルらしい。だから揉めてしまったのだろう。
「で、でも、殿下がそうしろと、昨日の入学式で言っておりましたわ……」
そしてミレニアは純粋で生真面目である。
全部クロヴィス様が悪い。
「昨日のあれは、忘れて頂戴」
私は額を手で押さえながら言った。できることならあらゆる人たちの脳細胞から昨日の記憶を抹消したい。
今も王家に忠実な男子生徒達は私からかなり離れた席に座っている。ものすごく、申し訳なかった。




