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どうか嘘だと言ってくれ - 2

 パソコンに向かって、キーボードに軽く指をのせる。心の動きに耳をすませる為、目を閉じて軽く深呼吸した。

 デスクの上にあるメモには走り書きで、おおまかなストーリーラインとキャラクターの説明が記されている。創英賞の落選を知る前に、デビュー後の二作目として温めていたネタだ。

 ドラゴンと魔法の世界に転生した女の子が主人公の、壮大なファンタジー戦記。これをきちんと形にできれば、絶対に評価されるはずだ。ストーリーにも、キャラクターにも自信がある。実際このメモをしたためていた時、なんならちょっと感動して泣いちゃったもん。

 しかし。いつもならするすると浮かんでくる文章が、今日は全然おりてこない。私の中にたしかにあった言葉の水源が、何故だかどこにも見当たらないのだ。

 それでも頭を振り絞って、なんとか冒頭をひねり出す。しかしそれは全く納得のいくものでなく、ただの言葉の羅列に過ぎなかった。美しくない。面白くない。まったくもって、心に響かない。

 小説は、冒頭で読者の心を掴まなければ、その先を読んでもらうことさえ危うい。

 こんなつまらない文章で、ひとを楽しませようだって? ちゃんちゃら可笑しい。そんなの、ちょっと、笑うしかない。

「あーーーーーっ……」

 どうして。どうして。前はもっと上手に、きちんと書けたはずなのに。そうやって焦れば焦るほど、私の中で一生懸命形になろうとしている物語の切れ端たちが、ものの見事に霧散していく。――当たり前にできていたはずのことができないのが、こんなにも苦しくもどかしいなんて。

 私は少し躊躇した後、マイドキュメントの中にあるwordファイルのアイコンをダブルクリックする。創英賞に出した自信作の最終稿だ。何度読み直したか知れないそれを、久しぶりに開いてみた。

 少しの時間をおいて表示された文字列を、数行読み進める。

 するする読める。なんだこれは、面白いな。本当にこれを私が書いたのか? つうか、これが一次で落ちちゃうってどんだけ世間は厳しいの。

 そうこうしているうちに、パソコンに向かい始めてから一時間が経過しようとしていた。おかしい。前は一時間あれば、二千字や三千字は軽く書けていたはずだ。それが進捗ゼロ文字? 嘘でしょ。誰か嘘だと言ってよ。

 ここにきて私はようやく、自分の前にそびえたつ巨大な壁の存在に気付いてしまった。

 小説が書けない。いや、正確に言うと、自分の納得いく文章が、書けないのだ。

 そして自分の生み出す文字列のあまりの拙さに耐えきれなくなって、全て削除してしまう。結果進捗ゼロ。そう。だから、私は小説が書けない。

 おかしい。私はプロの小説家になるんじゃなかったか? その為に覚悟を決めて、新しい作品を書くのではなかったか?

 それがどうだ。このままでは『物書き』という肩書きにさえ『元』がつく。アマチュア以下。ただの、ちょっと読書が好きな一般人。そうやって、私は埋もれていくっていうのか? このまま? ただの一般人Aとして、なにも成さずに?

「なんでだよっ!」

 そう言いながら頭をかきむしる。隣の部屋の弟の壁ドンが癇にさわるけど、報復とかしてる場合じゃねぇ。すまない。私は今、君にかまけている余裕などないのだよ。

 部屋の壁掛け時計は夜の十一時を示している。重くなった瞼からは、ゆっくりと睡魔がにじり寄ってくる気配がした。

 私は少し悩んでから、この勝負を仕切りなおすことを決める。マウスを操作してパソコンをシャットダウンし、ほとんど倒れ込むような勢いでベッドの上に横になった。

 きっと今日は調子が悪いんだ。そういう日は今までだってあった。あったはずだ。あったよね?

 だから明日はきっと大丈夫。また元通りの私になって、するすると小説が書けて、今度こそその作品でプロデビューするんだ。

 次の目標に定めた登壇社ノベル大賞の締め切りは、半年後。長編一本、余裕でしょ。だから大丈夫。大丈夫だったら。

 そう念じても、心はざわざわとさざめきたって落ち着かない。私は目を閉じて、得意の妄想にふけることにした。新人賞を受賞して、プロデビューして、母親と担任を見返して。私は私のやりたいことを職業にして生きていくんだ。新聞に載って、ラジオとかにも出ちゃって、雑誌で憧れの作家と対談して。作品がアニメ化したら、その時はインタビューとかがネットニュースになってバズったりして。

 そういうことを考えていたら、いつもならわくわくが止まらなくて、つい笑い声が漏れたりしたものだ。ところが今はどうだろう。妄想がはかどればはかどるほど、私の中に蓄積されていくのは、焦りと――これは、恐怖だろうか。

 頭の上まで薄掛けをかぶって、私は暗闇の中に身を投げた。眠ればきっと、なにもかも元通り。そうに違いないのだと、呪文をかけるみたいに強く念じ続けながら。

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