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使いっぱしりの言うことにゃあ - 3

 ニル婆に酒を渡してからも、私の『下僕メニュー』は続いた。

 コンビニで週刊パチプロの最新号を買ってきた私の次なる任務は、タバコの取り置きを取りにいくこと。そんなもん高校生に渡してもらえるのか以下略。

 そこの通りをちょっと行ったところにあるから、と言われたタバコ屋は、ニル婆の口ぶりから想像していたのよりだいぶ遠かった。どかんと掲げられた『輸入もの、あります』の文字と、カラフルな外観。そして何故だか看板に描かれているチェ・ゲバラの肖像画がいかにも怪しい。

「すみませーん……」

 恐る恐る店内に入ると、甘いお香のような匂いがした。顔をしかめながら足を進めると、チリチリロン毛のヒゲ男が、のそ、とこちらに近づいてきた。

「――おつかい?」

 超低音ボイスで、男が尋ねる。私は夢中でこくこくと頷くと、ニル婆のメモをその男性に見せた。

「……ちょっと、待ってな」

 男はそう言い残すと、やはりのそのそと店の奥の方へ消えていく。

「ほら、これでワンカートン。もってけ」

 そう言って渡された細長い箱には、毒々しい色柄と見たことのない異国の文字がプリントされていた。

「……ヨウちゃんに、よろしく」

 そう言って、男は立てた人差し指と中指を、目元でしゅぴっとして見せる。

「Good luck」

 やたらいい発音だったけれど、たしかにそう言われたと思う。私はなけなしの英語力で「Thank you」と返すと、怪しい香りの漂う煙草店を後にした。まさかこんな日に、二度も幸運を祈られるなんて思いもしなかった。不幸なんだかそれともちょっとは幸運なんだか、わかりゃあしない。

 見るからに怪しい煙草の箱を、隠すように抱きしめながら道を歩いた。酒屋のおっさんといい、煙草屋の男といい、ちょっと理解がありすぎるんじゃないか。つうかヨウちゃんって、ニル婆のこと……で合ってるんだろうか?

「ほら」

 たどりついた裏路地。ニル婆に煙草の箱を手渡した後、私は思い切って尋ねてみた。

「ヨウちゃんって、あんたの名前?」

 ニル婆はにっと笑って答える。

「そうさ。結構イマドキだろう」

「……」 

 私は次に続ける言葉を考えあぐねていた。

 どうして酒屋のおっちゃんもタバコ屋の男のひとも、あんなに訳知り顔で親切にしてくれたんだろう。私のことを悩める若人だって。グッドラック、って。

「……もしかしてあのひとたちも、色んなことがわかっちゃう系?」

 首を傾げた私のことをカカカと笑って、ニル婆は、

「もしそうなら、私はとっくにあいつらに転職をすすめてるよ」

と言った。

 それならどうして、と食い下がろうとする私に、ニル婆が鶴の一声を発する。

「ほら、本日の下僕メニューはこれで終了だよ。どうする? 何を占ってほしいんだい?」

 待ちに待った瞬間がやってきた。

 私はごくりと唾を飲み込んで、ニル婆にずっと聞きたかった『あのこと』を問う。

「私は……どうしたら、また小説を書けるようになる?」

 質問を聞いたニル婆は、瞼を閉じて、深く、深く深呼吸をする。

 そしてカッとその目を開いた。私は固唾をのんで、その口から出てくるであろう天の声を待つ。

「――何者にもなろうとするな」

 ニル婆はそれだけ言って、再び黙り込んだ。やはりその言葉に続きはないようだ。私はだんだんと地団太を踏みながら、ニル婆に文句を言った。

「それだけ⁉」

「それだけさ」

 ニル婆はにやりと片口角を上げると、私の下僕メニューが記された裏紙でぱたぱたと自自身の顔を扇ぎはじめた。

「意味がわからないかい?」

 そう言って、意味深な笑みを浮かべるニル婆。私はぐっと言葉を詰まらせ、にやにや笑いを浮かべるその顔を睨みつけた。

 『何者にもなろうとするな』、か。

 私がニル婆に突きつけた『どうしたらまた小説を書けるようになるか』という問いは、『どうしたら小説家になれるか』という質問とほぼ同義だ。つまり、ニル婆が言いたいのは……。

「私は、小説家になれないってこと……?」

 そう思うと、ずしんと頭や両肩が重くなった。うるうると瞳を潤ませ落ち込む私に、ニル婆は意地悪い口調で言った。

「今ね、あんたの読解力が試されてるよ」

 うぐ、と顔をしかめると、いかにも楽しそうなけひゃひゃ笑いが降ってきた。

「さぁ、わかったなら行っとくれ。商売の邪魔だ」

 ニル婆はそう言って、いつぞやのようにしっしっと私を追い払いにかかる。

「――わからないなら、誰かに相談してみるのもありかもしれないね」

 そう付け加えられたのは、もしかしたらアドバイスだろうか。ニル婆が、親切にもそんなことを言うなんて珍しい。

「相談、のってくれんの?」

 尋ねると、

「馬鹿、私じゃないよ」

とあっさり切り捨てられる。

「でも、私に相談できるひとなんて……」

 いないよ、と言いきったら、泣いてしまいそうだった。

「いるか、わからないよ」

 そうやってお茶を濁す自分が悲しい。ニル婆は少しだけ口元を緩ませながら、再び私をここから追いやろうとする。

「ほら、お行き」

 それはまるで、巣から飛び立とうとする小鳥を励ましているような口調だった。なおも食い下がろうとした私だったけれど、ニル婆の語調に促されるように、一度だけ頷いてからゆっくりと歩き始める。

 夏も盛りに近づいてきた七月中旬。じりじりと照り付ける日差しに、こいつを苛め抜いてやろうという強い意志を感じる。今の私にとって、この世界はありとあらゆる悪意に満ちていた。

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