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悪役令嬢は諦め令嬢になることに決めました

作者: 白花 密

乙女ゲームの悪役令嬢に転生しているフィオーレは、早々にその運命に抗う事は放棄していた。

将来は幽閉塔でのんびり引きこもり生活──と思っていたけど、どうも違う?ヒロインはどこ??




王道の悪役令嬢ものです。たぶん。

こちらもふわふわ設定ですが、読んで頂ければ幸いです。

フィオーレは物心がついた時から、転生者だという事には気付いていた。前世の記憶、というやつだ。

面白いというか困ったことは、今世の自分が前世のニホンという国で流行っていた乙女ゲームの中の存在だということ。2次元の世界に迷い込んだような感じ。

夢見がちな前世だったら「夢のような設定だわ!」なんて小躍りしてこの世界を楽しもうとしていただろう。

でも、これは今世では紛れもない現実。

しかも、自分に課せられた役柄はヒロインではなく悪役令嬢。

ヒロインに悪行を働いて、最後は王城内にある幽閉塔で人生を終える運命。

幽閉といっても、塔の外は衛兵に囲われているものの、中では侍女達に支えられながらの穏やかな生活を送れる。ヒロインの慈愛ある言葉により、人間としても女性としても恐ろしい罰は与えられずに済む。簡単に言えば死ぬまで強制引きこもり生活。元オタクなフィオーレにとってはさほど苦ではなさそう。


だから、フィオーレは決意していた。



素直に幽閉されよう、と。



フィオーレは17歳で断罪イベントの起こる学院卒業パーティまでに出来る限り読書に勤しむ事にした。

幽閉生活では愉しみも無いだろう。ならばせめて妄想くらいしたい。いや、むしろ妄想をしたい。

それには沢山の本を読んで沢山の物語を頭に詰め込まなくては。


勿論フィオーレは攻略対象との婚約を防ぐ事も早々に諦めて何もしなかった。

ゲームやライトノベルでは、転生した大抵の悪役令嬢は補正力で攻略対象との婚約は免れない。フィオーレ自身にもこの補正力は起こる可能性が高い。ならばもう受け入れてしまえ、とフィオーレは思ったのだ。

物語の世界に夢やときめきは求めるフィオーレだけれど、現実世界には前世の時からドライだった。




そんな訳で幼い頃からフィオーレはよく本を読む大人しい子だった。といっても、友達とも遊ぶし、きょうだいとは喧嘩もする。

しかし、ゲーム内のフィオーレとは違い傲慢さは欠片も無い。この辺も前世の性格を引き摺っていたけれど、悪い事ではないので敢えて改善しようとも思わない。


──性格改善を頑張っても結末は変わらないでしょうから。


なんてぼんやり思いつつ、ふんわりと微笑みながら本の頁を捲るフィオーレ。

そんな愛らしい姿に温かい眼差しを向ける家族に……第3王子レオナール。

無事にフィオーレは10歳の時にレオナールと婚約をしていた。

ゲーム同様、公爵家息女という身分が丁度良かったのだろう。恋愛結婚ではなく政略結婚だ。




レオナールとフィオーレは最低でも月に一度はゆっくりと会う機会を設けている。婚約して以来だから、もう4年になる。

場所は王都にある公爵邸だ。

ゲーム内のフィオーレは一目惚れしたレオナールに我儘を言って、レオナールは渋々公爵邸に足を運んでくれていた。実際はフィオーレは頼んでいないのに、レオナール自ら来てくれている。ゲームの補正力なのかな、とフィオーレは深く考えないことにしている。


「フィオーレ。先日贈った本はどうだった?」

「はい。とても面白かったです」


フィオーレはふわりと笑って少し高めの、しかし耳心地の良い声でそう答えた。

ふわりと、けれど蕩けるような笑みを見せるフィオーレにレオナールは「ぐっ」と小さく唸った。どうしたのかしら、とフィオーレは小首を傾げた。


白銀の絹糸のような柔らかな髪に菫色の大きな瞳をとろんとさせた双眸を持つフィオーレは、儚げでとても愛らしかった。14歳にしては夢見がちなところも可愛らしくて、王子に取り入ろうとする令嬢達にうんざりしているレオナールにはまさに癒しの妖精のような存在だった。

色々と諦めているだけのフィオーレは勿論自覚がないけれど。


「それは良かった」

「いつもありがとうございます、殿下」


こほんと咳払いをして仕切り直したレオナールにフィオーレは微笑んだ。


「私も今日は本を持って来たんだ」

「まあ!どのような本なのですか?」

「純文学、かな」

「わたくし純文学はあまり読んできませんでした。どのような作品なのですか」


フィオーレが菫色の大きな瞳を煌めかせながら訊ねると、レオナールは意味深に微笑んだ。


「人間の心理を説いた作品、かな。緻密な心の変化を美しく紡いでいる」

「美しく紡いでいる、」


その言葉だけでフィオーレはうっとりとしてしまった。


「それで、良かったらフィオーレに朗読して欲しいんだ」

「朗読?わたくしが?」


レオナールのいきなりの提案にフィオーレはぱちくりと目を瞬いた。

王子であるレオナールであれば、いくらでもプロに頼めるだろうに。


「フィオーレの声で、聴きたいんだ」


そんなフィオーレの心の声が聞こえたかのように、レオナールは言った。


「わたくしで良ければ」


フィオーレがそう答えれば、レオナールは破顔した。



「“するとレオンはフルールの潤んだ唇に濡れたその指でそっと触れた。その感触にフルールは体の奥が悦びで甘く痺れた”」


フィオーレはそこで口を閉ざした。顔だけでなく項から鎖骨の辺りまで深紅に染まり、羞恥から菫色の瞳は潤んでいた。


「で、殿下ぁ…」

「ん?」


ん?──ではない、とフィオーレはレオナールを睨んだ。これは純文学というよりも恋愛小説、しかも大人向けの。前世含め純潔のフィオーレにはかなり刺激の強いものだ。更に主人公達の名前がフィオーレとレオナールの名前ととても似ていて、妙に生々しく感じてしまう。

そんな彼女をにこやかに見つめるレオナール。


「こ、これはっ、純文学ではありませんわね?」

「あー。描写がとても細かく具体的に書かれていたから、純文学に含まれるかと思ったんだけど」


ごめんね?と小首を傾げたレオナールに、フィオーレは彼が確信犯だと悟った。だって、先ほどの説明と微妙に違う。

フィオーレは唇を尖らせた。すると、レオナールは妖艶に濃紺色の瞳を細めた。


「そんな風に唇を突き出されると、吸い付きたくなるよ」

「…………っ?!」


テーブル越しだから安全な筈なのに、フィオーレは思わず仰け反ってレオナールから距離を取った。そんな様子にレオナールはくつくつと笑った。




大人向け小説の朗読という破廉恥な行いをさせられた時、レオナールは侍従を全て下がらせていた。以来、味をしめたレオナールはお茶会の時は従者を下がらせるようになった。


「殿下。最近は何故従者を下がらせるのですか?」


ある日、フィオーレは小首を傾げながら訊いてみた。

菫色の瞳でじぃっとレオナールを見つめてみれば、「うっ…」と一瞬呻いたレオナールはすぐににっこりと満面の笑みをみせた。


「何か問題でも?」


煌めく笑顔でこてんと首を傾げるレオナール。しかし、何故だか目が怖い。すごく、威圧感を感じたフィオーレは小さく首を左右に振った。


「も、問題ありません」


菫色の瞳を忙しなく瞬かせながらフィオーレがそう答えると、レオナールは満足げに頷いた。


と、いうわけで従者を下がらせる理由は不明のままだ。

でも、まあ不快でも不安でもないからとこれまたフィオーレは追及するのを控えることにした。


しかし、これに納得していない人物がいる。──フィオーレ付きの侍女リアンヌだ。


フィオーレとレオナールが二人きりでしかも密着している事を何故か危惧している彼女は窓も扉も全て開け放ってくれるようになったので、冬は少し寒い。


──そこまで何を心配しているのかしら?婚約者同士なのに。


フィオーレが小首を傾げると、ぴったりと隣りに座っているレオナールが反応した。


「どうかした?」

「…殿下、少し寒くはありませんか?」


全開の大きな窓を見つめながら言うと、レオナールは「うむ」と頷いてから立ち上がり窓を閉めた──何故かそろーりと。


「殿下っ!」


物音一つ立てずに窓辺まで行き窓を閉めた筈なのに、リアンヌが憤怒の表情を隠しもせずに部屋に入ってきた。


「やあ、リアンヌ。丁度良かった。紅茶が冷めたんだ。新しいのを持ってきてもらえるかい?」

「は?」


リアンヌのその態度に、フィオーレは血の気が引いた。毎度のことだけれど全く慣れない。

レオナールは自分に対するリアンヌの不敬な態度を咎める代わりに、態とらしく困った笑みを浮かべた。


「窓が全開になっていたものだから、あっという間に紅茶もフィオーレの指先も冷えてしまうんだよ」


レオナールはそう言うと優しくフィオーレの手を取り──手の甲に口づけた。そうしてリアンヌににやりと意地の悪い笑みを見せた。

フィオーレは予想だにしなかったレオナールの行動に目を見開いて固まってしまった。そんなフィオーレを見上げてレオナールは破顔する。


「可愛いフィオーレ」

「…………!」


顔が真っ赤に染め上がるのを止められなかった。そんなフィオーレにレオナールは余計に笑った──どうやら誂われているらしかった。そう気付くと、フィオーレは些か唇を尖らせた。


「リアンヌ、とびっきり温かい(・・・・・・・・)紅茶をお持ちして」


フィオーレはにーっこりと笑んでリアンヌに言った。それに、元気よくリアンヌは返事をして部屋を出て行った。


その数分後。

レオナールは口許を押さえて俯いていた。

それを満足げに見てからリアンヌはお辞儀をして退室していった。

そんな2人に困惑しているのはフィオーレだ。


「殿下、どうなさいましたか」


どうなさったのか、なんて分かりきっている。

リアンヌの淹れたとびっきり温かい(・・・・・・・・)紅茶を口にして、その温かさに悶絶しているのだ。

フィオーレの控えめな声に、レオナールがちらりと目を上げた。潤んだ濃紺色の瞳がきらきらとして星の瞬く夜空のようだ。


「…いや、大丈夫だ」


そう言うレオナールは全く笑えていなかった。




レオナールはまめに贈り物を贈ることも欠かさない。

おかげでフィオーレの部屋の中はレオナールからの贈り物ばかりだ。


幼い頃は王都で流行っているものや可愛らしいものを贈ってくれていた。好みとは違うものもあったけれど、レオナールが贈ってくれたというだけでフィオーレは満足していた──のだけれど。


レオナールとフィオーレが15歳になった頃から、フィオーレの好みドンピシャのものが贈られてくるようになった。

フィオーレがリアンヌに朝の仕度をしてもらいながら話していただけの物が贈られてきた時は凄い偶然だなぁと驚いた。


「殿下、先日も贈り物をありがとうございました。丁度気になっていた物でしたの」

「気に入ってくれたなら何よりだ」


そう優しい笑みを浮かべて濃紺色の瞳を綺麗に細めるレオナールに反して、何故か眉間に深い皺を寄せるリアンヌ。



またある日。

フィオーレにレオナールから贈り物が届いて、いそいそと包装を開けると──フィオーレはポンッと顔を真っ赤にした。

その様子を訝り、リアンヌは中身を覗いてみた。


その贈り物はくまのぬいぐるみだった。

抱き心地の良さそうな柔らかなブロンドのソレは、濃紺色のくりっとした目をしており愛らしい。

が、しかし。ソレを見たリアンヌは思いきり顔を顰めた。


リアンヌの嫌な予想はどうやら的中していたらしい。

最近のレオナールからの贈り物はフィオーレの好みのものばかり。侍女との会話で何気なく話したものが直後に贈られてくることもしばしば。

何か裏がありそうだとリアンヌが警戒していると、公爵邸付近でレオナールの従者の1人に似た人物を見掛けた。レオナールは密偵を放ってフィオーレの様子を探っているに違いない。


──ストーカーめ。


リアンヌは小さな小さな舌打ちをした。


ところで、フィオーレが赤面した理由はくまのぬいぐるみだった。

15歳にもなると、世の令嬢達は宝飾品や化粧品に興味を持ち贈り物にも望む。フィオーレだって関心はあるし好きだけれど、今欲しいものは子どもっぽいぬいぐるみだった。

前世ではぬいぐるみを抱きながら眠るのが習慣だったことをふと思い出したフィオーレは、最近ぬいぐるみが恋しくなっていた。

しかし、あまりに子どもっぽいものだから、フィオーレは家族にも内緒にしていてリアンヌとの会話で呟いた程度だった。

いつ、何処でレオナールに悟られてしまったのか分からないけれど、ぬいぐるみが欲しかったことが他人に見透かされていたとは恥ずかしい。


「殿下に幼稚な趣味がバレてしまったわ」

「そんなことより、このくまの容姿には殿下の欲望が表れ過ぎています。こんな悍しいものは捨てましょう」

「待って、リアンヌ。折角の可愛いぬいぐるみだし…私本当に欲しかったの。だから……捨てないで?お願い」


どうやら我が主はぬいぐるみの毛並み、瞳の色がレオナールの髪色と瞳の色をしていることに気付いていないらしい。単にぬいぐるみだと喜んでいる、色恋に鈍感なフィオーレにリアンヌは仕方なくぬいぐるみを捨てることは諦めた。


「ありがとう」


フィオーレは顔を綻ばせてぬいぐるみをぎゅうっと抱き締めた。

そんな愛らしい姿にリアンヌは胸がきゅんっとするのを止められなかった。




そうこうして、16歳になったレオナールとフィオーレは貴族が必ず通う学院に入学した。

フィオーレは「愈々ね…」と隣りにいるレオナールをちらりと見た。

ヒロインもフィオーレ達と同い年。元々は平民だけれど伯爵の庶子だと分かり、数年前に子のいなかった伯爵に引き取られたという設定。

もうゲームは始まる。断罪へのカウントダウンだ。


フィオーレはふとこれまでのことを思い返してみる。

悪役令嬢フィオーレはプライドが物凄く高い傲慢なお嬢様。レオナールのことは婚約前から好きで、ヒロインに嫉妬してあらゆる嫌がらせを企てる。

でも、現実のフィオーレ(自分)は?

前世を覚えていたからか、ぼんやりとした性格で気性は荒い方ではない。レオナールとも不仲ではない…と思っている。時折、色っぽい悪戯を仕掛けてきてはフィオーレの初な反応を楽しんではいるけれど。

もしかしたらレオナールとヒロインが目出度く結ばれてもフィオーレは幽閉されない可能性もあるかも?

──なんて考えてみたりするけれど、フィオーレはふるふると首を横に振った。あまり期待しない方が良い。


そんなフィオーレをレオナールは横目で見ていた。

最近のフィオーレは少し元気がなかった。お茶会でも顔色が良くなく、お気に入りの甘いお菓子やケーキを用意しても殆ど口にしない。しかも、食欲が落ちていることにも気付いていない。フィオーレの侍女リアンヌに聞いてみると、やはりここ数ヶ月何か悩んでいるようだとのこと。



──ところが。

入学式から1週間が経っても、1ヶ月が経っても、ヒロインとの出逢いイベントは発生しない。ピンク色の髪のヒロインらしき姿は見掛けたことがあるので、入学はしている筈だ。

けれど、レオナールは基本的にフィオーレの傍を離れないし、フィオーレは未だヒロインと接触していない──恐らくレオナールも。


「殿下」


次の授業の教室に移動している時に、フィオーレは隣りを歩くレオナールを見上げた。

出会った頃は同じくらいの背丈だった筈なのに、今はレオナールをがっつり見上げないと視線を交わせないようになっていた。いつからだろう。

声を掛けられたレオナールは優しい笑みをフィオーレに見せた。


「殿下、暫くわたくしと別行動を致しませんか」

「何故?」


食い気味に訊ねてきたレオナールの笑みが少し怖い。気のせいかその濃紺色が濃くなって鋭くなった。


「その…殿下が運命の(ひと)と出逢えるかも、と思いまして」


レオナールの目が完全に据わった。先ほどの柔らかい視線など跡形もなく消え去っていた。

何故かは分からないけれど、どうも機嫌を著しく損ねてしまったらしい。フィオーレは「えーと」と小首を傾げた。


「それは、ピンク頭の女生徒のことか?」

「え?」


なんだ、知っていたんだ──フィオーレはそう思うと何故か胸がちくりと痛んだ。


「ピンク頭から何か言われたのか?」


ピンク頭、と王族らしからぬ言い方にレオナールの彼女に対する感情が如実に表れている。しかし、フィオーレは気付かない。


「いいえ、何も。挨拶すらしたことがございませんわ」

「はぁ……なんで私の周りの女性は勘違いばかりするのか」

「えーと?」


勘違い、とは?周りの女性、とは?

フィオーレが菫色の瞳をぱちくりと瞬いてレオナールを見ていれば、レオナールはそれはそれは深い溜息をついた。


「ピンク頭に何か言われたのかもしれないが、アレは私の運命の(ひと)ではない。断じて違う」


レオナールはフィオーレに身体ごと向き合ってそう告げてきた。

陽光に煌めく金髪がとても眩い。


「ピンク頭に入学当初付き纏われたのは確かだ。どうして分かるのか何処からでも現れた。しかもフィオーレがいない時に限って、だ」

「まあ…」


フィオーレは全く知らなかった。レオナールと離れる時なんてトイレとかあまり長い時間ではなかった筈だけれど。

もしかしたらヒロインもフィオーレ同様転生者かもしれない──フィオーレはその可能性を初めて考えた。


「そして、テキトーにあしらっていたらピンク頭がトチ狂った事を言って迫ってきた」


そう言ってレオナールは思いきり顔を顰めた。

迫って、とはもしかしたら大人な手段かもしれない。そう、ヒロインはぼんきゅっぼんの魅惑的な体をしているのだ。

華奢な体躯のフィオーレには真似出来ない技だし、そもそも前世含め純潔なフィオーレには実行不可能な手段。

フィオーレの顔が一気に青白くなったのを見て、レオナールが慌てて両手を顔の前で慌ただしく振った。


「更に勘違いするな。フィオーレの思うような事は何も起こっていない」

「は、はい…」

「ピンク頭は『私こそレオ様の運命の人です!フィオーレから私が救い出します!』とふざけた事を言った」


ヒロイン転生者説が確定した。フィオーレはごくりと唾を飲み込んだ。レオナールは何と答えたのだろう。


「全く頭のおかしい女だったから、そのまま心和治療院に連れて行くよう従者に命じた。以来、彼女を見掛けていない」

「えぇっ?!」


淑女らしからぬ素っ頓狂な声を出してしまった。

心和治療院──それは心を病んでしまった人々が療養する為の場所。そこにピンク頭(ヒロイン)を入れたとレオナールは冷淡に言った。


「やっと平穏が訪れたというのに、フィオーレまでそんな事を言い出すとは」


レオナールは一旦溜息をついてから、フィオーレを真っ直ぐに見据えた。フィオーレも黙ってレオナールを見つめる。


「フィオーレ・アンジェラ・アルロー」


少し強張った声でフィオーレの名前を言うレオナールは徐ろに跪く。そして、手を差し出してきた。

そんなレオナールにフィオーレは瞠目した。


「私は婚約して以来貴女をずっと好きだった。それはこれからも。どうか、私の愛を信じて欲しい」

「で、殿下…」


そこでフィオーレは今更だけれど此処が中庭で、多くの生徒達が行き交っている事に気付いた。

辺りをちらりと見遣れば、突然跪いた第3王子とフィオーレに好奇の目が集まっていた。


「フィオーレ。私だけを見て」

「………っ!」


レオナールの甘い言葉に、フィオーレは一瞬で彼に引き戻された。レオナールはフィオーレの意識が自分から離れたことに気付いていた。

柔らかく細められた濃紺色の瞳を向けられてフィオーレは胸が甘く締め付けられた。


「殿下は、わたくしを好いてくれていた、と」


フィオーレが掠れた声でそう呟くと、レオナールは柔らかく笑んだ。


「婚約してからずっと…?」

「そうだよ」

「わたくしだけを?」

「こんなにも伝わっていなかったとは思わなかったけどね」


レオナールが眉根を下げて笑った。

そんな彼を見て、フィオーレの胸の内から熱いものが込み上げてきた。とても苦しくて、それなのにとても幸せなもの。


「フィオーレ。どうか私の手を取って欲しい」


その言葉に(いざな)われるようにフィオーレは細い手を伸ばした──途端に、レオナールの差し出していた手が素早く彼女の手を掴んだ。


「良かった。もう、絶対に離さない」


そう言ってレオナールはにっこりと笑んだ。が、彼の手はがっちりとフィオーレの手を掴んでいる。よーく見れば、濃紺色の瞳が妖しく煌めいている──何故か飢えた獣のように。


フィオーレは予想していた甘いシチュエーションと微妙に異なる展開に戸惑った。

普通は手を重ねて見つめ合ってからウフフと微笑み合うものではないかしら。少なくとも2次元ではよく描かれる光景だ。

でも、そんな甘い雰囲気になる直前にレオナールはフィオーレの華奢な手をがしっと掴み取った。なんだか捕獲された気分だ。



「さあ、フィオーレ行こう」

「えっと…どちらに?」

「どちらに、って授業だよ」


フィオーレのとぼけた質問に、レオナールはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「二人きりにでもなるつもりだった?大胆だな」

「そ、そそそそういうわけではありませんわっ!」


立ち上がって歩み始めたレオナールが耳許で艶のある低音でそう囁くものだからフィオーレはは激しく動揺して言葉を噛みまくった。

常よりも遥かに動揺しているフィオーレの様子に、レオナールはくつくつと笑った。


「フィオーレでもこんなに慌てることがあるんだね」

「わたくしだって慌てることくらいあります」


フィオーレがキッとレオナールを見上げれば愛おしげに笑むレオナールがいて、フィオーレの苛立ちも一瞬で萎んでしまった。


これまでもレオナールはこんなにも甘かったのかしら。フィオーレはちっとも気付かなかった。まめに会いに来てくれていたことも、贈り物をくれたことも、学院では常に傍に居たことも、全て婚約者だからだと思っていた。それ以上でもそれ以下でもない、と。


──そう無理矢理思い込んで現実を見ようとしなかっただけだわ。


前世の記憶に囚われて何も行動に起こさなかったフィオーレ。

そもそも、悪役令嬢フィオーレと自分ははじめから違ったのだ。自我があり、自由意思があり、いつだって自由な選択が出来た。それはフィオーレ自身だけでなく、レオナールだってヒロインだってそうだ。自らの意思で生きてきた。乙女ゲームと違って当たり前だ。


フィオーレはふわりと笑った。菫色の瞳がレオナールに優しく笑み、ゆっくりと髪色と同じ長い睫毛が瞬く。薄い唇が柔らかく弧を描いたと思ったら、可愛らしい声音でフィオーレは言った。


「わたくしも殿下をお慕いしておりました。それは、これからも」


そう言うと、フィオーレはぽっと頬を薔薇色に染めて俯いた。

本当はレオナールに淡い想いを抱き始めている自分に気付いていた。それを言葉にしてしまえば、心は軽くなり、とても温かくなった──とてつもなく恥ずかしいけれども。


「……………」


思いの外長い沈黙に、おかしいな?とフィオーレがおずおずとレオナールを見上げれば、目をこれでもかと見開き口許を手で押さえて固まるレオナールがいた。


「殿下……?」


どうしたというのか。フィオーレは戸惑いながら彼を見つめるしかなかった。


そんな彼女に菫色の瞳でじっと見つめられたレオナールは、はじめは兎に角驚いていた。

これまで自分の好意を友好的、いやただの務めだと解釈していた節のあったフィオーレがまさかの好意を伝えてきたのだ。それが恋情かは分からない。しかしこれはまだチャンスがあるぞ、とレオナールはやる気が出てきた。


そして、その次にレオナールを襲ったのは欲望だった。

愛らしいとしか言いようのない顔と仕草で自分を見つめてくるフィオーレに、レオナールは彼女をこのままかっ攫って自室に籠りたい衝動に駆られた。体中が熱く滾る。


「あの………レオナール、様?」


──ダメ押し。


フィオーレは初めてレオナールを名前で呼んだ。

これまでもレオナールに頼まれてきたがずっと呼べなかった。けれど、レオナールの想いを知り、そして受け止めたフィオーレはもう躊躇わなかった。


「……俺のフィオーレ」

「はひっ?!」


レオナールに思い切り抱擁されたフィオーレは本日2度目の令嬢らしからぬ声をあげた。これまでの淑女教育も甘いレオナールを前にすると無駄になるらしい。指導官に見られたら叱責されるに違いない。


「やっぱりこのまま俺の部屋に──

「馬鹿たれですか、殿下」


ごつん、という振動がレオナールを通してフィオーレに伝わってきた。というより、レオナールが頭を思い切り誰かに殴られたのだ。


「レーラー様」


レオナールの腕の中からもぞもぞと顔を出すと、レオナールの右腕と言われるクルト・アルフ・レーラーが彼の主たるレオナールの頭にチョップをしていた。


「馬鹿たれ殿下、破廉恥な行いは慎み下さい」

「お前、俺を誰だと思ってる」

「獣」


レーラーは珍しくかなり砕けた口調で幼馴染みでもあるレオナールを厳しく諌めていた。

それにしてもいつでも紳士的なレオナールを獣とは。フィオーレはピンと来ないまま、レオナールの腕の中で2人のやり取りを眺めた。


「ほら、無垢なフィオーレ様は何も気付いておりません。今のうちに離さないとその滾るものがバレますよ」


その言葉に即座にレオナールはフィオーレを引き剥がした。

獣とか滾るとか、何を表現しているのか考えようとした時。


「フィオーレ。余計な事は考えなくていい」


そう言って、レオナールがなんと頬に口づけをした。


「は、はいっ!」


赤べこが如くぶんぶんと頷くフィオーレに、極上の笑みを浮かべたレオナール。


──これから毎日こんな風に振り回されるの?


フィオーレはこれからの甘い日々を想像して気絶しそうになるのだった。

おしまい。

リアンヌ、特にレーラーの出番の少なさ!

もう少し掘り下げて連載にしてみようかな…なんて思ったり思わなかったり。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 俺のブルマ…だと字面がヤバい
[気になる点] 主人公の名前が気になって、話が頭に入りにくい。
[一言] 面白かったです! 長編で読みたいです。
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