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泣いて疲れてお眠りよ - 2

 牧瀬さんに手をひかれて私がやってきたのは、六畳くらいの広さの公園とも呼べないちっぽけな広場だった。ばねでゆらゆら揺れるパンダの乗り物に、ちょこんと置かれたベンチ。家からそう遠く離れていないのに、こんな場所があるなんて知りもしなかった。

 牧瀬さんは私をベンチに座らせると、その隣に腰かけ、ぽつりぽつりと話しだす。

「謝りたいとは、思ってたんだ」

 両足を前後に揺らしながら、その爪先を見て牧瀬さんは言った。

「ちょっと、無神経なこと言った。悪かったよ。あたし、そういうとこでいつも失敗しちゃうんだよな」

 ぶっきらぼうな言い方だったけれど、その横顔を見れば彼女が真剣に謝罪してくれていることはすぐにわかる。

「でも悪いけど、言ったことは翻さないから。昨日の『あれ』は、きっとあんたが今直面してる、しなきゃいけない、そういう問題」

 告げられた言葉はそれなりにショッキングだったけれど、やはり牧瀬さんなりの誠意なのだろう。そして彼女はこう付け加えた。

「んで、どうしたらいいか考えた。……一方的ってのはフェアじゃないからね」

 赤い眼鏡越しの瞳と目が合う。

「まさか今会えるなんて思わなかったから、なんも持ってないけどさ。……聞いていってよ。あたしのお話」

 ちろりと悪戯っぽくその目を輝かせながら、牧瀬さんはある一つの『お話』を語って聞かせてくれた。それは彼女の中でたしかに息づき、これから形になろうとしている物語の種だった。

 主役は、世界一の剣士を目指す剣道少年。迫りくる数々の困難に、個性あふれるライバルたち。

 おそらくは少年漫画だろうか。ストーリーは王道中の王道だったが、キャラクターがいきいきと動いている為ひきこまれる。最初はあらを探してやるつもりでいた私は、次第に牧瀬さんの語るその物語に夢中になっていった。

 やがて訪れる試練。主人公の少年は、スランプに陥り剣を振るうことすらできなくなる。思い悩み、葛藤する少年の思いが、自分の現状とリンクした。

 そこでひと呼吸をおいた牧瀬さんに、恐る恐る尋ねる。

「それで……どうなるの?」

 問われた彼女は、にやっと笑ってすかさず答えた。

「そこで、主人公の剣術の師匠が登場するんだ。白髪頭で皺くちゃなのに、超凄腕な剣士の婆さん」

 牧瀬さんは、真っすぐに前を向いたまま続ける。

「そんで師匠の婆さんはね、主人公を叱り飛ばしてこう言うんだ。『何者かになろうとするな』ってね」

 物語の中で発せられたはずのその言葉は、やけにリアルに私の頭の中に響いた。喋っているのは凄腕の剣士じゃない。黒Tと黒のダメージデニムを身にまとい、邪悪なけひゃひゃ笑いを浮かべるあのババアだ。私は呆けた顔で数秒沈黙した後、くすりと笑いながらこう言った。

「その婆さん、すごいクソババアなんでしょ」

 すると牧瀬さんは、ぱっとこちらを向いて食いついてくる。

「そう! 性格悪くて、煙草とギャンブルをこよなく愛するクソババア!」

 その言葉に、思わずぷっと噴き出してしまった。これじゃあまったくもって、あのババアそのものじゃないか。

「――そのババア、ニルヴァーナのTシャツとか着てそう」

 思わずこぼした独り言。牧瀬さんには、当然意味などわかるはずがないのに。

 彼女はぽかんと口を開けた後、片口角を吊り上げて笑い、こう言ったのだ。

「……なんだ、あんたもか」

 意味ありげにこぼされた言葉。

 「なにが?」と尋ねても、牧瀬さんはそれ以上口を開こうとしなかった。

「まぁまぁ。……そんなことより、聞いてよ。続き」

 牧瀬さんの言葉により話は本筋へと戻り、剣道少年の物語はついにクライマックスを迎える。

 そして語られた終幕は、まさしく絵に描いたような大団円だった。私はぱちぱちと懸命に拍手をして、彼女を称賛する。

「へへ、ありがと」

 柔らかい笑みを浮かべた牧瀬さん。私はただ純粋に、楽しかった。人と対面して創作について語り合うことが、こんなにも充実感をもたらしてくれるなんて。この時間がもっと、もっと続けばいいと、そう思ってすらいたのに。

 勢いをつけて立ち上がると、彼女は言った。

「もうこんな時間だし、この話はこれでおしまい。あんたも家に帰んなよ」

 その言葉に、思わず突き放されたような気持ちになる。

「なに、その捨てられた子犬みたいな顔」

 不思議そうに首を傾げられて、一瞬言葉に詰まった。

 こんな時、なんて言うのが正解なのか――。わからなかったけれど、しばらく悩んで、こう答える。

「……ちょっと、家に、居づらくって」

 その言葉を聞いた牧瀬さんは、ふぅむと顎に手をやって考え込むような素振りを見せる。そして、私の一見不可解な言葉に突っ込むこともせず、こう言った。

「ふぅん。じゃあ、また図書館のあそこに来なよ。私もネーム、やるからさ」

 まだ立ち上がることを躊躇っている私に、手をさしのべながら彼女は続ける。

「小説書いててもいいし、本読んでもいいし、それも難しかったらぼーっとしてたら。いるとこ、あった方がいいでしょ」

 最後の言葉に、私は脳天からずがんと衝撃を受けた。いるとこ。いていいところ。私の存在が、他者に認められて、許される場所。

 そんなものがあったんだ。今、できようとしているんだ。そのことが私にとっては衝撃だった。

 恐る恐る、伸ばされていた手を掴む。牧瀬さんによってよいしょと引っ張りあげられた私は、地に足をつけることを余儀なくされた。

「じゃ、また後で」

 挨拶が素っ気ないのが、かえって「この後また彼女と会うんだな」という気持ちを盛り上げる。なんだよこんなの、ちょっと友達みたい。こみあげてくる僅かな笑みに口元を緩ませながら、家に向かってゆっくりと歩き出した。いつの間にか高いところに昇りつめた太陽の光は刺すようだったけれど、そんなの屁でもない。私にはこれから、行かなくちゃあならないところがあるんだから。

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