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忘れた頃に陽はさすもんさ - 2

 自宅への道を、今度はゆっくりと、確かめるように辿っていく。この家には大きな桜の木があって、あそこの駐車場にはやたらと背の高い草が生い茂っている、とか。そういうひとつひとつのことを、しまいこむように頭の中にインプットしながら行くと、見慣れた街がとても新鮮に見えた。

 劇的な変化がおこるわけでもない。目に見えた救いがあるわけでもない。物語としては単調だし救いがない。そんな日々を送っていると思う。けれど私には、新しい『お話』を生み出す力がある。あると信じて、がむしゃらに走るしかないんだ。

 商店街と住宅街をつなぐ道、学生向けの文房具屋やチェーンの飲食店が立ち並ぶ中をゆるゆると行く。

「……あ」

 思わず声が漏れたのは、目の前に今会いたい人ランキングトップの二人がいたからだ。クレープ屋の前で、タピオカドリンク片手になにやら話し込んでいる。

「お、来たね」

 ニル婆はそう言ってにやっと笑った。

「なに、そのへちゃむくれの顔。特に目元」

 牧瀬さんはひどく失礼なことを言ってのけたけど、口調はすごく優しい。

「言うようになったね。あんたも昔はひどいもんだったじゃないか」

 ニル婆のその言葉は、牧瀬さんに向けられたものだろうか。親し気に笑う二人。私はびっくりするのを通り越して思わず笑ってしまった。

「……はは、ははは!」

 そう。可笑しくて笑ってるはずなのに、どうして涙が出てくるんだろう。一度どこかに消え失せたはずの涙は、再びこみあげ、ぽろぽろとこぼれていく。凍える冬を超えた雪解け水のように、少しずつ、しかしたえることなく。

「まったく、泣き虫なんだから」

「笑うか泣くか、せめてどっちかにしな。忙しいねぇ」

 二人が視線を交わしながら言う、その口調がなんだかしみて、余計に泣けてくる。

「あーあ。本格的に涙腺決壊だよ」

 牧瀬さんがそう言いながら、私の頭をぽんぽんと撫ぜた。

 ニル婆は柔らかい笑顔を浮かべて、私達二人の様子を見守っている。

「こ、こんな……」

 嗚咽まじりになりながらも、言わずにはいられなかった。

「こんな、うける話……っ、書くしか、ないじゃん……っ」

 それを聞いた瞬間、ニル婆と牧瀬さんは顔を見合わせ、ぷっと噴き出す。

「あんた、そんなこと言ってる余裕あるんなら、大丈夫だね」

 牧瀬さんはそう言って、眉毛をハの字にしながら私のことをじっと見つめた。拾った子猫ががぶがぶミルクを飲んでる様を見守ってるみたいな、優しい眼差しだった。

「んなこと言うんだったら、早く金を貯めて、新しいパソコン買うんだね」

 そんなことをのたまうニル婆は、やっぱりなんでもお見通しらしい。

「えっ、パソコンないの。大変じゃん。何で書くの」

 身を乗り出しながら、まるで自分のことのように驚く牧瀬さん。スマホでぽちぽちと検索を始めて、あれこれ調べながら「小説を書ける文房具があるらしい」とか言いだした。

「文房具屋行ってみようよ。そんなむちゃくちゃ高いわけじゃないみたいだし」

「って、ちょっと! あんたはなに当然のようにあたしの手を引っ張ってんだい!」

「いいじゃんいいじゃん。せっかくだからみんなで行こうよ」

 そんなやりとりを繰り広げている二人が可笑しくて、そして愛しくて、思わずげらげらと笑ってしまった。重なった三つの笑い声は、風にのってきっとどこまででも流れていく。

 私は頭の中の進路希望調査票の第一希望に、堂々と『小説家』の文字を再び書きつけた。

 空は快晴。風は心地よく頬を叩いて、新たな門出を演出するには申し分ない情景だ。

 もし少し前の私がこの物語の作者だったら、最後につらつらと耳障りのいい綺麗な言葉を並べて『了』の文字を打っただろう。

 でも現実はそうじゃない。まだまだきっとこれからも、死にたくなるほど辛いことやプライドをべこべこにへし折るようなことが、たくさん待ってる。

 でも生憎と私は、死ねないし死なないんだな、これが。

 心の中でそう呟いてくふふと笑う。約束に縛られることが、こんなにくすぐったいことだったなんて。

「宮木さん、遅い!」

「何ちんたらしてんだい」

 いつの間にか歩き出していた二人が、くるりと振り返って私を呼ぶ。

「うん、今行く!」

 私は短くそう返事をして、駆けだした。

 ――今の私に書けるお話があるとしたら、それはきっと再生の物語だ。ひりひりと、あらゆる意味で痛くて、だけどがむしゃらな生を描く……。きっとそんな、お話になるだろう。

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