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ひとつ残らず吐いてみな - 2

 新人賞で一次落ちしたこと。それでも小説家という夢を諦められなかったこと。そして今、小説が書けなくなっていること。それらをぽつりぽつりと話すと、牧瀬さんはふぅむと何事かを考え込んでいるようだった。

「……それで」

 牧瀬さんは、やっぱり真っ直ぐに私の目を見て行った。

「私にどうしてほしいの」

 淡々としていたけれど、決して冷たい口調ではなかった。私は牧瀬さんの言葉に、突き放されたというよりかは、寄り添う意思を示されたという印象を受けた。彼女はどうやら私が考えていたよりもずっと、面倒見がいいらしい。

「――プロットを」

 私は意を決して、その話を牧瀬さんにもちかけた。

「今考えてるお話のあらすじを、聞いてほしい。プロとして仕事をしている牧瀬さんからみて、面白いかどうか」

 ごくりと唾を飲み込んで、私は彼女の表情の動きを伺った。

「いいよ」

 牧瀬さんはこともなげにそう言うと、両肘をついて身をのりだし、話を聞く体勢になる。

 私は必死で、例の異世界転生ファンタジーのあらすじを語って聞かせた。強大な力をめぐる各国の対立に巻き込まれる、元現代人の少女。人と寄り添おうとするも、いつだって取り残されてしまう長命なドラゴンの悲哀。そして始まる魔法戦争が、人々を波乱の渦へと巻きこんでいく――。

 自分の中では完璧にできあがっているはずの流れも、他人に口頭で説明するのはひと苦労だった。話しながら、しんしんと焦りが自分の中に降り積もっていくのを感じる。あれ? これって本当に面白い? 人に興味をもたれて、お金を払ってもらえる代物?

 全てを話し終わった後、私は怯えるような上目遣いで牧瀬さんの方を見た。彼女は閉じていた両目をぱっと見開いて、一言。

「わからん」

 その時の私のショックといったら、ちょっと筆舌に尽くしがたい。

「違うんだよ。まぁ、お話も複雑だし、ちょい頭混乱したけどね」

 牧瀬さんはそう言葉を続ける。

「やっぱさぁ、小説と漫画って全然違うよ。それに、あらすじだけ聞いたって、その物語が形になった時の魅力って、ちょっとわかんない。まぁ、編集者さんとかなら違うのかもしれないけどさ」

 牧瀬さんはそう言って、取り上げたペンをくるくる回してから顎の下にやる。

「私達にできるのは、自分が信じる『面白いもの』を形にする、ってこと。私に言えるのはそれだけ」

 ただ、と言葉尻に付け加えた牧瀬さんは、珍しく少し言いよどむ素振りを見せながら、こう言った。

「たださ。売れセン取り入れようとしてるのはわかるんだけど、それが本当にあんたの書きたい物語なの?」

 ぐさっ、と、超特大な刃が心臓に突き立てられたような気がした。

「私にはさ、あんたが『小説を書きたい』のか、『小説家になりたい』のか、わかんないよ」

 真昼間の図書館で、泣くわけにはいかないって、その一心で必死で涙をこらえていた。

「そんなの……」

 決まってんじゃん、と返したかった。けれどできない。

 私は、本当に『小説を書きたい』のだろうか?

「手段が目的になってないか、って、そういう話だよ。このテの問題、漫画家界隈でもよくあるからね」

 牧瀬さんはそう言って、手早く荷物をまとめると、それらを赤いリュックサックに放り込んだ。

「ちょっとその辺、考えてみなよ。今の状態でどんだけ足掻いても、多分無駄だよ、無駄」

 それだけ言い残すと、彼女はリュックを背負い、風のようにその場を後にする。

「――むだ……」

 取り残された私はぽつりとそう呟いて、その響きの残酷さに泣きそうになる。

「――むだ、か……」

 その言葉は、もはや私の存在自体に下された審判のように思われた。私はこぼれ落ちそうになった涙を瞬きで追いやりながら、足早にその場を後にする。

 図書館を出た途端に全力疾走して、自宅へと向かった。玄関に飛び込み、母親の小言をいっさいがっさい振り切って、自室に逃亡する。

 ベッドまで行くのもだるくて、椅子の座面に顔をつっぷしながらわぁわぁ泣いた。やっぱりあの子に相談なんかするんじゃなかった。

 わぁわぁわぁわぁわぁわぁ泣いて、ひとしきり涙も枯れると、今度は反骨心のようなものがにわかに湧き上がってくる。こなくそ、こんな風に、言われっぱなしでたまるかよ。

 私は手始めに、書棚からお気に入りのファンタジー小説の一巻を取り出す。こんな風に書いてみたい、と、ずっとお手本のように思っている作品だ。

 だけど駄目だった。頭の中に文字列は入ってくるんだけど、お話がうまく再生できない。あんなにキャラが生き生きとしているお話だったのに。昔読んだ時には、たしかにそう感じていたはずなのに。

 ただ、台詞の言い回しのすごくきれいなこととか、そういうところばかりが目について、『そうやって書けない』自分がひたすらに憎かった。今の私には、素敵な物語を素敵だと思う力すら備わっていないのか。そのことが悲しくて、枯れたはずの涙が再び身体の奥底からこみあげてきた。

 『小説を書きたい』のか、『小説家になりたい』のか。

 牧瀬さんの言葉が、再び頭をよぎる。今はその問いに即答できない自分がいた。

 浅ましい。浅ましい。浅ましいよ……ッ!

 自分がすごくちっぽけで、下賤な存在であるように感じられる。今はただ息をすることも苦しくて、けれど詰まる呼吸の合間、喘ぐように息をついてしまう私は、やっぱりそんなに簡単には死ぬことができないのだ。

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