こんな出会いは望んじゃいねぇ - 2
宮木逸子十六歳。華の高校二年生。なんてね、ちっとも『華』じゃない。成績は中の中。容姿は地味で目立たず。休み時間には教室の隅で本ばかり読んでいる地味系女子。そういうやつ、どこのクラスにだっているでしょ? 一人くらい。
でも、私には唯一無二の武器がある。それを前にすればネットの民はおろか、クラスの派手な連中だって私に一目おいて――そう。そのはず、だったんだ。
「なんだいなんだい、たかが一次落ちくらいで」
「たかが言うな! ひとの気も知らんで!」
フン、と鼻を鳴らしたニルヴァーナババア、略してニル婆を、半泣きになりながら怒鳴りつける。まぁもっとも、椅子に座ったババアの隣で体育座りしてる状態じゃあ、まるで迫力なんてないだろうけど。
それにしても、『一次落ち』。そのワードを他人の口から聞かされると、より一層こたえた。やばい。精神にくる。
そして打ちのめされている私をさらに痛めつけるかのように、ニル婆は続けた。
「しかも初応募。それで受賞できると思ってたなんて笑っちまうね」
「うるせぇほっとけ!」
両耳を塞いだ指の隙間から聞こえる言葉が、私のライフをごりごりと削っていく。
「いや違うか。女子高生作家鮮烈デビューからの発売前重版からのコミカライズからのアニメ化か」
「わーわーわー! ずびばせんもうゆるじてくださいぃぃ」
そしてそのまま戦闘不能状態に陥った私は、とうとう声をあげて泣きだしてしまった。ひっぐ、ひっぐ、と聞き苦しい嗚咽を漏らしながら、滝のように零れ落ちる涙と鼻水がジーンズの膝を濡らしていく。
ようやく静かになったニル婆は、私の嗚咽を聞きながら真っ直ぐに前を見つめている。
視線を注がれていないだけましだと思った。だってこんなにもみじめな本音が、今にも口から溢れ出しそうだ。
「いけると思ったんだもん!」
創英社小説新人賞の応募総数は、例年五百前後。少ない数ではないけれど、、不可能ではない気がしていた。むしろあんまり小さすぎる賞じゃ箔がつかないからちょうどいいとすら思った。
「これでも一応、投稿サイトじゃあランキング載ったことあるんだよ? 才能あるんじゃないかって思うじゃん! ファンって言ってくれる人だっているし! なのにさぁ……」
ぶえぶえ言いながら鼻をすする私の泣き言を、ニル婆はただただ黙って聞いている。
堰を切ったように溢れ出した言葉は止まらない。ホームページで落選を知った時から、誰にも言うことができなかった心の叫び。
「フォロワーさんにさ! 創英賞出すって言っちゃったよ! みんな見てんだよ結果発表のページくらいさ! 私どんな顔してタイムラインにいたらいいの? こちとら清々しく落選報告できるほど大人じゃねぇんだよ! なんか言われるのもなんも言われないのも辛いよ!」
そう言って泣く私は、たしかにニル婆の言うように『自意識拗らせ女子』なのかもしれない。でもだからなんだよ。自意識拗らせてない物書きなんて奴がもしいるのなら、参考までに教えて欲しい。
「――で、」
しばらく黙りこくっていたニル婆が、ようやく口を開いた。
「だから死のうと思った、って?」
ニル婆の声は、どこかそれまでのものよりも冷たく聞こえた。「だっで、」と叱られた幼児みたいな口答えをしてしまったのは、その言葉が私のことを咎めているって気付いていたからかもしれない。
「あると思ってた才能もなくてさ! この先どうしたらいいかもわからず、お先真っ暗! このまま惨めな一生を過ごすなら今死んだっていいじゃん! それって解放じゃん!」
再びわぁわぁ泣きだした私の頭に、すぱぁんと鋭い衝撃が走る。
「甘ったれてんじゃないよ、このクソガキ」
すぐ隣にいる初対面のババアにひっぱたかれたのだと、理解するのに少し時間がかかった。
真っすぐ前に視線を向けたまま、ニル婆は静かに言い放つ。
「独善的で青臭い自分語りは終わったかい? だったら商売の邪魔だ、どっかいっとくれ」
勝手に呼び止めたと思ったら、今度はどっか行けだって? どこまでも失礼なババアだ。私には腹を立ててここを立ち去る権利があるはずなのに、何故か見捨てられたような気持ちになった。
でも、そんな風に初対面の人間に甘えた感情を吐露できるほど図太い神経しちゃいない。私は右手で涙と鼻水を拭うと、よろめきながら立ち上がり、その場から歩き去ろうとする。
「馬鹿、それは没収だって言っただろう」
奪い返そうとしたビニール袋は、結局ババアの手の中に残ったままだ。くそ、なんつー馬鹿力。
さんざんっぱら人のことコケにしといて、それでも死ぬなって、正直頭がいかれている。声をかけられる前より明らかにメンタルが疲弊してるし、通り魔にでもあったような気分だ。
でも。
「――さぞかしムカついただろう。次に会う時までに、復讐の方法を考えておくんだね」
にやりと笑いながら告げられた、予言めいた言葉が気にかかる。短い間に見られた幾つかの、こちらの手の内を見透かしたような言動。まさかあの婆さんには、本当に不思議な力のようなものがあるというのだろうか。
「今日は暑いからね。お母ちゃんのカレー、楽しみだね」
最後にそう言って、再びニル婆は笑う。でも今度のは、不敵で無敵なキメゴマのあれではなく、まるで聖母様の彫刻みたいな優しい陰影をもった柔らかい微笑みだった。
私は「今日の夕飯は酢豚だっつぅの」と、出がけに母親から聞いた情報を口の中でもごもごと呟きながら、その場を後にする。怪しい予言といい、変幻自在の表情といい、謎だ。謎ポテンシャルが高すぎる。
――いっそこれをネタにして、一本小説でも書けるんじゃねぇかってな出来事だった。
「……だめだ。キャラ掴めてないもん」
手ぶらが寂しい帰路で一人そうこぼす。
あんなにも意地悪に照り付けていた日差しがなりをひそめ、今では分厚い雲が青空を覆い隠すように立ち込めている。そういえば予報じゃあ「午後はにわか雨に注意」だったっけ。傘を持たない両手をぶらぶらさせながら、一人今にも泣きだしそうな暗い空を仰ぐ。
ああ、このまま消えちまいたいな。誰にも迷惑をかけず、世の中に何の変化も起こさず、明日からも世界が平常運転でまわっていくならば、今すぐここから消えちまいたいな。そんな思いが涙になってこみあげてきたから、慌ててまばたきを繰り返し誤魔化す。
『面倒臭い系自意識拗らせ女』だって? そんなの本当は私が一番よくわかっている。
私が本当に憎んでいるのは、世界ではなく自分自身だ。それでも死ぬなって言うのなら、私が私とおさらばするには私を殺すよりほかに道がない、この世の理不尽をどうにかしてくれよ。




