第二話
「フェリシー・エヴラール!お前とは結婚出来ない、婚約は破棄だ!」
「……」
何故、この場で婚約破棄を宣言されるのか理解に苦しみます。
これでは私はただの嘲笑の的です。私は声が出ないというのに。
せめて、書類でも出していただければ、颯とサインをしましたのに。
仕方がありません、カーテシーで同意することとすれば良いでしょう。
「……」
私は、メリザンドを傍に置く殿下にカーテシーをしました。
伝われば良いのですが。
「物分かりの良い方で良かったですわ」
殿下ではなく、女性の声が響きました。
殿下にしなだれかかるメリザンドです。
会場が少しざわつきました。
伯爵令嬢である私に対して、格下の子爵令嬢が上から目線で発言した為です。
いくら殿下のお気に入りだからとはいえ、これは無礼な発言です。
「もはや、美しかった声も出ないのだ。物分かりくらい良くなくては」
殿下は諫めるどころか更に酷いことを言い、笑みさえ浮かべています。
どこまで私を辱めるつもりなのでしょうか。
「尤も、たとえ声が戻ったところで、メリザンドの歌声の方が美しいがな」
「まあ、カジミール様ったら」
こんなに配慮に欠けた方と婚約していたのかと思うと、見る目が無かったのだと婚約していた事が悔やまれます。
メリザンドに骨抜きな様子の殿下と、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべるメリザンドを前に、早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいです。
「さぁ、早くサインしてくださいな」
メリザンドがそう言うと、殿下の従者が婚約破棄のための書類を私に差し出しました。
書類があるなら早く出して欲しかったです。
先程出さなかったのは、喋れない私を見世物にしたかったからでしょう。
私は手早くサインすると、再びカーテシーを行い、その場から去ろうと踵を返しました。
「――待ってください、フェリシー嬢」
私を呼び止める声に足を止め、声のした方に目を向けました。
――あの方は……。
「フェリシー・エヴラール嬢、私の妃になっていただけませんか?」
私を呼び止めた男性は私の前まで来ると、婚約破棄されたばかりの私に、信じられない事をおっしゃったのです。
「シルヴァン・ランベール王子!どういうつもりですか⁉︎」
声を上げたのはカジミール殿下です。
そう、この方はシルヴァン・ランベール殿下。
隣国、ランベール魔法国の王太子殿下です。
今日の舞踏会に賓客として来られていたのでしょう。
「カジミール王子、どういうつもりも何も、フェリシー嬢に求婚しているのです。何か問題でも?」
「フェリシーは私と婚約していたんですよ!」
「えぇ、していましたね。だが、今はしていない」
「さっきまで王子である私の婚約者だったのです!フェリシーはっ――」
「――失礼。もう婚約者ではないのですから、呼び捨てはおやめになったほうが良いですよ」
その通りです。
私はもうカジミール殿下の婚約者ではなくなったので、呼び捨てはよろしくありません。
まぁ、それ以上によろしくない事をされましたが。
「声の出ない女に求婚するというのですか?ランベール王家に相応しくないと思いますが」
カジミール殿下にはもう関係ありませんのに、何故そこまで妨害したいのでしょうか。
「それならご心配なく。たとえ声が出ずとも、フェリシー嬢を想う気持ちに変わりありません。以前求婚の申し込みをしていたのですが、既にカジミール王子と婚約されていたので、今が私にとってフェリシー嬢の婚約者という栄誉を得られる好機なんです」
それほど私を思ってくださっているなんて。
頬が熱くなってきました。
「それに、フェリシー嬢の声なら戻せます」
「……⁉︎」