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理想的な婚約者とは



 控室へ戻った私は、長椅子にしょんぼりと座って呆然自失していた。

 入学式が終われば今日の行事はそれで終わりである。教科書の類はもう購入済み。明日は各教室でのオリエンテーションのみなので、荷物は筆記用具ぐらいだ。

 王立魔道学園は通っている生徒達が貴族ばかりなので、割とのんびりしている。貴族というのはあくせく働かないものなのである。お父様は例外だ。


「……明日からどの面下げて登校しろというの……」


「案ずるな、リラ。明日も明後日も、俺が一緒にいる」


「……全部クロヴィス様のせいじゃない。ばか、ばか!」


「リラは非力だなぁ」


 それはもう満足気なクロヴィス様が私の座る長椅子の隣に座ってくるので、私は思いきり耳を引っ張ってあげた。

 クロヴィス様は、「こらこら、駄目だぞ☆」みたいな反応をしてきた。

 滅びると良い。


「何が半径三メートルよ。そんなこと言ったら誰も私の隣に座ってくれなくなっちゃうじゃない……! 何なの、クロヴィス様。私の学園生活の邪魔をしたいの?」


「男子生徒と隣り合って座るつもりだったのか、リラ。誰だ……、一体誰とそのような約束をしているんだ。俺の知らないところで既に愛を育んでいる相手がいるのか……!」


「いませんよ、いないから怒ってるんじゃない……! これではとんだ勘違い女よ、クロヴィス様のせいで! 私ってば男子に人気で困っちゃう~、とか言って、婚約者に相談してる頭の痛い女みたいになっちゃったじゃない。別にそんな相手はいないのに」


「……可哀想に、リラ様。そのような相手がいないのなら、私がそのような相手を演じてあげましょうか? 宣戦布告した以上、一人もいないというのは、ちょっと」


 私が妄想の敵に向かって怒っているクロヴィス様を更に怒りまくっていると、シグルーンが口を挟んだ。

 眼鏡の奥の瞳が、私に残念な生き物でも見るような視線を送っている。

 残念なのはお前だ。お前とか言っちゃったわ。この二人といると口が悪くなるわね。淑女。私は淑女。


「シグの分際で私を哀れむんじゃないわよ。それに婚約者がいるでしょう、シグには。悲しませたらいけないわ」


「リラ様は優しいですね。ツンのあとにくるデレ。様式美ですね」


「この……っ」


 私が立ち上がり、シグルーンに向かって一人がけ用の椅子を投げつけようとした時だった。

 控室に小柄な女性が入ってきた。

 すらりとした体つきに、身長が低いせいでローブを変形させたような制服がぶかぶかしている。

 薄紫色の髪に桃色の目をした、幼さの残る顔立ちの少女である。

 頭には半獣族の証である、ふわふわした白い耳がはえている。これがとても、ウサギっぽい。たれ耳ウサギっぽい耳なのだ。きっとお尻には尻尾もあるに違いない。

 私は心の中で呟いた。頭に来るほどに可愛い。つつきまわしたい、と。


「シグ様、お会いしたかったです……!」


 少女は一直線にシグルーンに突進すると、その体に抱き着いた。

 ローブの裾が長くてずるずるしている。指先まで袖で隠れているのが、幼さを増長させて見せていた。


「ミレニア」


 シグルーンは少女をそっと抱きしめて、それはもう美しい笑みを浮かべる。

 先程私と話しながらはあはあ興奮していた変態の面影は、そこにはない。スマートかつ美しい、次期宰相閣下、みたいな感じを演出している。私は舌打をつきたくなった。我慢した。


「シグ様がいらっしゃると聞いたので、居ても立ってもいられずに来てしまいましたの。ごめんなさい、どうしてもお会いしたくて……! リラ様と殿下がいらっしゃるにも関わらず、不敬な行動をとってしまいましたわ。お許しください。全ては、シグ様を愛しく思う私が悪いのです。どんな罰でも受けますわ……!」


 少女――ミレニア・クリスフォードは、涙目で私たちに向かって頭を下げた。

 シグルーンの婚約者である、デレしかない少女。ミレニア・クリスフォードは、クリスフォード侯爵家の長女である。久しぶりにあったけれど、相変わらず凄いわね。

 これぞ、婚約者という感じ。私にはできない。無理。

 そして耳が垂れていて可愛いわね。つつきまわしてやろうかしら。

 クロヴィス様が二人の様子を見たあと私に羨ましそうな視線を送ってきたので、もう一度耳を引っ張ってやった。

 そういえば私はまだ怒っていたのだった。

 私はミレニアみたいに可愛くないので、クロヴィス様を許してあげないのである。

 クロヴィス様の耳を引っ張る私を、ミレニアはシグルーンに抱きつきながら、あわあわと見つめた。

 ミレニアにとっては婚約者の男性に暴力を振るうというのは未知の世界なのだろう。ミレニアとは彼女がシグルーンの婚約者に選ばれた十歳の時からの付き合いだけれど、昔から大人しくて可愛い子だった。

 といってもミレニアのクリスフォード侯爵家は王都から離れているので、晩餐会とか、季節のご挨拶の時ぐらいしか会うことはなかったのだけれど、私はミレニアを友達だと思っている。

 ミレニアが私を友達だと思っているかどうかは知らない。態度の悪い恐ろしい公爵家の長女だと思われている可能性はある。

 私に会うたびにおどおどしているので、思われているかもしれない。思われているだろう。うん。つつきまわしてあげよう。


「ミレニア、久しぶりね。別に私は好き好んでこの場所にいるわけではないのよ。だからあなたがシグに会いにここにきたとしても、咎める必要性なんて感じないわ。それにしても、今日も耳がふさふさね」


「リラ様……! 寛大なるお心、感謝いたしますわ。私、感銘を受けましたのよ。この学園で、入学式の日からリラ様を守ろうとする殿下の愛情……、素晴らしかったですわ……!」


 クロヴィス様の耳を引っ張ることに飽きた私は、長椅子から立ち上がるとミレニアに近づいた。

 私よりもミレニアは背が低い。私の目の前で、垂れたうさぎ耳がぱたぱたとかすかに揺れた。

 ミレニアは桃色の瞳を潤ませて私を見上げる。くそう。可愛いわね。

 それにしてもデレしかないことで私の中で評判なミレニアの目には、先程の私とクロヴィス様の姿はそう映ったらしい。ミレニアは素直なので、言葉に悪意もなければ嫌味もない。素直に、本気で、そう思っているのだ。


「あんなの恥さらしなだけじゃない……、私の学園生活はもう、絶望しかないわよ……」


「そんな! そんなことありませんわ! リラ様と殿下を私も見習いたいです。みんなきっと、そう思っておりますわ」


「ミレニアも、シグにああいったことをされたら、嬉しいの?」


「はい! シグ様が私を不埒な男性たちから守ってくださろうとするのなら、これほど嬉しいことはありませんわ! もちろん、私はシグ様一筋ですし、リラ様のように男性から人気があるというわけではありませんのよ。だから、嫉妬する必要はないといえばないのですけれど、でも、きっと同じことをしていただけるのなら嬉しいと思いますわ」


「ミレニア」


 私は徐にミレニアの垂れた耳の根本をつかんだ。


「きゃん!」


 ミレニアは可愛い声をあげた。みるみるうちに目元が赤くなり、瞳がうるうるしはじめる。

 私はミレニアの耳の根本をきゅうきゅう撫でた。ふさふさで気持ち良い。


「どう考えても、私は男性から人気はないし、ミレニアを狙う不埒な男どもの方が多いわよ……? 私は男友達すらいないのよ」


「私にもいませんよぅ……、私のお友達はリラ様だけですぅ……っ、同じクラスになれて心強いですわ……っ、あぁ、ごめんなさい、リラ様をお友達とか言ってしまって……、お許しください……っ」


 耳の根本をうりうりしていると、ミレニアはふるふる震えながら目尻に涙を溜めた。

 この感触、この感じ、久しぶりだわ。この、思わずいじめたくなる感じ。

 ミレニアをつつきまわして大変満足した私は、手を離した。私が男だったら、私よりもミレニアと婚約したい。

 私は可愛くないし、ミレニアは可愛い。ミレニアだったらきっと、クロヴィス様のことも恥ずかしがりながら「ロヴィきゅん♡」と呼ぶに違いない。容易に想像できてしまう。

 私は、ハッとして、私の背後でまだ長椅子に座っているクロヴィス様を振り向いた。

 クロヴィス様は何故か口元を手で隠して、俯いていた。耳が心なしかいつもよりも垂れている。


「クロヴィス様、もしや運命の番とはミレニアのことではないでしょうか?」


「な、なんですの、運命の番……? リラ様、急にどうしましたの?」


 ミレニアは私が弄りまわした耳を手で押さえながら、驚いたように目を見開いた。


「きっとそう、そうに違いないわ。クロヴィス様、どうです? どんな感じです? ほら、顔が赤い気がします。体温が上昇しているようです。それは、恋なのでは……?」


「いや、違う、これは……」


 クロヴィス様は苦しげに視線を逸らした。

 恋だわ。恋に違いないわ。これで、万事解決。ミレニアはシグルーンの婚約者なので、どうにもならない。

 諦めてもらうしかないわね。もしくは、第一王子権限で奪うとかするのかしら。泥沼だわ。


「美少女が戯れる姿につい興奮してしまうのが、男という生き物なんですよ」


 シグルーンがそっとミレニアを自分の後ろに隠しながら言った。何言ってるの、この変態。


「何言ってるの、変態」


 心の声がつい口から漏れてしまった。まあ良いか。シグルーンが変態なのは昔からなので。

 


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