第一話
「フェリシー・エヴラール!お前とは結婚出来ない、婚約は破棄だ!」
舞踏会で、婚約者のカジミール・ケクラン殿下に突き付けられた言葉。
私はただ俯くしか出来ませんでした。
なにも、わざわざこんな衆人環視の中で宣言せずとも、私は受け入れたというのに。
そんなに、私を辱めたいのでしょうか。
◇◇◇
『フェリシー・エヴラールの歌声は天使の調べ』
自分で言うのもおこがましいですが、社交界でそう評される程に、私の歌声は美しいと言われていました。
求婚の申し入れが多くある中、第一王子であるカジミール殿下からも求婚され、両親は喜び快諾しました。
私も喜ぶ両親を見て、嬉しくなったのを覚えています。
しかし、婚約が決まり暫くして、殿下と参加する夜会で事件は起きたのです。
その日も歌う事になっていた為、歌う前にはいつも飲んでいるオリーブオイルをひとさじ、支度部屋で飲み込んだ瞬間、喉に焼けるような痛みを感じ気を失ってしまいました。
そして、目を覚ました時、私は声を失っていたのです。
始めのうちは殿下もお見舞いに来てくださったのですが、声を取り戻す事はほぼ無理だとわかると、来てくださらなくなりました。
それから数日の間、起きている間はずっと泣いていたのですが、ようやく涙も枯れてきたある日、同じ伯爵家で親友のマリエル・シュザンがお見舞いに来てくれました。
すぐにでもお見舞いに出向きたかったけれど、殿下も来てくださっていたし、病み上がりの私に無理をさせたくないと気を使ってくれていたそうです。
でも、殿下が私に会わなくなったのを知り、殿下に関する信じられないような話を伝えようと来てくれました。
殿下が夜会などに別の令嬢を伴って出席されている、という話です。
「メリザンド・ゴンティエ!あの泥棒猫ったら、本当に恥知らずなんだからっ!」
「どういうこと?」
声が出ないので、会話は筆談でさせてもらっています。
「フェリシー貴女が天使なら、あの女は魔女か悪魔よ」
メリザンド・ゴンティエ子爵令嬢。
彼女の家は、貴族向けの高級家具を取り扱う商店を経営しています。
国外への輸出でも成功しているそうですが、一部の貴族からは成金などと嘲る声もあるようです。
「あの女、貴女が倒れた後、その夜会でいきなり歌いだして殿下に取り入ったの!しかも、貴女が一番得意で好きな歌を!」
あの日、私が倒れたその後、騒然とする会場でメリザンドが突然歌いだしたそうです。
メリザンドが歌いだすと皆、始めこそ眉をひそめ、不謹慎だ、不愉快だと囁いていたものの、次第にその歌声に魅了されている様子の人々が増えていったらしく、その中にはカジミール殿下も含まれていた、と。
その人々の様子を訝しむ者も少なからずいたようですが、その異様な様子に声をあげる事は出来なかったそうです。
その夜会があった日から、殿下は参加する夜会に必ずメリザンドを伴って出席するようになり、とうとう、私は捨てられたのだと囁かれるようになったらしいです。
「魔女か悪魔、というのは?」
「闇魔法を使ってるんじゃないか、って噂があるのよ」
闇魔法には、呪いをかけたり、相手の意思に関係無く操る術などがあり、非人道的だと言われ、この国や周辺諸国では長い間禁じられています。
「だから、殿下の心変わりも闇魔法のせいじゃないかしら」
あぁ、殿下が来て下さらなくなって、塞ぎ込んでいた私を心配して気遣ってくれてるのね。
殿下の心変わりは、メリザンドの闇魔法のせいで、私の声が出なくなったせいでは無いから気にしないで、と。
私の親友は本当に優しいですね。久しぶりに胸が温かくなりました。
「ありがとうマリエル。少し、気が楽になったわ」
殿下がメリザンドに心変わりしたのなら、近いうちに婚約破棄の申し入れがあるのでしょう。
その時は、潔くお受けするつもりです。
数日後、殿下から王城での舞踏会への招待状が届き、出席する事になりました。
まさか、その舞踏会で婚約破棄を宣言されるとは露知らず。