第三話
シルヴァン殿下がおっしゃったことが本当ならどんなに嬉しいでしょう。
周囲の人々もざわめいています。
「フェリシー嬢、私に任せていただけますか?よければ私の掌に手を重ねてください」
とても優しい目をしたシルヴァン殿下が、掌を上にして両手を差し出されます。
そろりとシルヴァン殿下の掌に手を重ねました。
「――!」
すると、シルヴァン殿下の掌から何か温かいものが流れ込んできました。
その温かいものは私の体を巡ると、ゆっくりと馴染むように消えていきました。
「フェリシー嬢、これでもう声は戻りました。第一声は、求婚の返事だと嬉しいのですが」
いたずらっぽい笑顔でおっしゃるシルヴァン殿下に、つられて私も笑顔になります。
本当に声が出るのか緊張しますが、深く息を吐き、意を決して口を開きました。
「――喜んでお受けいたします、シルヴァン様」
私が声を発した瞬間、周囲から歓声が上がりました。
「良かった……フェリシー嬢、必ず幸せにします」
ほっとした様子のシルヴァン様の手に触れたまま、二人で笑い合いました。
「……んでよ」
「メリザンド……?」
俯いたまま何かを呟くメリザンドにカジミール殿下が声をかけます。
「なんで声が戻ってんのよっ⁉︎」
周囲がざわめきます。
何故なら、先程聞いたメリザンドの声とは全然違う、ガラガラと掠れた声だったからです。
「メリザンド、声が……」
カジミール殿下はどこか放心したような様子です。
「先程、フェリシー嬢にかけられていた呪いを解呪しました。解かれた呪いは術者に返るので、そのせいでその様な声になったのでしょう」
「呪い、だったのですか?」
「はい。恐らく、フェリシー嬢が口にしたオリーブオイルにかけられていたのです。フェリシー嬢が歌う前に毎回飲んでいた事は、皆知っていますから」
「何故、呪いなど……」
メリザンドに視線が集まります。
どうして私は呪いをかけられたのでしょうか。
メリザンドとは話したこともありませんでした。
「あんたからカジミール様を奪って私が王妃になるために決まってんじゃない!」
「え……?」
「なにが『フェリシー・エヴラールの歌声は天使の調べ』よ!調子乗ってんじゃないわよ‼︎ムカつくから声を奪って私の物にしてやったのよっ‼︎」
「調子に乗ってなんか……」
「フェリシー嬢、気にしなくて良いですよ。これはただの僻みです」
シルヴァン様がメリザンドから隠す様に私の前に出られます。
「そろそろ正気に戻そうか」
シルヴァン様はそう呟くと指をパチンと鳴らしました。
すると、メリザンドに傾倒していた人々が、憑物が落ちたようにすっきりとした表情になりました。
「――っフェリシーすまない‼︎」
「カジミール殿下?」
「私は君に酷い事を……っ」
カジミール殿下が酷く取り乱しています。
「シルヴァン様、これは一体?」
「カジミール王子と数人の方達は魅了にかかっていたんです。それを今、解除しました」
カジミール殿下や他の方達の豹変の原因は、魅了にかかっていたからだったのですね。
私を衆人環視の中辱めたのは、カジミール殿下の本心では無かったとわかり、少し気持ちが楽になりました。
「フェリシー、本当に申し訳なかった。私の行いを許しては貰えないだろうが、私と――」
「――カジミール王子、その先は……」
シルヴァン様がカジミール殿下の言葉を遮り、首を横に振ります。
「カジミール殿下、申し訳ありません」
カジミール殿下にかけられた魅了は解け、謝罪もしていただきましたが、やはりもう以前の様には戻れません。
私にはもう、シルヴァン様という愛する方がいますから。
「……そう、か。……本当に申し訳なかった、フェリシー嬢。どうか幸せに」
「……はい」
カジミール殿下も納得していただけたようです。